【114】異世界の貴族がやってきた
最終日のセールが終わる、夕方頃。
一台の馬車が、店の前に停まった。
もう並んでいる人もいないので、馬車から降りた人達はすぐに店内に入ってきたようだ。
高貴な雰囲気のオーラを発してる美少女で、着ている服も仕立ての良い若草色の夏物ワンピース──街の女性たちの来ているクルタと違って、少し現代服に近い。
いや、現代服というよりは、5〜60年くらい前の女優みたいというか…オードリーヘプバーンとか、そのあたりの時代の女性が着ていたような、クラシカルでエレガントなフォルムをしている。
長いストレートの薄茶髪はツヤツヤとして、パッチリと大きな薄い色の瞳とよくあっている、綺麗な女の子だ。
「貴族様だ」
「侯爵令嬢のクララ様よ。何故ここへ…」
レジカウンターに並んでいた客たちから、そんな声が聞こえてきた。
─マジモンの貴族か…初めて見るぞ!
それも美少女だなんて、ファンタジーラノベ感高まるじゃないか。
おつきの深緑色できちっとしたクルタを着た男性二人は、SPみたいなやつかな。
店内に怪しいものはいないか常に隙のない目線を送っているようだ。
令嬢は、他の客と同じように店内の商品を眺めて、物珍しそうにポップを読んだりしている。
中でも気になっているのは、日本から持ってきた各種便利グッズのようだ。
Tバックのパンツを手にとって、シゲシゲと眺めたりして、お付きの人に何やら話したりしてる。
お付きの人が答えに窮して額の汗を拭っている様子を見て、福田がニコニコした顔で間に入っていった。
「こちらは男性用下着になっておりますので、女性のはこちらの棚でございます。」
──福田ァァ!勇気ある男!
俺も令嬢様が手にとってたの、股間のモッコリ部分の膨らみがある縫製になってるから、メンズのだって思ってたよ…!!
令嬢は、ほーっ、という顔で何も悪びれずに、女性用の下着を手にとって眺めはじめた。
──ユーリの話と総合すると…
もしかしてこの世界の人、羞恥心のありかたが現代日本人と違うのかな?!
歌や絵を他人に披露するのはめっぽう恥ずかしい行為だけど、下着や水着に関しては全く恥ずかしいという価値観がないように見える。
いや、異世界でもこのバザルモア王国が南国で、頻繁に水着で海に入って遊んだり働いたりする習慣があるようだから恥ずかしがらないだけで、イブの国みたいな北の王国では違うのかもしれないが…。
しばらく店内をまわった後、日本からのものを全種類持って(というかお付きの者に持たせて)令嬢はカウンターにやってきた。
「これを全て、購入しますわ。」
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げた。
しかし、貴族相手だからって「ハハーッ」とかしこまる気はない。
他の客と同じく、平等に接客するつもりだ。
「貴方がこの店の店主ですか?」
令嬢は、俺に向かって聞いてきた。
「あ、いえ、自分は手伝ってる者でして、店長はそこの、ユーリという女の子です。」
「はじめまして、ユーリ・マルベリーズです。母のあとを継ぎ、魔道具店を営んでおります。」
ユーリは恭しくお辞儀をした。
それに対して、令嬢もお辞儀をする。
「まあ…こんなお若いのに店主だなんて、凄いですわ。はじめまして、私はクララ・リンリーと申します。クララ、と呼んでくださいね。」
─へえー、物語に出てくる貴族って、平民に頭を下げては威厳が云々とかそういう価値観があるのかと思ったら、この子は違うんだな…!
俺の中の、クララに対しての好感度がグンと跳ね上がった。
「おそれ多くも、侯爵様のご令嬢であるクララ様に対して、そんな─」
呼び捨てでいいと言われても、ユーリのほうが驚きのあまりかしこまってしまっている。
「いいんですのよ。こんな素敵な、珍しい道具を揃えていられるなんて、貴女、只者ではないと思うから…お友達になっていただきたいな、と思いましたの。」
「えっ、でも私─」
ユーリは返答に困ったのか、救いを求めるように俺の顔を見た。
クララは、何かを察したように俺に視線を移す。
「──もしかして、この不思議な道具を入手したのは貴方の方かしら?」
図星をつかれて少しギクッとなったが、隠すのもあれだから、きちんと答えた。
「はい、自分が仕入れたものです」
すると、クララの目がキラーン!と光った。
「じゃあ貴方にもお友達になってほしいところですわ。こんな申し出、はしたないでしょうか…?」
「いえいえそんな!むしろ光栄ですよ。お申し出ありがとうございます」
「嬉しいわ…私ね、異世界の品に目がないんですの。」
「え?」
実に嬉しそうに話すクララの言葉を聞いて、俺はドキッとした。
彼女は、周りをキョロキョロと見て、福田と川口にも目を留め、
「あなたたち、異世界からやって来た方々なんでしょう…?」
クララは、他の客に聞かれないよう小さい声でそう言って、ニコッと微笑んだ。
ば…バレてる…?!




