【112】プライムリブと焼肉は幸せのもとらしい
ユーリの店を異世界版の小さいドンキ(の、ような店)にリフォームして、3日間限定の在庫一掃セール中。
──であっても、夜になったら恵比寿のマンションに帰宅する。
川口は、店に寝泊まりしてもいいぞ、と言っているが、それは許可できない。
なぜなら、キチンと風呂に入って服を着替え、ヒゲや髪の毛をどうにかして翌日の開店を迎えなければならないからだ。
安い、ゴチャゴチャしてる、やたらと派手、と見える店内で、店員が不潔にしていたら汚いムードが高まってしまう。
紛雑な中にも清潔感がないと、「安いふりして実は値段の張るもの」は買ってもらえない気がするのだ。
一日やって見た感じだと、値の張るものを買えるのは、ある程度の収入を確保できてる良い暮らしをした人達のように見える。
俺たちは、揃って恵比寿のマンションに帰り、翌日に備えて近所で肉料理を食べようという事になった。
1日働いたあとだから、坂を降りると上がってくるのが面倒なので、簡単に歩いていける近場が良い。
という事で、恵比寿ガーデンプレイスにあるビバリーヒルズに本店を持つプライムリブステーキの店を予約。即、席確保。
5人分だから大丈夫かな、と心配したけど、なんとか空きがあったらしい。
ロブスター&サラダも付くコースで、一人11000円から、プラス酒代。
肉の厚さによって高価になるようだ。
ボリュームの割に、お手頃料金である。
プライムリブは上質な牛のリブ肉のローストビーフのことで、生かな?と一瞬思うような赤みと溢れ出る肉汁、そして分厚くても柔らかい肉質が特徴だ。
この店では、銀のでかいカートで運ばれてくる塊状のローストビーフを一枚一枚望みの厚さでカットしてくれる。
イブと俺は、日本支店での基本サイズである120g、ユーリと福田はアメリカサイズの300g、川口は一番大きい骨付き690gを注文した。
「ヤッバ…!前菜のサラダやロブスターですでにボリューミーだったから、300gデカすぎかもしれねー…」
福田が、アメリカンサイズのスケールのデカさに触れて唸っているが、ユーリはリスみたいに口をモックモック膨らませながら順調にこなしていっている。
一体、小さくて細身の体のどこに入っていってるのだろうか。
川口は、前菜、スープをぺろりと食べたあと、黙々とどデカいプライムリブの肉の塊を端からやっつけている。
こいつはまあ、放っておいて大丈夫だろう。きっと綺麗に食べきってくれるはずだ。
ともかく、1日目の打ち上げだ。
「みんな、食べ物に夢中になりすぎてて乾杯するのを忘れてたよ。乾杯しよ!」
俺は、赤ワインのグラスを少し上に掲げて、乾杯を促した。
「「「乾杯ー!!」」」
柔らかな肉と野菜とワインとロブスター。
仲間たちと過ごす恵比寿の夜は、贅沢な食事と、初日に訪れた客のよもやま話とともに過ぎていった。
翌日も同じように、1日ひたすら販売しては、夜帰宅してなにか美味いものを食べて栄養をつける。
2日目の夕食は、先日川口たちと行った個室焼肉の店を前日のうちに予約しておいたので、イブとユーリも連れてきてみた。
─しかし、期間限定とはいえど、友達と店を開くというのはやる気が出るもんだな。
バイトの頃と違い、店長ににらまれてるわけじゃないから、休憩をとりたくなったら自由に取れる。
しかし、そのぶん友達が頑張ってくれてるんだと思うとサボる気は起きず、急いで復帰しなきゃという気持ちが自然と湧いてくる。
─嫌味な店長の下でバイトしてた時は、一分一秒でも長く休憩したいとしか考えられなかったもんな…。
まあ俺たちの場合疲れても、足腰の痛みならユーリが魔法で全回復してくれるので、疲れ知らずのまま働き切れるんだけど…
それでも一日の終わりには、頭がボウッとして、火照ったような気だるい疲れが去来する。
─これは脳が疲れてるんだろうな。
体も痛みは取ってくれてるけど、筋肉自体は全体的に使いすぎて火照ってるのかもしれない。
「渚、お店のカウンターの上にペンギンくん置いてあるでしょう?」
ユーリが、特上カルビをジュウジュウと焼きながら、聞いてきた。
魔力探知機のペンギンくん。
押すと、魔力のある人に向けて光を出し、魔力が高いほど強い光を放つ。
「あれ、使ってみた?」
ユーリからの問いかけに、俺は首を横に振る。
「客が多すぎて使えないよ。なにせイブが同じ場所にいる限り、そっちを指してしまうだろうしね。」
それも、イブを指す光は滅法強いから、みんな眩しくなってしまうことだろう。
初日の開店前、店外で行列してる人のところで一回ペンギンくんのスイッチをつけてみたのだが、やはり店の中のイブに向かって光を出していたっけ。
ただ、壁をすり抜けて感知できるんだということは判明できた。
「ユーリも魔法は使えるし、店に来る人の中には生活魔法くらいはできるって人もいるだろうけど、ぶっちぎりでイブを指すんだもんなあ。」
「その周囲にいる一番魔力の高い人を指すのかしら?だとしたら戦闘では使えないわね…だって、どんな敵が出てきたって、魔王クラスじゃない限り、結局イブを指しちゃうじゃない。」
俺は、うーん…と唸って、生ビールをひと飲み。グビリ。
「もしイブがいなくても、レベルが上がった今となっては、ユーリを指すだけだもんなあ、きっと…。」
「私が手に持ってスイッチを入れたら、どうなるだろう?」
イブが、カクテキをつまみながら聞いてきた。
「あ、魔力の強い本人が持ってたら、どうなんだろう?明日、開店前に実験してみようか。」
何m離れたら反応しなくなるかも試してみるかな。
それでも頑としてイブだけを指してたら、ありゃ使えない道具ってことになっちゃうぞ。
─いや、ダンジョンでイブやユーリからはぐれて道に迷ったときに、良い道しるべになるかもしれない…?
ブルブル。そんな恐ろしい状況、考えたくないぞ。
俺は怖い想像を打ち消すかのように、網の上で食べ頃に焼けている特上カルビをタレにつけて、ぱくっと口に放り込んだ。
美味しい肉は、不安も何もかも吹き飛ばしてくれる幸せのもとだ。
いっぱい食って、明日も頑張ろう。




