【110】チェマに研究室を作るらしい
オリンピックの開会式も終わり、われわれの飲み会も宴もたけなわな状態になってきた頃──
カクテルとビールでいい気分になった俺は、ふと名案を思いついてしまった。
「イブさん、チェマの街にイブさんの魔法研究所を作ったらどうですか?」
イブは、驚いた顔をして俺を見た。
「ソルベリー王国にある私の研究所を、バザルモア王国にも、という事か。」
「研究所があれば、巻物が作れるんでしょう?転移の 巻物 で、イブさんの在留カードの持ち主であるエイヴさんを異世界に送ったって言ってましたよね。」
「ああ。しかし全員分となると材料が足りるかどうか─結構、希少なものを使うのでな。」
「ユーリちゃんさあ、好きな場所に転移できるようになったって言ってなかったっけ…」
福田の質問に対し、ユーリが首をふるふると横に振った。
「ためしてみたわ。同じ国なら、自分か同行者のイメージにある場所に限り行けるみたい。でも、他国までは無理だったわ。」
「じゃあさ、ユーリちゃんの分の日本での在留カードをイブさんみたいなやり方でこしらえる事って、できないの?」
それに対し、ユーリはやはり首をふり、答えた。
「こっちの世界の人を異世界に送ってその人になりかわるというのは、余程じゃない限りしないほうが…。」
痛いところを突かれて気まずいのか、少し伏し目がちになったイブを見て、ユーリはハッとした。
「─ごめんなさい、イブ。あなたのやった事を責めてるんじゃないのよ!きっと、その時はそうしなければならない状況だったんだろうと思うから…。」
「そうだな…。危険を冒したとは自覚している。エイヴの事も、その後どう生活してるのか、ソルベリーに行って探さねばならない。」
イブは、川口に作ってもらったカンパリのカクテル、カピストラーノの入った三角のカクテルグラスを唇につけ、クイ…と飲んだ。
カンパリとブランデーを少し甘くしてシェークしたものらしく(川口談)赤い液体で満たされたカクテルグラスは、イブに似合っていてなんだか美しい。
川口はそれに使ったブランデーをロックグラスに入れて、キッチンカウンターによりかかりながらちびちびやっている。
豪華そうな瓶なのでさっき見せてもらったんだが、レミーマルタンのルイ13世という高級ブランデーだった。
一本20万円くらいするので、お姉さんのいる店で飲んだら半端ない金額になるやつ…。
─川口め、こういう所にお金を使っていたのか。
高い酒を飲んでみるってのも、悪くない選択だな。
イブは指でつまんだカクテルグラスを見つめながら、昔を思い出すような少し切ない目をしている。
「彼 にはソルベリーの、異世界人街に行くようには言ってある─スキルも魔力もないこちらの人間が、異世界で協力しあって開発者として暮らす街だ」
なにそれ!
そこでいう異世界人…って、俺たち地球人のことだよね。
「そんな、何人もいるものなのなんですか?こっちの世界から転移した人って。」
「人数自体は3人かそこら程度だが、新しい技術をもたらす開発者として国営の研究所で働いている。彼らに協力するよう王国から送り込まれた研究員やら、工場の技術者たちやら見張りの兵士やらが住んでいるので、小さな城壁都市となっているのだ。」
こちらの技術を異世界にあるもので再現できるかを研究してるのか。
想像してたのより近代化した魔道具と食生活に支えられた社会だったのは、そこの人たちの力があってのことかもしれない。
「うわぁ〜、行ってみたいな〜!日本人もいるのかなあ〜」
「あ!そうだ、そのソルベリーへの行き方なんですが──」
俺は、思いついたことの説明を再開した。
「まずチェマに研究室を作って、そこでエイヴさんを転移させたのと同じ、ソルベリーへの転移の 巻物を2つ作るんです。それは、俺とユーリのぶんです。」
研究室ってのがすぐできるものなのかどうかわからないけど─イブはふんふんと聞いてくれている。
「巻物 だとスキルと違って、仲間も一緒に転移…ってのはできないだろうから、みんなは飛行機でイギリスに渡り、ストーンヘンジに向かってもらいます。」
「おれらもイギリスに行けるのか。」
「マジ〜?!」
川口と福田が、にわかにワクワクとした気配を放ち始めた。
「現地に着いたら、周囲の安全を見計らった上で、東京にいる俺に電話をください。そしたら俺とユーリが同時に、巻物で転移します。」
「しかしそれではイギリスではなく、異世界のソルベリー王国に転移してしまうのではないか?」
「はい、そこでユーリと『元世界の転移ポイントへ転移』─と、念じながら転移してみます。」
転移ポイントが東西南北にあるのだとしたら──
北の転移ポイントのほど近くから転移したなら、わざわざ沖縄まで飛ばされずに、イギリスのストーンヘンジの転移ポイントに飛べるんじゃないかって。
「なるほど、理解した。転移時に、北の神に願う必要がありそうだな。」
バザルモアの転位ポイントが南の神様の管轄…みたいなこと言ってたってけ。
北には北の神様がいて、俺たち「異分子」が現れたことに気づいてくれるだろう。きっと。
「まあ、それでもし沖縄か東京に転移しちゃったとしたら…その旨電話で知らせるから、3人でイギリス旅行を楽しんできてよ。」
ハハハ…と苦笑いする俺に、
「おう、お土産にストーンヘンジ饅頭でも買ってきてやるぜ。」
「もし沖縄に飛んじゃったら、二人でバカンスし直してきてもいーよー!メッチャ高いリゾートに泊まったりしてさ。」
川口と福田はワッハッハと笑いながら陽気に返してきた。
─こいつら、ヨーロッパへの初旅行が嬉しくてたまらなくなってるな、さては。
「よし、その策でやってみよう。聖女と、恐らくこれから見つけるであろう勇者のレベルアップのために、私の研究所がバザルモアにもあれば…と考えていたところだった。」
イブとユーリは、顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「研究所設立の資金は任せてください!俺が全て用意しますので、イブさんは必要なものをリストアップしてくださいね。」
俺はニカッと笑って、元気よく答えた。




