【109】オリンピック飲みするらしい
「始まった始まったぁー!」
今日はオリンピックの開会式。
折角だからみんなで飲み会しながら見ようよ〜!と福田からの提案があり、俺の部屋で宅配サービスの料理をつまみながら「オリンピック飲み会」をする事になった。
参加者は俺と福田の他に、川口、ユーリ、そしてイブ。
いつもの異世界ご一行メンバーだ。
リビングルームの大型テレビには、入場行進が映し出されている。
日本が誇るゲーム音楽にあわせて入場する、各国の選手たち──とにかく、すごい人数だ。
観客席も満員御礼。
新型感染症が出た去年はオリンピック中止の声も上がっていたが、菌がなくなった今、観客席を埋めた上での華やかな開会式を迎えることができたようである。
「菌が消滅してなかったら、どうなってたんだろうな。」
俺は、川口の作ってくれたカクテルを飲みつつ、ふと呟いた。
「そりゃ無観客だろ。」
川口は、キッチンでシェイカーをシャカシャカ言わせてカクテルを作りながら、こちらを向いて答えた。
彼はバーテンのバイトもしていた事があるらしく、ビールばかりじゃつまらないだろうと自宅のカクテルセットを持ってきてくれたのである。
どうやら自分で自分の寝酒のために、シェイカーやらカクテル用のリキュール、シロップ、グラスなどを買い集めていたらしい。
ものぐさそうでいて、変なところで凝り性な男だ。
「こんな大入満員、許されないんじゃないか?」
「菌消滅が本格的に認められたのって先月くらいだからさあ、演出とかは今更変えられないみたいだけどね〜。」
福田が、Uberでタイ料理屋に頼んだ生春巻をつつきながら答えた。
「過去の事が問題になって、二人くらいオリンピックの演出に関わった有名人が外されたみたいだけどさあ、そんなに変化はなかったよねえ。」
川口が、イブに赤い炭酸のカクテルが入った長細いグラスを手渡す。
「ほいよ、イブさんの注文したカンパリ・ソーダ。シンプルなのが好きなんですね。」
イブはグラスを受け取ると、ニッコリ?と微笑んだ。
「そうか?このすこしほろ苦い所が好きなんだが…。私の故郷では、ハーブを使った飲み物が多いのでね。──うん、美味い。川口君は、一流店のバーテンの腕にも勝るとも劣らないよ。」
「そりゃあどうも。」
川口は、照れくさそうに笑った。
「イブさんの国って、ソルベリーって所でしたっけ。北の方の…」
俺は、イブに聞いてみた。
まだ行ったことがない、異世界の寒い地方。
「そうだ。勇者と前の聖女は来た事があるが──ユーリ、覚えているか。」
「聖女ユーコの『記憶』には刻まれているわ。その場に行かないと、詳細までは思い出せないようだけど─」
勇者と聖女…両親が旅をしたルートを巡れば、ユーリの『記憶』も鮮明に蘇って、レベルが上がったり、使える魔法やスキルが増えたりするかもしれない。
「行ってみたいなあ、ソルベリー。北国にも転移できればいいのになあ…。」
「できないことはないぞ。」
イブが、カンパリのグラスを両手の白い指で少し揺らして、そう言った。
「えっ、転移できるんですか?!」
「バザルモア王国だけではなく、他の国にも転移しやすい場所はある。私の研究によると、ソルベリー王国の場合はこちらの世界のイギリスと繋がっているようなのだが─」
「イギリス?!」
北の国は北の国と繋がっていると言うことなのだろうか。
それにしても、イブはなぜイギリスだと特定できたのだろう。
「勇者なしでも転移できる 巻物 の研究の過程で、ほんの短い時間だけ飛ばされたことがある─まだ未完成だったからか、数分で戻ってしまったが。」
イブは、グラスの赤いソーダを、クイッと飲んだ。
「──転移した雪原に、実に特徴的な遺跡があった。石でできた円形の──」
「ストーン・ヘンジ…?」
冬のストーン・ヘンジに、数分だけ転移したってことか…!
「最初、この世界だとは認識できなかった─雪原にあの遺跡がポツンとある光景だったしな。民家を探したら、近くに売店の小屋とバス停を見つけたのだ。」
「イギリス人、いたんですか?」
「明け方だからかいなかったが、昼は観光客が来るんだろうな。英語の案内看板とバス停の標識を見て、こちらの世界だと認識できたと言うわけだ。」
待てよ…
「イブさん、バザルモア王国からソルベリー王国までは、異世界で旅をするとどれくらい日数がかかるんですか?」
「そうだな、事故など起こらなかったと過程して、馬車と船を駆使して2ヶ月かそこらか…。」
─遠い。
しかし、もしそれがショートカットできるなら、もっと手早く行けるんじゃないか?
「こちらの世界でイギリスまで飛行機で行って、その次元が緩んでるところ─ストーン・ヘンジまで行って転移したら、もしかして1日でソルベリーに着けるんじゃないでしょうか?」
日本からイギリスまでは飛行機で10時間とちょっとくらいだったと思った。
圧倒的に早く、そして異世界よりも安全に、イブの故郷に到着できるんじゃないだろうか?
「…なるほど、聖女と一緒なら、転移が成功する可能性はかなり高そうだな。それはいい案だ…!」
「あ…!ただ問題が…」
「なんだ?」
俺はユーリの顔をチラリと見た。
「ユーリのパスポートをどうするかという事です─」
イブは、腕を組んだまま顔を伏せ、ウーンと唸った。
「…それが一番の難関だな。こちらの世界は、何につけても身分証明が必要でまことに大変だ──」
テレビ画面では、入場行進の最後を飾る日本選手団が、割れるような歓声の中で、ニコニコ笑顔で手を振りながら行進する光景が映し出されていた。




