【106】異世界の宝を持って地上へ
「では、宝を貰って帰るか。」
イブはそう言うと、魔物がいたホールの奥へと歩いて行った。
ついて行くと、壁面に2mほどの高さの金属の扉がある。
俺の指輪と同じような、鉄や銀とは違う輝きを持つ金属──アルミが強く硬く、さらに軽くなったみたいな──素材で、出来ている。
だから、扉自体は大きくても重くて開かないということはなく、簡単に開くことができた。
中には、木製の大きな宝箱がひとつ。
カマボコ型の、ファンタジーでおなじみの形をしている。
「うぉっ、これが宝の部屋…」
「ヤッバ…異世界っぽさ高まるよ〜、これ…!」
川口と福田も、ドキドキして宝箱を眺めている。
蓋を開けてみると、中には──
「おっ!すげーっ!!」
金貨100枚の入った麻袋がひと袋。
それと、金の指輪、サファイア、ルビー、真珠の指輪やネックレス、バングルなどのアクセサリー類が合計40個入っていた。
イブは即座に鑑定したらしく、
「どれも魔法効果はなし…普通の指輪だな。やはりレベル100未満のダンジョンでは、宝物庫に入れるような宝はないのだな。」
と言っていたが、俺たち日本人3人組は、
「やったぁ~!!宝だ宝ーっ!!」
と、大はしゃぎになっていた。
「売れる!これ、困ったら日本でも売れるよ!」
「もう競馬でハラハラしなくてすむぅ〜!」
「ウオオ!ゴールドに宝石!ゲームの報酬って感じで上がるぞ…!」
普通の宝が、収入的な面だけ考えると一番嬉しい。
だってさ、不思議な効果がついてる武器とかだと日本に持っていけないし、ましてや売るなんてもってのほか…
父の宝物庫にある「どこにでも行けるドア」のような、ドラちゃん的な魔法の道具も、なにかのはずみで犯罪者の手に渡ったらと考えると、うかうか日本に持ち帰れない。
そうなってくるとごく普通のルビーの指環みたいなものが、1番換金するのに便利、保管しておくにも場所を取らない、他人に見られても怪しまれない便利な宝物なのである。
「私には必要ないから、すべて君たちで分けるといい。もちろんユーリもだぞ。」
「いいの?イブ。」
ユーリが申し訳無さそうに顔を覗き込むと、イブはいらんいらんと言う感じに手を振った。
「新しい魔法の研究になる物じゃなければ、私には必要ない。」
いったん元世界に持ち帰ってからわけよう、ということで宝箱ごとポケットに入れようとしたが、不思議な力で入れられない。
蓋を開けて、中身だけしまうと大丈夫だった。
宝箱はそのまま置いておけば、ボスの復活とともに中身の宝も再生する…というシステムなのかもしれない。
「じゃあ、地上に戻ろうか。」
俺は意気揚々と提案した。
そう、とうとう「どこにでも行けるドア」を正しい目的のために使える時が来たのだ。
どこにでも行けるドアといいつつも、ダンジョンの中か入口にしか移動できないこのドアは、初めて使った時のように、ドアを開いたらメイドの着替えルームで、
「キャー渚さまのエッチ!」
と言われるために存在していた訳じゃない。
ダンジョン脱出のために、今こそ使うのだ…!!
俺は腹のポケットからどこにでも行けるドア、いや「地上に出れるドア」を出して宝部屋の床に置き、扉を開けた。
ガチャ
「あっ、待って!渚──」
ドザザザザザザザザーーーーーッ
大量の水が扉からなだれ込んでくる。
「なっ、なん──?!」
扉の向こうに水面が見える。
腰の高さくらいだろうか。
その水が、とめどめもなく部屋に流れてきて、俺は足をすくわれて水の中に倒れてしまった。
「ガボガボ…」
「渚!ドアをしまうんだ!」
イブの声が聞こえたかと思うと、俺は─いや、俺たちはみんな、それぞれシャボン玉のような物に包まれ、水の勢いに押し流されないようになった。
「ゲホッゲホッ…なんだこれーっ」
俺と同じく転んでしまったらしい福田が、咳き込みながら体のまわりを包んでいる膜を触ってみると、「プヨン」とゼリーのような波打ちを見せていた。
「圧力に影響されなくなる、抗圧膜の魔法を張った。このまま扉から出てしまおう。」
体を包む膜の外を、左右に分かれながらごうごうと水が流れていくが、先程感じていた歩くのもできないような水圧は感じない。普通に歩ける。
ドアから外に出ると、そこは洞窟の中を流れる川だった。
全員が出た時点で、ドアを収納。
「ボス部屋、宝部屋から流れ込んだ川の水で水浸しになっちゃったかな…」
「最深部まで攻略に来る者はそうしょっちゅういるわけではないので、気にすることはない」
そうなのか。
「冒険者が続々と訪れて、ボスも順番待ち…とかはないんですね。」
「そう頻繁に宝を持ち去られていたら、世の中富豪だらけになってしまうではないか?」
た、確かに…!
俺たちは50mほどむこうに見えている洞窟の入口にむかって、川の中を進みながら話した。
「戦える者はいるが、今の時代、そんなに大量にいるわけではない。特に勇者と聖女が南の邪神を倒してからは、山や森も弱い魔物しか徘徊しなくなったな。…あれから二十数年経つ。」
そうか、父さんと母さんが大きな戦いをした後、世界は少し変わったんだな。
強い魔物は、特別な場所やダンジョンにしかいなくなったのかもしれない。
「この世界の冒険者は、ダンジョンに潜らないんですか?」
「若者たちはそれぞれ兵士なり猟師なりの仕事について、安定収入を考えるようになった。冒険者という不安定な職業にはつきたがらないのだよ。なにせダンジョンのボスをやらない限り、宝の一つも手に入らないからな。」
「あーっ、それオレも気になってたぁ…!魔石しか落とさないよねえ」
「うむ…ゲームと違ってドロップ品はないのだな。」
福田と川口も、儲けがボス一択というところを気になっていたようだ。
「魔石って魔道具屋に売ると高いのー?ユーリちゃん」
「いえ、そんなには…中くらいまでの魔石なら、売るより各家庭の魔道具に使ってもらう方がいいと思います。冷蔵庫とか、コンロとか…」
光熱費のかわりになるくらいか。
うーん、必要っちゃ必要だけど、命をかけるくらいなら、魔道具屋で新品の魔石を買ったほうがいいよな。
そうこう話しているうちに洞窟の外の岸に上がれるところについたので、俺たちは草むらの上に立ち、イブに泡の魔法を解いてもらった。
もうすっかり日も落ちてきて、夕焼け空になっている。
日本で見る夕焼けより、空がきれいなぶん鮮やかで、美しい。
オレンジ色に染まる山あいをぼーっと立ち尽くして、眺める。
服や髪はビショビショで体も疲れ果ててはいたが、俺の心は1つ何かをやり遂げた事の達成感に満ちていた。




