【101】引越し祝いは東京ミッドタウンでらしい
俺、川口、福田の三人を乗せた黒塗りのベンツは、リッツカールトン東京の正面玄関で停車した。
「うわ〜、オレ東京ミッドタウンに来たの自体、初めてかもしれねーわ…」
「ウム、おれもだ。」
福田が、ため息のように呟いた言葉に、川口が頷く。
六本木にある東京ミッドタウン。
六本木ヒルズと並ぶ、再開発によって生まれた高級感溢れる複合施設だ。
その中にある五つ星ホテル、リッツカールトン東京の中にあるフレンチダイニングレストランが本日の目的地。
川口と福田が俺のマンションに引っ越してくる日を狙い定めて、前から予約をいれていたのである。
─なにせ、人気の店はどこもかしこも予約なしでは厳しいくらい、街が活性化してるからなあ…感染症が消滅して以来。
今の時間は夜8時。
「もし感染症がまだあったらさぁ、こんな時間からディナーなんて無理だったかもしれないよねぇ〜」
45階までのエレベーターの中で福田が言った。
そうだな。
ワクチンをしたところですぐにおさまるわけじゃないし、もしかしたらインフルエンザみたいに、翌年にはまた打たないと意味がないものになるかもしれない。
菌がなくらならないことには、元通りの生活には戻れないだろう。
しかし今は聖女─母さんの力で、新型感染症が存在しない世界がやってきている。
それも、経済活動が活発になったことによる好景気もセットでついてきているのだ。
去年、自粛自粛と言われてできなかった事を楽しむしかない。
─とはいえ、こんな贅沢な夜遊びは、お金を100倍に増やしたからこそできる事ではあるわけだが。
1人あたりコース料金27000円プラスシャンパン…という料金の、45階のフレンチダイニング。
店の中は上品な色調で、調度品も全てエレガントそのもの。
だが古臭い感じのクラシックエレガントではなく、現代的で洗練されている内装だ。
壁一面にずらっと並んだ窓から見える東京の夜景を、どの席からでも眺められるようになっている。
東京タワーが目前に輝く窓際の席に、俺たちは案内された。
眼下に輝く街の光がキラキラと美しい。
一年前の自分には足を踏み入れる事もできなかったようなラグジュアリーな店だが、短期間で「高級慣れ」してきている俺はもはや臆しはしない。
ハイブランドなソフトカジュアルファッションに身を包み、髪も肌も整えた俺たちは、若くして高収入を得ることができた青年実業家だ。
一見。あくまでも一見だけど。
外見の上質化というものは人に勇気を与えてくれるものなのか、高級な店に入っても、パニクらないで背筋を伸ばして堂々としていられる。
そうすると更に外見の上質度がアップして、威風堂々としているように見えるのだ。
有名人の出してるオーラというのは、こういうものなのかもしれない。
本人自体が才覚やセンス一つでのし上がっていったような超高品質な人なら、服はただのシャツにデニムとかでも威風堂々オーラを出していられるんだろうけどね。
「引越しおつかれー!」
「ウッス」
シャンパンのグラスをカチンと合わせて、3人揃ってクイーッと飲む。
そう、今夜は誰が運転するからノンアルで─とかなく、全員で呑めるようにと、行きも帰りもハイヤーを頼んだのだった。
「黒塗りベンツから降りる気分ってあれだねぇ。極道か政治家って感じ〜?」
「自分で運転するより楽だし、いいかも。ハイヤーって。」
俺はすっかり気に入ってしまった。
いま東京は人も車もメチャクチャ多くて、運転するのに気を使う。
中でも、海外からの観光客のレンタサイクルと宅配サービスの自転車が入り混じっている都心部は、本当にヤバい。左車線はカオス状態だ。
その点、ハイヤーなら運転手が連れて行ってくれるので、気が楽である。
初乗り約16000円とすごい値段だが、いまの俺たちにはどうってことない。
「オレも車買おうかな〜とかって悩んでるんだけど、色々秘密が多い生活になっちゃったからさあ、事故でもおこして捕まるのがヤバすぎて決断できないんだよねぇ。」
「わかるぞ。人身でもしてパクられたら終わりだよな。」
「芸能人やセレブが運転手雇ってる気持ち、わかった気がするね。」
夏野菜を使った前菜3点盛りについでポタージュ、そして野菜を乗せた白身魚のタルタルを緑色のソースで彩った皿が運ばれてきて、俺たちは洗練されたモダンフレンチに舌鼓を打った。
「うま〜!ホテル・タラートのエスニック料理もいいけど、フレンチ美味いなぁ〜!。オレすき。」
「おれは肉料理があればより好きだぞ」
「多分このあと出てくるから大丈夫だよ、川口。あ、そういえば食欲、戻ったのか?」
「おう、通常に戻ったぞ。」
筋肉増強のアンクレットを着けていた期間のせいで痩せマッチョになってしまってはいるが、ゴリマッチョになってた時ほどの爆発的な食欲は無くなったそうだ。
まあその「通常」も俺よりもともと多いんだけどね。
「しかし今日は引越し作業で久々にたくさん動いたから、割と腹減ってるぞ。」
「わかるそれ〜!」
次の料理が運ばれてくるまで我慢できず、3人揃って付け合せのパンをもくもく食べているので、見かねたウェイターがおかわりのパンを持ってきてくれた。
「渚も手伝ってくれて、ありがとねー!」
「荷開けしてウォークインクローゼットや靴棚に運んだりしただけだけどね。」
「いやいや、助かったぞ。」
「これで、心置きなくバザルモアに飛べるねぇ〜!」
「ウム、おれたちも戦闘訓練ができるぞ。」
戦闘訓練──
やっぱ、しなきゃ駄目だ…よね…
レベルは上げたい気はするけどさ。
森とか行って、一番弱いちっさい魔物とか殺さなきゃならないのかなあ。俺したくないんだけど…。
だってさ、どうせ俺たちでもやれそうなのって、魔物っていっても限りなく動物に近いサイズのイキモノだろ?
殺したらトラウマになって、後々心を病んでいく自信ある。
なんとかならないものかなあ…。
ユーリ、涼しい顔して殺してたらどうしよう…と思ったら、なんだかちょっと薄ら寒くなってしまった。
うーん、異世界だと普通の行いだろうから、嫌だって言いにくいし──聞きにくいなあ。
でも聞かなきゃなあ…。




