●「宮廷魔法使いの家・後編」
彼の気が変わったのは、フィーアの悲劇から半年後のことだった。
たまたま本棚を整理していた時に見つけた、旧知からの贈り物。やや強引に渡された魔法の書を、一度も開いたことがなかったと思い、彼はそれを手に取った。
すると、不意に装飾の石が外れ、床に転がってしまう。
それは魔力に反応する石で、こうした変わりものが好きな著者の言葉を、彼はそのとき思い出したのだ。
人の世の楽しさとは、未知への挑戦にある。
彼はその言葉に突き動かされるよう石を握りしめると、悲劇の場所へと向かった。
大規模な魔力の爆発。それは少なからず、人に影響を与える。
眠っていた魔法の才が、目覚めた者がいるかもしれない。
この石を使えば、それを調べることができるだろう。
彼は自分の技術と知識を、誰かに託すと決めたのだ。
そうして、彼は出会った。
絶望の中にいながらも、琥珀色の瞳に力を宿す少女に。
その力強さに惹かれ、差し伸ばした手のひら。拒絶への不安を内に秘めたまま返事を待つ彼に、彼女はそっと、指を重ねてくれた。
それから数年の間、彼は少女と暮らし、魔法の基礎を教えることとなる。
しかし、子育てはおろか、そもそも彼は子供と接する機会があまりなかった。
魔法の師としてはともかく、親代わりとして何をすべきかを、彼は知らなかったのだ。
だから彼は、拙いながらも最低限の面倒だけを見て、できる限り少女の自由にさせてみた。
それでも彼女はよく学び、自ら進んで物事に打ち込んだが、元々の気質がそうだったのか、度を超えた行為には及ばずとも、そのぎりぎりを攻めるという癖だけは、最後まで治ることはなかった。
とりわけ金に対しての執着は凄まじいものがあったが、呪われているかのようにことごとく失敗し、ただそれでも彼女が儲け話を思いつくたびに見せる笑顔を前に、師としても家族としても、彼女を叱ることは一度もできなかった。
そして、いよいよ次の年は北の学院へ入るという頃。
少女は気まぐれに師の書斎に忍び込み、彼の過去を知った。
しかし、なに食わぬ顔で次の日も師の教えを受けた。
師もまた、少女が自分の過去を知ったことに気づいていたが、いつも通りに魔法を教えた。
師の秘密は秘密でなくなったが、少女にとって、そんなことはどうでもよかったのだ。
今、自分が教えを受けているのは、どこかの宮廷にいた魔法使いではなく、家族なのだから。
ついに、少女が家を出る時が来た。
師の体は衰え、少女の旅立ちを寝床から見守ることしかできなかったが、彼女はこの出会いに感謝し、二度と戻ることはないであろう家と師に、最後の別れを告げる。
その時、彼女の師は問うた。
この数年、家族と呼ばれたことはあっても、一度たりとも『父』と彼女が口にしたことはなかった。
そう呼ばれることを望んでいたとまでは言わないが、師はそれを聞かずに別れるのは、どうにも心残りだったのだ。
そして、少女は答える。
琥珀色に輝く瞳に、目一杯の笑顔を添えて。
「私が小さい時に、父はお母さんを置いて家を出ていったの。だから、私にとって父という言葉は、それほど特別なものではないのよ。つまり、おじさまをおじさまと呼ぶのは、私なりの最大限の敬意と愛情ってわけ。だからその……ええと、こほん。それじゃ……行ってきます、おじさま」
――見習い魔法使い、アンバー




