第7話 ハーフエルフの里
「ではどうか、我々もその、くらんとやらに入れてください」
頭を下げるドワーフたち。その最前列にいる一人が、僕を上目遣いで見た。名前はシエルというらしい。
おっさんにしか見えないが、この人はれっきとした女性のようだ。僕にドワーフの性別を見分けることは不可能なようだ。
「構わないよ。その代わり、君たちにはしてほしいことがある。君たちはものづくりが得意なんだよね?」
「はい。以前は帝国に武具を下ろしていました」
「じゃあさ、こういうのも作れないかな?」
言いつつ、僕は僕の中の最低火力を出せる銃を、一つだけ空中に召喚した。
ドーバとマーティを鍛えることだけをしていたわけじゃないのだ。僕だって、僕自身の性能くらい確かめている。
……最低火力の分だけだけどね。
「これは……一ついただけるのですか?」
「あー、そういうのはできないんだよね。見ててね」
そう言って、僕は半透明の薄い盾を召喚して、それを撃ち抜いた。パリンと心地よい音が響き、盾が消える。
「なっ、これは……凄まじいですな」
興奮したように鼻を膨らませ、シエルが目を輝かせている。
「これを作って欲しいんだ。銃って言うんだけど、こういうのって見たことある?」
「あります。ありますが……ここまで威力の高いものは初めてです。それに、火も付けずにどうやって……」
「火? ってことは、火縄銃レベルのものはあるのかな」
「火縄銃……ですか?」
「あ、うん。火を付けて火薬に引火させたら玉が飛んでいくやつね」
「ムラサキ様はなんでもご存知なのですね」
感心したように僕を尊敬の目で見る。
日本じゃ常識だ。しかし、この世界では最先端。国を興すなら軍事力は必須なのだ。
「27人全員分の家が建ったら、君たちには二つの班に分かれてもらう。一つはこういった武器や防具を開発・生産する班。もう一つはここを中心とした機能的な町を作る班だ。人を集めてここが今後栄えても問題ないように、今から少しずつ開発していこう」
「わかりました! お任せください!」
シエルが元気よく返事し、僕は解散を命じた。
これで銃を持つ集団を作ることができる。銃は誰でも扱えるからこそ強いのだ。
「さてと。国を作るために必要なことは、国を守る力、食料、それから……認められること」
他国に「国」として認められないと、ただの武装勢力でしかない。
僕たちは帝国から離反し、敵対している。認めてもらう相手は、帝国と仲が悪い国に頼むのが一番いいだろう。
だけど、今の僕たちにはなんの伝もない。
「建国はお預けだな」
大聖堂の奥へ行き、僕は今後のことを考え始めた。
* * *
そして、三週間が経った。
この三週間、村人たちに食料を渡したり訓練をつけたり、家の様子を見に行ったりしていた。
家は木造で、ついでにハーフエルフであるドーバたちの分まで作ってもらった。ドーバたちに建築技術はあまりなく、ドワーフたちの家を見たら「俺たちも!」となったのだ。
「これで50軒の家が建ったってわけだけど……」
基本的に1階建ての家が並び、2LDKの広さが確保されている。1軒につき一人から三人が住んでいる。
ハーフエルフは寿命が300歳ほどで、ドワーフはなんと200歳ほどらしいのだ。そのため、子どもが生まれることが5年や10年に一度とかなのだ。
それに、みんな引きこもり気質で一人でいるのが好きなタイプらしい。なぜなら、ドワーフは作業に集中できるように一人が好きだし、エルフの血を引くハーフエルフたちはエルフと同じく、一人で黄昏るのが好きだからだ。
本当に意味がわからない。家族とくらい一緒にいたらいいのに。
「夫婦でも別居が当たり前とか、ドワーフおかしいだろ……」
ともあれ、立派な家がたくさん建つのいいことだ。しかも、ちゃんと綺麗に道も整備されている。
インフラを整えるのはとても大事なのだ。
「でも、人口増やすにはまず人間を連れてこないと……ドワーフとエルフじゃ先が長過ぎるッ」
先のことを考えて悲観していると、大聖堂の屋根の上から声が聞こえた。
「ムラサキ様! 来ました! 今度は100人くらいいると思います! しかも奴ら、全員ドラゴンに乗ってます」
やった来たか。
そう思いつつ、ドーバに感謝を告げる。
前回と前々回では10人から20人ほどだったけれど、一気に増えたようだ。
「全員戦う格好してる?」
「一人だけ前の使者というやつと同じ格好をしてます」
「なら、まずは話し合いかな。村の外まで行こうか」
「はい!」
僕はドーバとマーティ、それからシエルを中心とした合計33人を連れて行く。
全員がそれぞれに武器を持つ。ドーバが率いるのはオーソドックスに剣や盾を使う剣士風の部隊だ。マーティが率いるのはそれ以外の武器を扱う混成部隊。シエルが率いるのはドワーフの戦士たちだ。
ドラゴンに乗って近づいてくる100人の部隊を、僕たちは待ち構えた。
「止まれ! 降りるぞ」
上空からゆっくりと降りてくる彼らは、僕たちを見て困惑している。
「ハーフエルフにドワーフに人間? いったいどういう村だここは……」
先頭の金色騎士のぼやきが僕たちにまで聞こえる。僕もそのことには激しく同意したいところだ。
「マーティ、殺気を抑えて」
ドラゴンが着地し、騎士たちが整列する。
そんな彼らに向けて、マーティが殺気を向けたのだ。騎士たちが慌てて槍を握った。
「失礼。少し前に来た騎士たちには、お世話になったのでね」
「いや、構わない。お前たちも、それから手を離せ」
今度は良識がある人が来たのか、会話が成立している。
「君が彼らを率いているのか?」
金色騎士が僕を真っ直ぐに見ながら聞いてきた。頷いてやると、少し考えていたようだった。
「カリム100人将、今はそんなことはいいだろう。儂の仕事をしても良いか?」
「はっ!」
「では、君たちに伝える。皇帝陛下のお言葉だ」
「はい」
僕たちが跪くのを待っているのか、1分ほど睨み合いが続く。
「……此度のすれ違いは非常に残念だ。ハーフエルフの里は我が最も重要視している里の一つ。今後とも友好な関係を築きたい。また、諸君らが被った被害はこちらが補填する」
「どういうこと? 皇帝はハーフエルフの里を破壊しようとしたんじゃないの?」
「違う。しかし……いや、話しておこう」
僕の頭が混乱する。
皇帝が命令を出してこの里を壊そうとしたんじゃないのか?
「ハーフエルフの存在は人間の間ではもともとあまり知られていない。そっちのドワーフもそうだ。ドワーフやハーフエルフの存在は少なく、エルフはさらに少ないのだ。帝国でも知る者はあまりいない。そして、エルフは災害を引き起こすほどの力を持っているため、我々人間はハーフエルフを害そうなどとは思えないし、思わない。ドワーフもまた、その技術力の高さから冷遇してはいけない種族の一つだ」
人間の間では知られていない? つまり、最重要機密ってやつか。なんか、格好いい!
「だから、本当に手違いだった。まさかアルトバラン殿が迷子になり、この里を粛清するとは思わなかった。もともとアルトバラン殿には、麻薬を製造している村の粛清に行ってもらったのだ」
ドーバやマーティたちが、手違いで殺される身にもなれ! と叫ぶ。僕はそれを制し、続きを促した。
「そして、不幸は続いた。帰ってこないアルトバラン殿を不審に思い、イリーゼ伯爵の魔術具でアルトバラン殿の場所を探った。そこで出てきたのが、この里だ。我々は不審に思い、調査を命じた。調査に来たのはイリーゼ伯爵の次男殿だ。人選をもっと考えるべきだったと今では後悔している。たとえ伯爵の横槍が入っても、我々が選ぶべきだった」
話長いな。
僕はそう思いながらも、真剣に聞く。もしかして、本当に手違いだったのか。
でも、そんなことある??
「次男殿も帰ってこない事態となり、これはハーフエルフたちを相当怒らせたと判断した我々は、直接大臣の部下である儂が来たのだ。すべての事情を知る儂がな。伯爵は怒り心頭だが、ハーフエルフを敵に回すことはできないのだ。本当にすまなかった。どうか我々を許して欲しい」
つまり、エルフが怖いから手違いを許して、ということか。
「ドーバとマーティが決めていいよ。許すか許さないか、君たちが決めるべきだ」
僕が二人に振ると、二人は少し考える仕草をしてすぐに答えを出した。
「「許さない」」
二人の声が被り、マーティがドーバを睨んだ。
「黙りなさい」
「はい」
マーティがドーバを黙らせると、マーティは続けた。
「もう帝国とは関わりたくない。だから、私たちはこのムラサキ様についていく。ムラサキ様は私たちを救ってくれた。私たちだけの国を作ろうとしてくれている。だから、私はそれについていく」
マーティが使者にそう告げると、使者は困ったように落胆する。
「そうだよなぁ。儂でもそんなことされたら嫌だもんなぁ。ではせめて、友好関係だけでも……そうだ! ムラサキ殿の作る国の後見人をやろう! どうだ?」
おお、なるほど。
それは断れないな。今のところ接点があり、帝国には負い目があり、国を作る僕たちの支援をしてくれると言う。
「いいアイデアだね。なら、こうしよう」
僕は指パッチンをして、武装を展開する。
「帝国は僕たちの作る国を支援する。帝国は僕たちの国には弓を引かないことを誓う。もし帝国が僕たちを裏切ったなら――」
森の方に銃口を向け、これまでとは一線を画す武装であるレールガンを放った。
轟音が鳴り響き、一直線に道ができる。
「僕が全力で君たちを滅ぼそう」
「あ、ああ、わかったよ。だからその恐ろしいものをしまってくれ」
「それから、僕たちも帝国を侵すことはない。ただ、ここらへんに領土が欲しい」
領土は大事だ。領土なければ国は成り立たない。
「わかった。では、改めてここに来るとしよう」
「あと、帝国に行ってみたいんだけど、いいかな?」
「「「え!?」」」
後ろからも前からも驚く声がする。
だって、この世界に来てからまともな町に行ってないし……。
「僕だけでいいから、一緒に連れて行ってくれない?」
「……うーむ……では、こうしましょう。儂とムラサキ殿で帝都に行き、カリム殿はここで世話になる。人質と言ってはなんだが……もちろん、ムラサキ殿が何もしなければ、カリム殿も彼らを害するようなことはしないことを誓う」
ドーバとマーティ、それからシエルを見た。
「ちょっと行ってきてもいいかな?」
「ええと、日数によるかと……。今のところ私たちには、森の食材とムラサキ様の出す食材しかないので……」
「それもそっか。どのくらいかかるの?」
使者に話を振ると、すぐに答えた。
「ドラゴンで約9時間と言ったところだな。協議も含めて3日ほどは見てほしい」
「そのくらいなら僕の出す食料も持つし、大丈夫と思う」
「ただ、カリム殿とその部下合わせて100人を……それはさすがに多いか。では、人数を厳選し、10人残すとしよう。彼らの食糧の負担をしてくれるならば、良いのではないか?」
「じゃあそれで」
かくして僕は、この世界に来て初めて町に行くことになった。
自分で飛ぶこともできるけれど、せっかくなのでドラゴンに乗せてもらう。副長は二人いるようで、それぞれに僕と使者が相乗りした。
「あ、忘れておった。儂の名はクラウベルだ、よろしく頼む」
「よろしく。改めて、僕はムラサキだよ」
この人とは長い付き合いになる。
なんとなく、そんな気がした。
建国はちょっと先になりそうです。
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