プロローグ
学校の帰り道。僕は山向こうに沈んでいく太陽を見てため息を吐いた。
来週からテスト週間だ。昼には一日のテストが終わる。部活動もテスト週間は禁止されているけれど、僕は部活動をしていない。時間がいっぱい余る。その時間でやりたいゲームがあるのだ。VRゲームと一括りにされる、フルダイブ型オンラインゲームだ。
「だというのに……」
ぼそりと口に出してしまい、隣を歩いている幼馴染が反応した。タタっと僕の前に出て、のぞき込むようにうつむいた僕の顔を見た。
「どうしたの?」
「……別に」
なんでもない。本当に。テストは不安しかないし、かといって今から勉強しても遅すぎる。諦めは肝心なのだ。そもそも、テストはそのときの実力ですべきであって、テスト勉強などしてはいけないのである。
そのことをこの幼馴染に言うと、そうだねーと棒読みで言われてしまう。その態度に、笑われているように、バカにされているようについつい感じてしまうのだ。
幼馴染は学年トップになるほど頭がよくて、僕は逆に学年最下位を争うほどの実力者。
比べるべくもない。でも、バカと天才は紙一重。僕はこの幼馴染とつり合いをとれていると自負している。
「絶対何か隠してるでしょ! 私にはわかっちゃうんだからね?」
言いながら、僕の隣に移動する。この幼馴染がペースを合わせて歩く。僕は誰にも合わせないのだ。
「菜穂はまた学年トップなんだろうなって思ってさ」
「そりゃーもちろん狙うよ! そういう雷斗はまた最下位なんだろうね。すごいよ」
凄いのはお前だよ、と心の中で突っ込みを入れる。こいつはバカではないけれど、とてつもないアホだ。きっと、本心から凄いと思っているに違いない。テスト期間は毎日、菜穂に教えてもらうというチートを使っても学年最下位になるのだから、それもあるかもしれない。
「今日もうちに食べにくるよね。ママが今日は『雷斗くんの大好きなお寿司を取ろう』って言ってたよ。甘えびと赤えびとエビマヨと……とりあえずエビ全種は取ってくれてると思う!」
「そうなんだ。エビはうまいからなぁ」
「ほんと、好きだよね。エビばっかり食べてるとエビになっちゃうよ?」
「なるわけないだろーに……」
菜穂がえへへ、とはにかむ。それは反則だろ、と顔をそむけた僕は、赤信号を見て立ち止まった。
寿司はいい。寿司で人気ナンバーワンはマグロだろう。でも、マグロはほとんど食べない。というか、寿司で食べるうちの9割がエビとサーモンだ。そのうちの7割をエビに充てている。僕は、きっとエビに人生を狂わせられているに違いない。
「青になったよ」
菜穂の声に寿司から現実に戻る。
ふと見れば、菜穂はすでに横断歩道に出ていた。
「おい、ちゃんと確認しねーと危ないぞ!」
「大丈夫だよ! もう信号変わったんだし」
慌てて左を見て右を見て左を見る――瞬間、適当に流し見した右方向から、ありえないスピードで突っ込んでくるプリウスを目視した。
直観が、ヤバイと告げている。
「菜穂! クソ! だから言ってるだろいつも……!」
「んー? どうし!? ちょ、雷斗!」
僕は菜穂に突っ込み、そして両手で思い切り押し出した。その瞬間、かすかに車のヘッドライトに照らされる。
「え…………?」
菜穂の茫然とした声が聞こえた。
体が吹き飛ばされ、目の前が真っ暗になる。何も見えない。闇の世界だ。
「雷斗!? そんな、雷斗……ダメだよ、死んじゃダメだよ! 雷斗はもう一人じゃない! 私も! ママもパパもいるんだから!」
ああ、そうだな。
菜穂の言う通り、僕はもう一人じゃない。
2年前に交通事故で両親を亡くし、独りぼっちだった僕を、菜穂の家族は拾ってくれた。一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒に勉強して、一緒に――。
「雷斗! 起きて! 目を覚まして!」
遠くで、菜穂の声が聞こえた。
僕はきっと、死ぬのだろう。
父さん、母さん。
僕も、そっちに行くことになったみたいだ。
叱られるかな。
それとも、褒められるかな。
きっと、後者だ。
好きな子を守ることができたのだから。
* * *
ふわふわする。体も心も。
もうろうとする意識の中、透明な世界で僕は漂っていた
「目が覚めたようだね」
どこからともなく、男性の、それも年若い男の声が聞こえた。
周りを見ようとしても、すでにすべてが視界の中だと僕の脳が認識していた。
「君は生前、ルールを守り、マナ―やモラルに関しても非常に高い意識をもって行動していた。学力は低いが、頭は悪くない。そんなところが評価されて、君は一つの世界に送り込まれることになった」
なんだ? この人は何の話をしているんだ?
突然わけのわからないことを言い始めた男の人。僕は何か質問することも許されないのだろうか。一方的に言われることに耳を傾けながら、生前、という一言に引っかかる。
ああ、やっぱり僕は死んだんだな。そう思った。
だって、菜穂を助けて車にひかれたところまでは記憶があるのだ。
「君の役目は、これから送り込まれる世界で秩序をもたらすこと。ただ、その身一つでは不安が多いだろう。そこで、我々は君に一つの能力をプレゼントした。うまく活用してほしい」
秩序をもたらす?
我々?
一つの能力?
疑問だらけの言葉に、僕は到底追い付いていけない。理解力に乏しい僕にとって、一つのことを理解するだけでも重労働なのだ。
「これで説明はすべてだ。星が滅ばぬよう、尽力することを願う。ではな」
男の声が途切れる。
ああ、どこかに僕は送られるのだろう。それだけはなんとなく理解できた。
いったいどんなところに飛ばされるのか。不安に駆り立てられる。だけど、自分が死んでしまったことの悲しさはもう、なかった。




