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9.対決

◇◇◇



「その婚約破棄ぃ、あいや待ったああああああああああああああああッ!!」



 その叫びは、蛮族の咆哮よろしく会場内に反響した。


 あまりにも突然に会場出入り口に現れた人物――彼の真なる姿を目撃したのは、果たしてボクが一番早かっただろう。

 何故ならば、壇上でボクが立つ場所から眼下のエリーゼを貫いてほぼ真正面、その直線後方に会場出入り口の扉があったからだ。


 予定では誕生会が終わるまで、料理を運び入れるスタッフや一部参加者の家臣を除き、誰も出入りすることができない。

 そのはずの場所から今、ひとりの闖入者が、堂々たる振る舞いで室内に侵入しようとしている。


 婚約破棄の宣言途中にて虚を突かれ、完全にフリーズしてしまったボクと対照的に、もっとも早く行動を起こしたのはレゼットだ。


 この招待されざる客、突然のストレンジャーの到来に、レゼットは自分がなにをなすべきかを完全に熟知していた。

 彼は向かい合う影のリーダーから視線を切り、獣的な反応速度で声の発せられた方向へと足を向け、駆けながら腰に佩いた剣の柄を握る。


 ボクがその姿を目撃し、そしてレゼットの足がトップスピードに入る頃合いに、ようやく他の学園生徒も何事かが起こったことを知る。


 彼らは壇上のボクが突然石膏像のように固まったのを確認し、その理由が視線の向かう先にあることを察すると、自分たちもその正体を確認すべく身体ごと首を捻って背後を見た。



 ――そして、彼らもまた目撃することになる。



 ――大量の返り血にその表面を濡らす、甲冑騎士の姿を。



「「「うわああああああああああああああああッ!?」」」

「「「きゃああああああああああああああああッ!?」」」



 恐怖に慄く叫び声に、絹を裂くような悲鳴。

 彼らはまるで荒波が岸に押し寄せるが如く、我先にと前方に殺到し、この亡霊のような脅威から少しでも身を離そうと必死な様相を見せる。


 そんな学園生徒たちの姿を目に入れ、ようやくボクに正常な思考が戻る。


 ボクは、ボクが守るべき人々のあまりに悲壮な姿に打たれ、目を大きく見開くと、自分のなすべきだった仕事をやっとこなした。



「――影っ!! その侵入者を捕えろっ!!」



 それは、恐怖に染まった学園生徒の悲鳴に負けず劣らず会場全体に響き渡る、そんな音量を伴った絶対遵守の命令のはず、だった。


 だが影は命令に従う様子を見せない。

 どころか、学園生徒を取り囲んだその場所から一歩たりと動くことがなかった。


「嘘だろ、どうして……はっ、エリーゼっ!?」


 殺到する群衆の波の向こう、最前列の円テーブルの傍には、依然としてエリーゼの姿がある。

 その場からから逃げようとせず、彼女はただこの唐突に現れた血塗れの騎士へと向き直り、その姿をつぶさに眼に収めているようだった。


「エリーゼっ! 逃げろっ!!」


 叫ぶと、ボクは助走をつけて学園生徒たちの頭上を跳び越え、右手で腰のロングソードを抜き放ちながらエリーゼの元へとひた走る。

 距離を半ばほど詰めたところで、レゼットと甲冑騎士が交戦しているのが見えた。


 立ち尽くすエリーゼを置いてすぐ傍ら、互いに目まぐるしく立ち位置を変えながら、二人は凄まじい剣撃を繰り出している。


 ……信じがたいごとに、甲冑騎士はあのレゼットと互角にやり合っていた。


 宴席での帯剣のため、得意武器である大剣より刀身の短い片手剣を振るうレゼット。

 さらには、ついさっきまで飲んでいたため酔いも醒めておらず、その剣筋は平時に比べて幾分か鈍っていただろう。


 でも、それにしたって並の剣士に後れを取ることはない。

 だというのに、件の甲冑騎士は、自らの剣でレゼットの重い刃を軽々と受け止め、のみならずそれを易々と弾いて優勢を保っていた。


 互いに剣を繰り出し合い、そして何度目かの交錯。

 とうとう、甲冑騎士が振り上げでレゼットの剣を大きく弾いた。


 勝負を決定づける最大の隙――そこに、間一髪で間に合ったボクのロングソードが割り入り、振り下ろされる甲冑騎士の剣を阻んで逸らした!


「……悪いレゼット! 少し遅れた!」

「その声、ロバートか? 油断すんな、コイツとんでもなく強えーぞ!」

「わかってる! エリーゼのことは後回しだ。二人でさっさと片付けるぞ!」

「へっ! 言われなくともっ!」


 軽口を叩き合い、ボクたちは甲冑騎士に向き直り、剣を構えた。

 皮肉にも、ここで初めて学園最強の剣士二人が揃い踏む。


 ボクとレゼット。かつて相譲らぬ名勝負を繰り広げた二人が組めば、どんな強敵が相手であろうと、否、例え名だたる名剣士が相手であろうと、絶対の勝利は揺るがない――ボクにも、レゼットの頭の中にも、その考えはきっと確信のように存在した。


 その上で、眼前の甲冑騎士が一切の手抜きを許さない相手であることもまた、承知していた。

 ボクとレゼットは目配せし、名誉よりも、騎士道よりも、この場での勝利をこそ優先することを確認し合う。



 そして――左右から、同時にしかける!!



 これで元来の剣の腕に、数的有利まで加わった。

 眼前の甲冑騎士の素性がいかな名剣士だろうと、この構図が作られた時点で危機的状況に違いない。


 もはやボクたちの勝利は決まったも同然だと、このとき誰しもがそう思ったはずだ。


 だが甲冑騎士は倒れなかった。左右から襲いくるボクたちの剣を受けてなお、彼の動きにはまだ余裕すら感じられる。

 ボクの一撃を剣でいなしつつ、レゼットのそれを体捌きで躱すなど、およそ人間技とも思えない動きを幾度となく見せつけたのだ。


 ……先に音を上げたのはボクたちの方だった。


 ボクとレゼットは、両者ともを狙った甲冑騎士の大振りの一撃を寸でのところで躱すと、今度は目配せすらなくバックジャンプで同時に距離を取った。


「……いや参ったな。コイツ、とんでもねーバケモンじゃねーか」

「ああ、そうみたいだ。レゼット、少し相手を任せられるか?」

「何秒だ? 長くは保たんぞ」

「十秒……いや、五秒でいい。それで準備を終える」

「自信がねえなら十秒にしとけ。どうせジリ貧だ、そんくらいなら粘ってやる」

「ありがとうレゼット。この借りは、いつか必ず」


 甲冑騎士に意識を向けたまま言うボクに、レゼットはへへっと軽く笑い。


「よせよ、お前と俺の仲じゃねえか。で、どーすんだよ王子サマ。この難敵をどうにかする算段が、お前にはあるってえのか」

「ボクが学んだ流派の奥義を使う。実戦での使用経験はないけど……」

「そんなのお前なら絶対に成功すんだろ。じゃあ……先にいくぜぇっ!!」


 言うが早いが駆けだしたレゼットは、今度は両手打ちで真っ向から甲冑騎士へと斬りかかる。

 それと一瞬前後して、ボクは剣を構えたまま甲冑騎士に向け全神経を研ぎ澄ます。


 迫りくる甲冑騎士の剛剣に、すぐさま劣勢に陥るレゼット。

 その動作が徐々に遅く、緩慢に見えてくる。


 およそ日常生活でも、いくさの最中ですらあり得ない高集中状態。

 時間の遅滞という、尋常ならざる領域へ足を踏み入れたボクは、標的の狙うべき一点を確実に破壊せんがため、さらにその意識を鋭く尖らせてゆく。


「――ぐわぁっ!?」


 紙一重の攻防で、どうにか甲冑騎士の剣を防いでいたレゼットの防御がとうとう決壊した。

 凄まじい膂力で弾かれた剣に引かれ、レゼット自身の身体もまた大きく傾いでバランスを崩す――その瞬間だった。



 ――見えた!!



 半ば自動的にボクの身体が動き出し、今まさにトドメを刺さんとする甲冑騎士へ吸い寄せられるように、気づけば渾身の一撃を放っていた。

 それは甲冑騎士の下半身のある一点、まさに狙い違わぬ一点へと確実に命中する。


 擦れ違いざまに瞬速の一閃を繰り出したボクは、両方の足裏を床に擦らせてスピードを殺しながら、半身を捻って甲冑騎士の様子を見た。


「――やったか!?」


 ボクの右腕には未だ、痺れに近い確実な手応えが残る。

 そして目線の先、甲冑騎士の脛宛ての部分が、ボクの狙い澄ました一閃によってベコリと無惨に凹まされているのを眼に入れた。


 これぞ粘着剣奥義――『騎士団長殺し』。


 脛という、人体でもっとも痛みに弱い箇所のひとつを狙い、そこに助走をつけて剣の腹を思い切り叩きつけるという、まるでそれ自体が嫌がらせのような粘着剣の中でも、とびきり群を抜いてタチの悪い奥義である。


 無論、『騎士団長殺し』は、ただ相手の脛を破壊するだけの攻撃じゃない。皮肉にも、相手が装備した防具の強度によっては、継続的にダメージを与え続けることのできる、実に性格の悪い効果もあった。


 簡単に言えば傷ついた脛を凹んだ脛宛てが圧迫し、見た目の地味さと裏腹に耐え難い痛みを引き起こすと、そういうことである。


 ちなみにこの奥義の奇妙な名は、とある逸話に由来する。

 かつて戦場でこの奥義をまともに食らったさる国の騎士団長は、立派すぎる脛当てを装備していたことが災いし、尋常ならざる痛みを受けた。


 腰砕けになった彼はすぐ傍に控えていた従士に泣きつき、どうにか馬に乗せてもらうと、そのまま戦線を離脱してパッカラパッカラ故郷まで帰ってしまったというのだから、その痛みは想像にあまりある。


 そんな『騎士団長殺し』をまともに受けて立っていられる人間など、この世の何処にもにいようはずがない。


 そう、ボクも確信を持っていたのだったが――。


「……ぐゥ……ぬゥゥ……」

「そんな……騎士団長殺しが完全に入ったのに……?」


 甲冑騎士は、倒れなかった。

 無論ダメージは負っている。彼は剣を床に突き立て、両手で握って支えにすると、生まれたての小鹿のように両足を震わせながら、どうにかその場に留まろうとする。そして――。



「ぶううううううううるわあああああああああああああああああああああッ!!」



 背を逸らし、まるで蛮族のウォークライのような雄叫びを上げる甲冑騎士。

 重ねて信じがたいごとに、姿勢を戻した彼は、そのままボクへと突進をかけてきた!


「そんな……うわぁっ!!」


 甲冑騎士のショルダータックルに弾き飛ばされ、ボクはなす術なく床に転がってしまう。が、無防備状態と化したボクへの追撃はなかった。

 甲冑騎士は、背後でなおも剣を構えていたレゼットへと向き直り、その魂胆を見透かしたかのような一言を告げたのだ。


「くるがいいレゼットォ……剣など捨てて、かかってこいィ……」


 そう言い放ち、カランと剣を床に投げ捨てる甲冑騎士。


 騎士において剣とは、騎士道がかたちを持ったもの。

 ゆえに、戦場においてそれを自ら手放すことは、勝負自体を放棄することに等しい。


 無論、バカ正直に乗ってやる必要なんてない。

 いやむしろ、この好機を活かし敵を一網打尽にすることこそ、いずれは王を守るキングズガードとして相応しい態度であっただろう。


 だが騎士よりも戦士の気質が勝るレゼットは、あっさりとこの千載一遇のチャンスをふいにした。


「上等だっ! 行くぜぇっ!!」


 構えを解くや否や、レゼットもまた剣を投げ捨て一直線に甲冑騎士へと疾駆する。甲冑騎士は回避行動をとらなかった。

 真正面、突進するレゼットの両手を掴み、がっぷり四つに組み合うと、勝負は小細工なしの力比べへと移行する。


「ぐぅ、ぐううううぅ……」


 羆のような動物的な唸りを上げるレゼットに対し、甲冑騎士の様子は涼やかなものだった。押し合う腕を震わせもしない。


 勝負が動いたのはしばしの拮抗ののち。


 甲冑騎士は、依然として全力を振り絞り続けるレゼットの両腕を前方に引き込み、体勢を崩した足下に突き出した足を引っかけると、盛大にその場に転がしたのだ。


「――のわぁっ!!」


 自らの剛力が仇となり、床に背中を強かに打ちつけたレゼットの負ったダメージは激しく、仰向けの体勢で気絶してしまう。


 ……そしてこのとき、吹き飛ばされたばかりのボクもまだ動けない。


 二対一。ボクたちの圧倒的有利な状態から始まった勝負は、こうして完膚なきまでに甲冑騎士の勝利で終わったのだった。

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