7.切り札
◇◇◇
――盛り上がっている。
――超、盛り上がっている。
今、すぐにでも頭を抱えてテーブルに突っ伏したいボクの前で、エリーゼとレゼットが和気藹々と談笑している。
話題は勿論ボクについて。
エリーゼの持参したロマス・コントラを開けた二人は今現在、「ロバート、いいよね」「いい……」とほろ酔い気分でロバートークに華を咲かせていた。
「……ですので、そのときロバートといったら、本当にステキでしたのっ!」
「なははははっ! そいつは傑作だなエリーゼちゃん! でもロバートのことだ、そんくらい軽くやっちまうだろうな! さすがは俺の見込んだ男だぜぃ!」
そんな恥ずかしいことを大声で叫び、行儀悪いにも程があることに、レゼットは手にしたロマス・コントラをぐびりと一気にラッパ飲みしたのだった。
「ぷはぁーっ! 美味いっ! 初めてテイスティングさせてもらったときにも思ったがよ、コイツは本当に美味いな!」
「お気に召していただいたようで、選んだ身としてとても光栄に存じますわ。今宵は未来の夫の目出度き日ですもの。レゼット様、よろしければもっとお召し上がりになってくださいな」
言うが早いが、エリーゼはパンパンと手を叩き、彼女のお付きの者たちが荷押し車を突いて会場内に入ってきた。
荷押し車には大量の砕かれた氷と、それに突き立つ恐ろしい数のロマス・コントラが載っている。
さしものレゼットもこれには度肝を抜かれたのか、不安げな表情でエリーゼの様子を窺った。
「あー、エリーゼちゃんの大盤振る舞いは嬉しいけどよ……コレ、ムチャクチャに高いんじゃねぇのか? だって俺が今まで飲んできたどの酒よりも明らかに美味いぞ? それを、こんなに……」
まるで酔いが覚めたかのようにテンションを落とすレゼット。
エリーゼは、そんな不安を払拭するようにニコニコっと笑みを浮かべた。
「まあ、レゼットさまったら。そんなご立派なお身体をしていらっしゃるのに、随分と小さなことでお悩みになられますのね? このようなお酒、わたくしの故郷ではいくらでも手に入りましてよ。ですから、どうか気が済むまでお召し上がりになってくださいな……いいえ、わたくし、あなたさまには是非とも召し上がっていただきたいの。だって、レゼットさまはこれからずっと、わたくしのロバートの身を守り続けてくださると、誓いを立ててくださったではありませんか。王の盾ともあろう者に礼を尽くさないなど、いずれ王妃になる身としてあるまじき態度でありましょう? ……さぁさ、どうか召し上がってくださいまし」
きっと、その言葉が琴線に触れたのだろう。
レゼットは指で鼻を擦って照れ臭そうに笑った。
「エリーゼちゃん……へっ、そこまで言われちゃあ俺も飲まないわけにはいかねぇな! まずは誕生日を迎えたロバートに乾杯! そして、麗しき乙女エリーゼちゃんにも乾杯だぁっ!!」
もはやグラスではなく、瓶ごと宙に掲げるレゼットに煽られ、他の学園生徒も一段階ボルテージを上げて、快哉を叫んだ!
「「「ロバートさまに乾杯! エリーゼさまに乾杯! レゼットさまに乾杯!」」」
このとき会場は、ボクの誕生会が始まって以降、最高潮の盛り上がりを見せていた。
ただし一段上の舞台からその光景を見ているボクは、彼らのそんなムードからは置き去りにされている。
ガハハと笑って、ロマス・コントラを一気飲みするレゼット。
もはやタダの酔っ払い以外の何者でもなくなった彼の姿を見ながら、ボクの背筋には、今日何度目かになる冷や汗が伝っていた。
「ほ、本当にわかっているのかレゼット……ロマス・コントラの47年ものが一本あれば、騎士爵領相当の土地が買えるんだぞ……それをキミ、そんなガブガブと……もう五本も空けて……即六本目っておま……」
目を覆いたくなる恐ろしき浪費の光景が、そこにあった。
もしこの費用が生徒会の運営費から出ていたならば、ロマス・コントラが一本空いた時点で迷わず会計が自死を選んだであろう。それほどの豪遊である。
げに恐ろしきは、ムーンリバー家の財力。
それに、ボクに対するエリーゼの執着ということか……。
溜息をこぼし、再度ボクが会場の様子を確認すると、たまたまエリーゼと目が合った。
彼女はボクの顔を見て優しく微笑むと、ボクだけにわかるよう、軽く手を振って気づいたことをこちらに知らせてくる。
当然の帰結として、ボクは――彼女を無視した。
ああ、そうだ。
それが手口だってわかってる。
……ボクがエリーゼを愛していないように、エリーゼもまた、ボクのことを愛してなどいない。
彼女がボクに与えた仕打ち、その真なる意味を考えたことがないほどに、ボクはお子様ではない。
エリーゼの想う王子の理想像、それにボクを仕立て上げた先にあるもの。
それは、エイゼンブルグ家の盟主たるボクを傀儡とした、ムーンリバー家による王国の実効支配に他ならない。
既に王の盾たるレゼットは陥落した。宮中で王の身辺警護に当たるキングズガードは、いつ王妃の差し金で王を殺害するキングスレイヤーに変貌するとも限らない。ボクがエリーゼの意に反したら、きっとそのときが、そのときなのだろう。
と言うか、よくよく考えれば酒飲んだだけで記憶吹っ飛ぶような輩がキングズガードとか危険すぎる。
酔っ払って気が大きくなったところで、なにかの手違いから、後ろからズブリとされない保障なんてどこにもないのだ。
しかも本人は……それを覚えていないだろうし。
ああ、できることなら白紙撤回したい。だがもはやそれも叶わない。
とすれば、どうあってもここでエリーゼに婚約破棄を突きつけるしかない!
「……クック……フハッ、フハハハハハハハ……」
そのとき、並ならぬ盛り上がりを見せる会場内の何処かから、低く重い笑い声が響く。
その声の持ち主は誰あろう――ボクであった。
今、ボクの心には素直な賞賛の気持ちがある。
ああ、決して侮っていたわけじゃない、だけど――さすがだ、エリーゼ!
幼い頃からずっとボクの周囲を監視し、ボクを思い通りの王子とするために暗躍してきただけのことはある。その策略、努力、執念は伊達じゃない。
思えばエリーゼ、ボクはキミという名の鳥籠に囚われた小鳥だったのだろう。
キミの思う世界に閉じ込められ、キミの思うように育てられた。
……だがもう、ボクはキミの思い通りになんてならないぞ。
何故ならば、この場、このとき、この状況を作り出した時点で既に、ボクの辞書に敗北の二文字は存在しない。
そう、この誕生会会場はもはや、ボクがキミに婚約破棄を突きつけるためだけの空間じゃない。
ボクを傀儡とした、ムーンリバー家によるエイゼンブルグ王国実効支配を未然に回避するための、極めて重要な政治的局面なのだ。
とすれば、このエイゼンブルグ家嫡子、第一王太子であるボクだって手段を選んでなどいられない。
否――これは陰謀なのだ。どうあっても、なにをしてでも、エリーゼの思い通りにことを運ばせるワケにはいかない。
王国の今後を占うこの瞬間、もし未来の王たるボクが下手に出し惜しみをして、最悪の結果を呼び込んでしまったなら――それは、そのまま王国衰亡の道へと繋がってしまうだろう。
――だからボクは、甘さを捨てる。
――恥も外聞も、捨て去る。
勿論、後悔がないわけじゃない。
ボクは善き王になりたかった。
貴族からは尊敬され、平民からは慕われ、稀代の名君として後世まで謳われる、そんな理想の王となる未来だって充分にありえたはずだ。
……だがもし、この切り札を使ってしまえば、ボクの名は地に落ちる。
身分の高低を問わず人心は離れ、その口からは悪口雑言が吹き出し、千年残る年代記には暴君としてその名が記されてしまうだろう。
それでも、エイゼンブルグ王国それ自体を失うよりはずっとマシだ。
ボクは、父上がボクに残そうとしてくれているこの国を、心から愛していた。
そうとも! だからこそ、ボクにこの切り札を使う躊躇はない。
覚悟なんて最初から決めている。この国は――ボクが守る!
だけど、そうだな。どうせ暴君と呼ばれるのなら、せめて最後は暴君らしくいくとしようか――。




