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6.レゼット・ブルーム その2

 そんな剣を通じて互いをたしかめ合ったレゼットには勿論、エリーゼについても告白してある。

 とある夜。ボクは彼に対して話を持ちかけた。至って真面目な、真剣な話だと何度も前置きをして。


 寝ていたベッドから半身を起こして、レゼットは言った。


「大事な話なのか、ロバート。それならいずれお前の背中を預かる身として、俺はちゃんと聞かなきゃいけねえよな」

「レゼット、それじゃあ……前に頼んだ件、受けてくれるつもりなのか?」

「たりめーだろ。俺を除いて、誰がお前の背中を守れるっつうんだよ」

「……そうか、ありがとう」


 以前からボクは、レゼットに次代の王を守護するキングズガードの任に就くよう、打診をかけていた。


 代々、キングズガードの任には、王国最強の騎士が就くのが習わしだ。レゼットなら十分にその資格がある。だがレゼットはブルーム侯爵家の長男でもあった。故郷に帰り、家督を継ぐこともまた、彼にある選択肢のひとつだった。


 ブルーム侯爵家は大きい。家の者はきっと、彼が学園で学位を取得し、立派になって帰郷するのを待ちわびていることだろう。

 だがそれでいてなお、彼は次代の王たるボクに仕える道を選んでくれた。彼の力を手に入れたことよりも一層、その事実がボクにはなにより嬉しかった。


「もう一度言うよ。ありがとうレゼット、ボクの申し出を受けてくれて。そんなキミにだからこそ、ボクは心おきなくエリーゼの秘密を打ち明けることができる……」


 レゼットのボクに寄せる信頼を再確認し、ボクは彼にエリーゼの本性とボクが受け続けてきた仕打ちについて、包み隠さず話すことにした。



 そして小一時間後――レゼットは、男泣きに泣いていた。



「あっ、あんまりだろそりゃあ! ロバート、お前の人生はお前のためのモンだっつうのに、エリーゼちゃんはそこまでのことをお前にしてたってのかよ。あんな涼しい顔して、女神サマみてえに優しい笑顔浮かべて、やることがそれかよ……」


 身体に受ける痛みならばどんなものでも耐え、逆に笑みすら浮かべる最優の戦士レゼットが今、ボクのために涙を流している。

 幾度となく袖で涙を拭い、ボクの話にうんうんと相槌を打つ彼の姿に打たれ、ボクもまた半泣きでレゼットに応えた。


「ううぅ……そ、そうなんだよ。ボクはずっと、エリーゼの意のままに生きてきた。まるで操り人形、いや、躾を受ける犬のような人生だった……」


 とそこで、とうとうボクも感極まった。

 つぅっとボクの両頬を伝い落ちる涙を見て、レゼットはさらに感動し、ボクの肩を叩いてすっくとその場に立ち上がる。


「わかった! みなまで言うな! 今から俺がエリーゼちゃんとこ行って、ちょっとたたっ斬ってくる! これで全部仕舞いにしてやる!」

「そっ、それはちょっと戦争になっちゃうんでやめてくんないかな……けど、キミの気持ちはとても嬉しいよレゼット。あの、それで頼みなんだけど、実は今度予定されているボクの誕生会で……」


 ……ああそうだ、このとき、ボクはレゼットに約束を取り付けたはずだ。

 誕生会でエリーゼの本性を告発し、必ずや婚約破棄を実現させると。


 男の約束に反故の文字はない。だとするなら、今ボクが目にしているこの光景はなんなのだ!


 壇上から見下ろすスポットライトに照らされたレゼットの姿に、取り立てるほどの違和感はない。いつもと違うところなど、せいぜいが武装ではなく正装をしているただその一点くらいだろう。


 なのにレゼットは、ボクの魂からの呼び声に対し、あっけらかんとこう言い放ったのだ。


「……すまんロバート。エリーゼちゃんの真の姿って、そりゃあいったいなんのことだ?」



 ――おおレゼットよ、お前もか!!



 ボクはこの瞬間、いともたやすく行われたえげつない友の裏切りに、危うくそう叫んでこの場で自害してくれようとマジで思った。

 だがレゼットから目線を切り、腰に佩いたロングソードを三分の一ほど抜き出したところで、はたとボクはその動きを止めた。



 ――ちょっと待て、今ボクはなにを見た?



 レゼットの立つ場所からボクのロングソードの鞘までの距離――その間に、どうも今しがた生じた違和感の正体が隠れているような気がしてならない。


 恐る恐る視線を戻すと、レゼットのいる円テーブルへとひとり、そこに歩み寄る令嬢と思しき女性の姿がある。


「あれは、エリーゼ? でもなんで……」


 言葉を尻すぼみにして彼女の動向を追ううち、ボクはすべての真相へと行きついていた。


 そうだ! 比喩ではなく、すべての真実は今、エリーゼの手の中にあった!


 そんな真実の欠片を握り締めて歩み寄るエリーゼの姿を発見し、レゼットが困惑した声を出す。


「おう、エリーゼちゃんじゃねぇか。なぁ、さっきからロバートが君の真の姿がどうのって訊いてくんだが、ありゃどういう意味だ? エリーゼちゃん自身なら、なんか心当たりがあるんじゃねえか?」


 ……悪気なく質問するレゼットに、嘘を吐いている様子は見えない。

 対するエリーゼは、いかにも令嬢らしくお上品にクスクスと笑い――。


「まあ、いやですわレゼットさま。ロバートの言葉遊びを真に受けるだなんて。そんなの、この誕生会を盛り上げるための座興に決まっていますわ」

「座興だって? うーん、さっきのロバートの剣幕からして、単なる座興とは考え難いんだが……」

「そんなことより、このようなタイミングで申し訳ありませんが、今宵もアレをお持ちいたしました」


 そう告げて、両腕に大事に抱えたそれを持ち上げて見せるエリーゼ。

 光を跳ね返すラベルに書かれた文字が、ボクの頭に衝撃を与える。


「……ルーンリバー・ド・ラ・ロマス・コントラの、47年ものだと……!?」


 ロマス・コントラ――それは、ルーンリバー家擁する土の精霊の加護を得た超特級ぶどう畑のぶどうのみを使った最高級赤ワイン。年にわずか270本しか生産されないという、幻の名酒である。


 さらに47年もののロマス・コントラと言えば、これはもう幻の中の幻。気まぐれな月の精霊が土の精霊にたまたま手を貸し、年間生産本数を2分の1にするのと引き換えに歴代最高の味を引き出したという、曰くのある一品。


 ロマス・コントラ史上最高の当たり年かつ、世に現存するもっとも美味い酒のひとつとして、その筋の玄人でなくとも有名であった。


 そんな宝石にも等しい――否、宝石以上の値打ちの酒をエリーゼが持参した時点で、ボクは今までレゼットの身になにが起きていたのかを瞬時に理解した。



「……まさか、レゼット……キミはずっと晩酌をして……!?」



 ああ、なんてことだ!

 だがもし、そうだとするなら、辻褄は――合う!!


 元々、この学園において、酒類の学生寮への持ち込みは校則で禁止されていた。

 だというのに隠れて毎夜晩酌していたのが、他ならぬレゼットだ。


「あぁん? この俺に酒をやめろってのか? 酒なくしてなにが人生か、お行儀のよろしい王子サマにはわかるってのかよ?」


 思えば、ボクとの仲がこじれたのも酒が原因だった。

 ボクが次期王、かつ生徒会長というお固い立場からレゼットの晩酌癖を糾弾すると、レゼットは逆に意固地になってこれを続けようとしたのである。



 ――こうして、ボクは知ることになった。



 ――レゼットの酒癖の悪さというものを。



 酒はレゼットの感情を増幅する。つまり常日頃から彼が好きなものはより好きに、嫌いなものはより嫌いになるという理屈だ。


 ボクへの好感度が最悪だった頃のレゼットは、そりゃあもうひどかった。

 ボクの姿を目に入れるだけで暴れる、壊す、殴りかかってくる、斬り殺そうとする――どこぞの蛮族のがまだマシという横暴な振る舞いを繰り返していた。


 そしてなおタチが悪いことに、酔いが覚めると、レゼットは自分がしでかしたことをまるで覚えていないという有様であった。


 さて……ここまで言えばもうおわかりのことだろう。


 そう、ボクはレゼットと決闘を通じて男の友情を育んだ際、彼に学生寮内での晩酌の禁止を切にお願いした。

 レゼットはこれを快諾し、以後一切学生寮内への酒類の持ち込みをしないと誓約書まで書いたのだが……それは、密かに破られていた。


 きっとエリーゼは秘密裏に、毎夜に近い頻度で彼にロマス・コントラを差し入れていたのだろう。


 ああ、これがもしタダの酒だったなら! いくら酒好きのレゼットといえど、ボクを裏切らなかったろう。侯爵家は金持ちだ。ちょっとやそっとの高級酒くらい自前でいくらでも調達できる。


 だがだがロマス・コントラはムリだ!! 王侯貴族の祝祭でのみ、その主賓にわずかばかり振る舞われるムーンリバー家のみ用意できる最高級ワイン。しかも、その幻とも言われる当たり年のものがたっぷり飲めるとしたなら――ボクですら、その誘惑に抗えるかどうか。


 とまあ、そういうワケで、レゼットには毎夜酒が入っていた。

 そして、その間に話したり聞いたりした大事なことは、彼の頭からキレイさっぱり抜け落ちていたのである……。

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