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5.レゼット・ブルーム

◇◇◇



 ――そうだ、ボクが間違っていた。



 女は裏切る。いとも容易く。表面上では仲良しこよしを装いながら、足元で互いの靴を踏みつけ合う、そんな醜く薄汚れたナマモノ。


 今思えば、ボクの話を聞いて、エリーゼの取り巻き令嬢たちが浮かべた涙すら怪しい。何故なら嘘泣きもまた、女の専売特許だからだ。

 もし仮に涙を流すことで、高貴な人物からよい印象を引き出せるとしたなら? 無論、彼女たちは平気で偽りの涙を流すだろう。


 あの場で起こったこともそうに違いない。ああ、ボクは騙されていた。完全に、あのお花ちゃんたち――否、食虫植物どもに。


 ボクは出番を終えて談笑する食虫植物どもを一瞥し、それから彼方に待つ、屈強な体躯の人物へと視線を飛ばす。


 そうとも、今回ボクが用意した手札は、食虫植物どもばかりではない。

 女という性に友情などありえないとの偉大なる先人の教えを守り、ボクは他にも使うべき手札をしっかりと用意していた。



 ――今度は、裏切りはありえない。



 何故ならば、その性質は男の友情。

 華やかな花と水でなく、赤熱する鋼と血で結びつけられた、本物の絆。




 ――さあ、覚悟しろエリーゼ!




 ――ボクの唯一無二の盟友、レゼット・ブルームがキミを断罪する!!




「……エリーゼちゃん? あぁ、なんだよロバート。そんなのすげーいい娘に決まってるじゃねーか? お前の婚約者でー、美人でー、実家も大金持ち。おまけに性格もよくて、スタイルまで抜群ときてる。お前は幸せモンだよ本当に。籍入れたら励みに励むだろうが、子供は何人産ませるつもりだ? せいぜい継承権で揉めない程度に……おっと! この話は少々下品だったかね?」


 とまあ、そんなことを朗々と語り、ガハハと笑うレゼットである。

 勿論、ボクとしてはなにも言うことはない。


 というか、完全に顎が落ちてなにも言えないでいる……。


 自然と、会場内の空気もザワザワとおかしなことになっていた。

 というのも、この学園は貴族の子女が通う由緒正しい学び舎なのだ。


 勉学に励み、剣に励み、作法に励み、交流に励むことが推奨されるこの場所において、およそ下ネタなんて下品なものが飛び交う余地はどこにもない。

 今のレゼットのような下衆の勘繰りなど、言わずもがな超マナー違反である。


 もしこのような文言を誰かが用いた場合、有無を言わさず即刻外に叩き出すことこそ、正しき紳士の嗜みというものだろう。


 だが今ここでは、それを言わせた人物の存在こそが大問題だった。

 何故って? それはボクだったから……。


「レ、レ、レゼット……ちょっと、ちょっと待ってくれ!」


 完全フリーズ状態から回復し、どうにか制止の声を上げるボク。

 レゼットは、ブンと頭を振って、据わった眼でボクを見た。


「あぁ? 待てってなんだよロバート、お前から訊いたんだろ? エリーゼちゃんはどんな娘なのかーってよ」

「ち、違う、そうじゃない! ボクがキミに訊いたのはエリーゼの真の姿についてだ! ほっほら、前に話したことがあっただろ!」


 なりふり構わず勢い込んで、ボクはレゼットにあの夜の出来事を思い起こさせようとした。



 ――ブルーム侯爵令息レゼットと、このボクことエイゼンブルグ王国王太子ロバートは、学園に入学してからずっとルームメイトの間柄にある。


 我がエイゼンブルグが統一王朝を成したといえ、相手は諸侯の息子。己が立場の相違から、当初から反目しあっていた二人であったが、公私を問わぬ共同生活を送るうち、わだかまりはより根深くなっていった。


 入学当初から文武両道をモットーとするボクに対し、レゼットは明らかに勉学より武に重きを置いていた。

 そのためだろうか、彼から見たボクという人間の評価は、学と剣との半端者且つ欲張りという、多分によくわからんものだったという。

 

 だが言葉を選ばず述べてしまうなら、王たる者の資格なしというのが見立てだった。


「おい、ロバート外に出ろ。俺とお前のどちらが上か、今日こそ証明してやる」


 そんな彼との決闘が持ち上がったのは、果たしていつだったろうか。

 筋骨隆々とした体躯の持ち主であるレゼットが、剣術の授業でボクと同点数だったことを不服に思い、そう切り出したのだ。


「レゼット、ちょうどボクもそう思ってたところだ。そろそろ白黒ハッキリつけたいとね」


 片手に持って読んでいた本をぱたんと閉じ、顔を上げてレゼットを睨めつけるボクはイライラとしていた。


 それもそのはず、このときボクは寝ていなかった。当時、この学園のアングラ黒魔術サークル『血塗れの寡婦』から謂われなき不興を買っていたボクは、三日以内に地に額を擦り付けて謝るよう、先方から強要されていたのである。


 もしこれを断った場合、『血塗れの寡婦』はただちに黒魔術を発動、ボクの頭皮に呪いをかけ、いずれ禿頭王として即位させてやるとの脅しをかけてきた。

 ボクは父上の頭髪の秘密を知っていた。これはシャレでは済まされない。


 だがいずれは王たる一国の王子が、たかが貴族令嬢如きに謝罪するわけにもいかぬ。


 そこでボクは彼女たちの怒りを鎮めるため、というか有耶無耶にするため、女性なら誰しもその一口でアホになり記憶がブッ飛ぶほどの幸福感を味わうという究極のスイーツを振る舞うことにした。


 学園を出立し、従者を伴ってエイゼンブルグ名うての菓子職人に弟子入りしたのが、ちょうど一週間前。

 それから一睡もせずに目と手をもってその技法を修得し、今朝方やっと学園に帰り着き、王子謹製超特大絶品いちごケーキ『あま王子』を完成させたところだったのである。


 無論、すべてはボクに菓子作成技術を習得させたいがために、エリーゼが仕組んだことに他ならない。

 王妃となった暁に、ボクと一緒にスイーツ作りを楽しみたいというただそれだけの理由で、ボクは生きながらにしてまたしても地獄を見たのだ。


 そんなワケで、このときのボクにはストレスが溜まっていた。

 仮に人目さえなければ、この学園が誇る男女の愛の一大告白会場、伝説の樹ユグドラシールの幹をロングソードでバッキバキにぶった斬っていただろう。


 レゼットの吹っかけてきた決闘は、そんな鬼神が如き精神状態のボクにとって、渡りに船にも等しい申し出だったのだ。


「木剣だ、勝敗はどちらかが降参するまで。それでいいな?」

「ああ、勿論だ」


 投げられた木剣を片手で受け取りながら、ボクは勝敗を思う。

 レゼットの剣とボクの剣の相性は最悪だ。


 レゼットはその恵まれた体格を活かした一撃必倒の剛の剣。

 対するボクは、相手の動きに臨機応変に対応し、その隙を突いて心身ともども徐々に削る柔の剣。


 そんなボクの剣には、たしかなんちゃら流とかいうご大層な名前が付いていたはずなのだが、もはやよく覚えていない。

 言わずもがな、賊の頭領との戦いに際し、ルーンリバーの副騎士団長にムリヤリ習得させられたものであった。


 ボクは、ボクを鍛える際に副騎士団長が取っていたナメ腐った態度から、個人的にこれを粘着剣と呼んでいた。

 相手がデカいのを一撃入れる間に、十発ちっこいのを入れるのがこの剣技の特徴である。


 そんな粘着剣の遣い手であるボクにとって、大振りで剣をブン回すことしかできぬレゼットなどタダのデカい的にすぎない。


 勝敗は戦いの前に既に着いていた、そう思っていたのだが――。


「……はぁっ、はぁっ」

「どうしたロバート、さっきから息が上がってっぞ、お前――!」


 打ち合いを初めてから既に半刻以上が経過して、レゼットはそれでも立っていた。

 身体中に青痣を作りながらも、両手両足を地にしっかり着けて、敵に向かうその気迫はなお留まることを知らない。


 結論から言えば、レゼットはボクの素早い動きについてこれなかった。

 大振りの一刀は始動が遅く、フォロースルーも大きい。つまり隙が大きく、ボクはそこに付け込んでレゼットを打ちのめした。


 一撃一撃は軽いものの、そこは木剣での攻撃だ。いくら学園一の偉丈夫といえども、食らい続ければ無事は済まない。否、済まないはずだった。


「もうそれで終わりかぁ? 俺はまだまだやれっぞぉっ!!」


 ――だがレゼットは立っている。

 信じがたいことに、これが現実だった。


 レゼットからは、依然として降参する気配は見えない。いや、恐らくアイツの頭の中にはそもそも降参という文字が入っていないのだろう。

 自ら敗北を認めるくらいなら、いっそとことん打ちのめされ、気絶することを選ぶ、そんな武人の中の武人の気性を、このときボクは見た。


 ボク絶対有利の構図は塗り替えられた。決着のかたちはボクがレゼットを打ちのめすのではなく、どちらかの気骨が折れるまで立ち続けるという、肉体と精神のスタミナを試すものへと変じていた。


「――いくぞレゼットっ!!」

「――きやがれロバートっ!!」


 決闘は、半日にも及んだ。


 ボクはレゼットの剣を素早い身のこなしで躱し、粘着剣で地道なダメージを与える。だが、倒れない。

 体重のかかる軸足を一点集中して攻撃しているのに、どれだけ剣を打ち付けてもレゼットはその場に立ち続ける。ダメージは蓄積しているはずなのに!


 逆にボクのスタミナは確実にその量を減らし、徐々に尽きかけているのが体感でわかる。

 だがもし、少しでも動きを鈍らせたら、そのときは一巻の終わりだ。レゼットの一撃を食らったボクは、相当の距離を吹き飛ばされ、二度と立ち上がれなくなる。


 そんな薄氷上の打ち合いを、果たして何千合繰り返したのだろう。

 気づけばボクたち二人は、互いに木剣を捨てていた。


 どちらが先にそうしたのかはわからない。だがこのとき、互いに剣をとったとき抱いていた相手への印象は、遥か彼方に消し飛んでいたと言っていい。

 ボクとレゼットは姿勢を正し、互いに歩み寄る。そして――ガバリと腕を回して抱き合った。


「……この俺に一撃も食らわせねえとか、やるじゃねぇかよお前……」

「……キミこそ、ボクの攻撃をあれだけ受けてよくぞ立っていられる……」


 このときボクたち二人の間には、通じ合うものが生まれていた。

 それは男と男の間にしか存在しえない感情。相手の強さをその身でたしかめ、互いに賞賛し合う、力で紡がれし男の友情。


 ――この決闘の一日を境に、ボクとレゼットは盟友の間柄となった。


 ついでに、どういう理由かボクとレゼットが一緒にいるだけで、令嬢たちがキャアキャアと騒ぎ始めるようにもなったのであった。


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