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4.残念王子の反撃

◇◇◇



 ――数時間後、宴もたけなわになったパーティ会場。


 ボクは、くだけた様子の学園生徒たちに向かい、立ち上がって壇上から高らかに声を張った。


「会場にお集まりの皆さん! ボクの誕生会はいかがだったろうか! 今宵、ボクはまたひとつ歳を重ね、紳士に一歩近づいた存在となった! この目出度き日、目出度きときに、皆さんに発表しなければならないことがある! それは、このエイゼンブルグという国にとって喜ばしい報告ではないかもしれない! だがしかし、それでも、その報は喜ばしいものであると断言しよう! ここで皆さんにひとつ訊ねる! どうかボクの告白に耳を傾けてはくれまいか!」


 そう断言すると、ウオオオオオオオオオオオオオッ!!と、会場からはやたらナイスなレスポンスが返ってきた。

 まさしく期待通りの反応である。生徒会の予算を度外視し、わざわざ度数の高い酒を用意させた甲斐もあろうというもの。


 さあ、ならばあとはこの完全にできあがっている集団に向かって、告白という名のバリスタを発射してくれようか!

 すべての真実を明るみにし、あとは長年の宿願を果たすのみ!


 ボクは、身体に生じる震えと緊張感を諫めるべく、大きく息を吸った。

 そして、万感の思いを込めて――その一言を放つ!!




「ボクこと、エイゼンブルグ王国第一王太子ロバート・エイゼンブルグは、ムーンリバー公爵令嬢、エリーゼ・ムーンリバーとの婚約を、破棄する!!」




 瞬間、場に、ウエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?という反応が生じる。


 ……だがまあ、これは予測済み。


 なんと言っても、これまで学園内で理想のカップルと言えば、ボクとエリーゼの二人を置いて他にいなかった。

 それがまさか、こんな大衆の面前で婚約破棄を突きつけるだなんて、そんな超特大ゴシップ、新聞同好会の噂好き連中でも予測不能だったろう。


 ともあれ……さて、これで矢は放たれたな。

 ならば今度は、その矢の意味を、ここにいる全員に知ってもらうだけ。


 なおも怒号の止まない会場へと、ボクはさらに声を上げた。


「静粛に! これが皆さんにとって、大変にショックな報告であることは、ボクも知っている! だが少し待っていただきたい! ボクにはエリーゼと、彼女と結ばれないだけの理由がある! それは、彼女たちが、知っている!」


 手を伸べてボクが言い切った途端、バツッと照明が落ちた。

 そして、またバツッという音とともに光が戻る。


 一瞬の暗闇ののち照らし出されたのは、壇上のボクと、ボクから見て最前列に当たる円テーブルのうちのひとつだけだ。そこには、エリーゼの取り巻き令嬢たちがいる。


 ……そうだ、事前にすべての仕込みは完了している。


 エリーゼが今までこなしてきた企み、そのすべての裏取りを終えるのは至難の業だった。このボクをして、つい最近までかかってしまうほどに。


 エリーゼの取り巻き令嬢たちはしかし、エリーゼの密かな企みにはまったく関わっていなかった。


 彼女たちは純粋にエリーゼの魅力に惹かれて周囲に集い、その優しさを慕い、彼女のような立派な令嬢になりたいとの願いを持って、その傍にいることを選択した脳味噌ポワポワお花ちゃんたちなのだ。


 そんなお花ちゃんたる彼女たちに対し、ボクは事前にエリーゼの本性を明かしてある。


 まさに理想のご令嬢かと思われたエリーゼの邪悪なる本性、そして彼女に受けた惨い仕打ちを涙ながらに語る(これが涙なくして語れるかバカ! 情けないとか言うな!)ボクの姿を見て、多感な年頃の彼女たちもまた、その瞳から大粒の涙をこぼした。


「うっうっ、まさかそんなこと……」

「エリーゼさま……信じていたのに……」

「……なんてお可哀想なロバートさま……」


 とまあ、そんな感じのナイスリアクションだったので、ついついその場でボクも泣きながらニヤニヤしてしまったのだが、これはまあ置いておこう。



 ――ともかく、偽の理想像は壊れた。



 ――それはもう、ガランガランと壊れた。



 彼女たちの中にある公爵令嬢エリーゼ・ルーンリバーの虚像は今、聖女から悪役令嬢へと大きく貶められている。


 そんな取り巻き令嬢たちに学園生徒が注目する中、ボクは口を開く。


「よく聞いていただきたい。彼女たちはこの学園で、エリーゼと懇意にあった者たちだ。エリーゼがいったいどのような令嬢であったのか、その真実は彼女たちが知っている。皆さんはきっと、ボクの口から語られる言葉だけでは、それを信じるに至らないだろう。そこで彼女たちの言葉を標とし、この婚約破棄が決して不当なものではないことを、どうか信じていただきたく思う」


 そう、婚約破棄を突きつけた当事者であるボクではなく、常日頃からエリーゼの傍にいる取り巻き令嬢から真実が語られれば、信憑性は大きく増す。


 つまり彼女たちの言により、これが一方的に強行された婚約破棄でないのもさることながら、道理の通った適切な処置であることをも、学園生徒は理解することになるのである。



 よって、これで――婚約破棄は、成る!!



 さあ! どうだ! ボクはチェックをかけたぞ!

 あとは、思いつめた表情の取り巻き令嬢たちに真実を述べてもらうのみ!


 固唾を飲む学園生徒と、同じく難しい顔をしたボク。

 それら多くの視線に晒されて、取り巻き令嬢のうちのひとりが、ゆっくりと重たい口を開いた。


「……まずはこのような大それた場で、お話することに慣れておらぬことをお断りさせてくださいませ。今しがたロバートさまからご紹介に預かりました通り、私どもはこの学園でエリーゼさまとご懇意にさせていただいておりました。そんな私どもの口から、エリーゼさまの真実のお姿について、皆さまに告白致したく思います」



 ――伏し目がちの殊勝な表情。



 ――やや俯き加減の姿勢。



 ――どことなく暗い声音。



 フフ、今彼女の纏うすべての要素が、とてもいい感じに揃っていた。

 もし彼女の仕草がもう少し明るかったり、逆に暗すぎたりなどしたら、学園生徒はきっと、彼女たちに対するボクの関与を疑うだろう。


 ……つまり、ボクが彼女たちにムリヤリ言わせているのだと。


 だが現実はそうじゃない。ボクは彼女たちにすべての出来事を話した。その上で、納得してもらっている。


 エリーゼの本性は、エリーゼを慕う彼女たちにとってショックだったろう。

 でも、だからこそ、今日この場で嘘を吐くようなマネは絶対に起こさないはず。



 ああ、これで――エリーゼは、終わる。



 そしてボクは――自由に。



 感慨無量とばかりに天を仰ぎ、ゆるりと眼を瞑ったボクに、その一声はまるで天使の声のように降り注いだ。



「……エリーゼさまは、とても素晴らしいお人です」



 フフ、その通りだとも。



 エリーゼはとても素晴らし――ファッ!?



 あ、あっれぇー? ひょっとして聞き間違いかなぁ?

 ボク今なんかエリーゼのことメッチャ褒めてたように聞こえちゃったんだけど?


 シーン、と静まり返った会場内。思わずボクが前のめりになると、取り巻き令嬢Aはその意図を読んだか、もう一度しっかりと同じ文言を繰り返した。


「エリーゼさまは、とっても素晴らしいお人です。麗しく、淑やかで、私どもすべての貴族令嬢が目指す模範となるべき御方。私心なく、高潔で、お慈悲もお深い。非を打つべき箇所など、どこにもございませんわ」


 彼女がそう言い終えた途端、またしてもシーンと静まり返る会場内。

 ……変化は、会場の端から徐々に起こった。


 パチパチと、まるで焚火が爆ぜるような音がしたかと思えば、それは瞬く間に会場全体へと伝播し、この空間を覆い尽くさんばかりの大音に変ずる。

 気づけば、学園生徒全員が彼女と、彼女が紹介したエリーゼに向けて拍手を送っていた。



 ――対して、ボクは一歩分後ろへとよろめく。


 

 ああ、起こってしまったことはわかっている。

 ボクは裏切られたのだ。誰に? 彼女に――彼女たちに!


 震える口元を手で抑え、ボクは努めて冷静に思い返す。そうだ、ボクたちは事前に打ち合わせをした。幾度も綿密なお茶会ブリーフィングを重ねた。ボクは彼女たちに自分の言うべきセリフまで覚え込ませた。一言一句間違えず言えるよう、毎日朝夕に練習までさせたのに!



 それが、こんな土壇場で……。



 ハッと頭を上げる。

 よもやという予感があった。


 その答え合わせをするため、ボクは彼女たちの姿をカッと大きく開いた目に入れる。



 ……案の定だった。



 彼女たちの纏うドレスの質が、身に着けた宝飾品の輝きが、そしてお化粧のノリが、前にパーティで見かけたものより三段階ほどグレードアップしていたのだ!



「……まさか……買収、されていた……?」



 どっと吹き出す冷や汗が、背筋を伝う。



 だがしかし! そうとしか考えられない!



 ああ、そうだ。エリーゼはきっと、ボクが彼女の取り巻き令嬢に近づいたことに、最初から気づいていた。

 賢しい彼女のことだ。ボクの動きにそれとなく歯止めをかけることなど、やろうと思えばいつだってできたろう。


 だが彼女はそうしなかった。敢えてボクを泳がせ、わざと彼女たちに真実の姿を知らしめさせてから、金の力で買収したのだ。

 いったんは揺らいだ信頼も、目の前にチラついた大金の前では瞬間的に接着、否、ぐっちょりと癒着してしまうということか……。


 ボクが自身の敗北を痛感したそのとき、会場の最前列から聞き慣れた声がもたらされた。


「うふふ。ロバート、どうもありがとう。今日はあなたの誕生会だというのに、わたくしを喜ばせるためにこのような寸劇をご準備くださったのですね。ですけれど、少々刺激が強すぎるのではなくて? 婚約破棄だなんて、わたくしとあなたとの間に、そんな不幸が起きるわけありませんもの」


 扇子で口元を隠し、クスクスと笑う、ボクにとってのみ耳障りな声。

 その声の持ち主こそ、他ならぬエリーゼ・ムーンリバーその人だ。


 その美しい声に釣られ、ボクの身体が内側から火照りだす。

 じくじくと皮膚まで熱を持ち、そして段々と全身が痒くなってゆく。


 今、眼の前にある巨悪の存在に、身体が拒絶反応を示し始めているのだ。



 ――だが、ここで諦めるわけにはいかない!



 鋼鉄のように固い意思の下、ボクはその場に踏みとどまり、新たなカードを切ることにした。


「……エリーゼ、申し訳ないが、これは寸劇などではないよ」

「まあ、お上手だこと。そんなことをおっしゃって、つい先程わたくしのお友だちに評判をお尋ねになって、わたくしを喜ばせてくださったばかりではありませんか」

「あれは……そう、間違いだ。起こっちゃいけない間違いが、ここで起こってしまった。だが、次はこうはいかないぞ、エリーゼ!」


 キッと睨みつけるボクと、ニコニコっと可憐に笑むエリーゼとの間に、バチバチっと不可視の火花が散る!


 今ここに、ボクvsエリーゼの第2ラウンドの幕が、切って落とされた!

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