12.おまけ 年代記は語る
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――第二代エイゼンブルグ王、ロバート最善王(赤肌王)。
およそ千年前の人物であるにもかかわらず、彼のために年代記が費やした紙面は膨大である。その頁数は、エイゼンブルグ初の統一王朝を成した父王デイヴィッドに割かれた分量を軽く二倍は凌駕するというのだから、尋常ではない。それほどに彼のあげた功績は大きく、後世に遺る名声もまた大きい。
ロバートが歴史の表舞台に登場するのは、彼が王位に就く以前、王国南方に蔓延る異教徒討伐、並びに異教徒と手を結んだブラックヒューム伯爵の起こした謀反がその嚆矢とされている。
年代記にはこう記される。当時のロバート王はうら若き学生の身分であり、従軍義務がなかったにも関わらず、敗走し命からがら王都まで戻った前エイゼンブルグ王デイヴィッドの力となるため、自ら剣を取ったのだと。
やがて、ブラックヒューム領バロックバーンの戦いが起こると、王太子ロバートは勇猛果敢に戦った。
父親から託された、家宝の黄金甲冑に負けず劣らず煌びやかな白銀甲冑に身を包み、そのあまりの豪奢さゆえに敵兵から集中的に狙われ、騎馬突撃を受け、長弓の掃射を浴び、単騎に対し包囲殲滅をしかけられ、どさくさにバロックバーン東にあった森をねぐらにしていた盗賊に馬ごと拉致されかけたにも関わらず、忠臣レゼットの獅子奮迅の活躍もあって、ロバートはその手でブラックヒューム伯爵を捕えるという大戦果を挙げたのである。
やがて王都に凱旋したロバートに吉報が届けられた。
いくさに先んじて婚姻していたエリーゼ・エイゼンブルグが、待望の第一王子であるウォルターを出産したのである。
年代記は、ロバートに引き続きこのエリーゼ・エイゼンブルグに対しても、多くの紙幅を割いている。
今でこそ我が国最高の国母、理想の愛妻の象徴として著名なエリーゼであるが、現在主流の学説では、彼女は初めロバートとの婚約を芳しく思っていなかった可能性が高い。
がしかし、子はかすがいということか、それとも王位に就いて真の愛情に目覚めたか――ロバートはエリーゼとの間に、のちに十八人もの子供をもうけている。長子であるウォルターを除けば、そのすべてが娘であった。
一説には、王位継承の揉めごとを嫌ったエリーゼが、懇意の教会から密かに仕入れた知識で産み分けなる超人的技法を行ったとされるが、これは伝説の域を出ないだろう。エリーゼはのちに、教会を手厚く庇護した敬虔な女神信徒として列聖されている。
ロバート王とエリーゼ王妃は仲睦まじく、彼らは常に行動をともにしていた。
『掻き役』と呼ばれるユニークな役目を負った人物の姿が散見されるのは、ロバートが王位に就いてからのことである。この『掻き役』は、常に王ロバートと王妃エリーゼの背後に立ち、王が手を上げるとその背に回って、客人からは見えぬよう、孫の手のようなもので痒い部位を掻いたとされる。
『赤肌王』の異名通り、ロバートはなんらかの皮膚疾患を持っていた可能性が高い。だが一方で、ひとりでいるときは透けるような白い肌の持ち主であったとの記載もあり、彼が患っていた病名には諸説ある。
政治面でのロバートの功績は、内政にあると言っていい。
彼は武人である父デイヴィッドが掲げた他国侵攻路線を辞め、主として自国内の弱き者を救済して国力を増大させた。
王国の領土こそ拡大しなかったが、この当時としては画期的な発想により、国中の民から大きな支持を得るに至ったという。
諸侯との仲も悪くはなく、本来ならば一族郎党皆殺しに値する罪を犯したブラックヒューム伯爵すら許したというのだから、その寛容さは驚嘆に値するだろう。
そしてブラックヒューム伯爵もまた、ロバートの寛容さに応えた。
治める領地が王都から遠いにも関わらず、ブラックヒューム伯爵はロバートの元へと足しげく通い、何度となくお茶会を開いた。
彼らの姿は傍から見ても仲の良い友人同士のそれであり、かつて覇を競って死闘を繰り広げた者たちの関係性には、誰の目にも見えなかったらしい。
――彼らは自分たちのお茶会のことをラーティン語で『ヒガイシャノカイ』と呼称していたそうだが、彼らが誰から、またどんな被害を負ったのか、その内容は未だ謎のヴェールに包まれている。
ロバートの十七人の娘は、近隣諸国へと嫁いだ。彼女たちはエリーゼに似てみな美しく、聡明で、夫をよく立てたという。
無論のこと社交界での評判もすこぶる良好であり、彼女たちの元にはパーティに出席する度、求婚の誘いが殺到した。
彼女たちは親の――とりわけ王妃エリーゼの言いつけをよく聞く子どもだった。
その星の数ほども存在する花婿候補はエリーゼの手によって吟味選別され、彼女たちは家格、外見、性格、将来性、そのどれもが及第点以上と思わしき者の元へと嫁いでいくこととなった。
果たして、エリーゼには先見の明もあった。彼女が指名した花婿候補はみな立身出世を果たし、また元々が王族であれば強力な王朝を築き、稀代の美姫である彼女たちに相応しいだけの存在へと自らを高めていったのである。
そんな彼らにしてみれば、美貌の妻の実兄である次期エイゼンブルグ王ウォルターには頭が上がらない。本来ならば利害が対立する隣国の立場あっても、あれほどにできた妻の兄である。
その能力の高さは折り紙付きであり、また父ロバートから受け継いだとされるウォルター自身の憎めない善良さが味方したこともあって、彼の在位中、たとえ過去にどれだけ敵対的な関係であろうとも、義兄弟である彼らは友好的な結束を維持するに至ったのである。
――これを他国では『ロバートの平和』。
――そして、我が国では『エリーゼの平和』と呼ぶ。




