第一章 迫り来るもの 4
洞窟を出て森の中を進む。早朝に発ったから中でちょっとゆっくりしてきてもまだ明るい時間帯に外に出れたんだと思う。日が傾くにはもう少し時間がありそうな時間、僕はカスタードと並んでアルトラとミューの後ろを付いて歩く。勇人達は少し遅れて付いて来ている。
「ねぇ、あの二人どうしちゃったの?」
カスタードが僕に耳打ちする。ふわっといい匂いがして一瞬我を忘れそうになるけれど、雑念を振り払ってちらりと後ろの二人を見る。
「どうって、手を繋いでるね。」
「そうじゃなくって……」
そんな事を聞きたいわけじゃないのは僕も分かっているよ。僕はバーゼッタ城からずっと二人の事を見てきているけれど、少しずつ距離を縮めていたのはきっと僕以外の誰でも同じように実感できるはず。ロワールでカスタードが焚き付けた面も多分にあるとは思うけど、ここ最近はそれがより顕著だよ。悪いことではないんだけど……
「歪なんだよね。」
「歪?」
「言ってしまえば、まともじゃないよ。特に姫様の方は。」
森の中で見せたあの姿を思い出す。あの時だけじゃない。何よりも恐ろしいと思ったのはロワールで見せたあの執着心、そして、パーキュリスと同じ方法で魔法を返したこともだよ。彼女は一体何者なのか、そんな疑問が渦巻いて仕方がないんだ。
「ゼオくん、怖い時はアタシが傍に居てあげるからね!」
「あーはいはい、ありがとうね。」
適当に彼女をあしらっているように見えるかもしれないけれど、照れ隠しだよ。彼女はそれに気付いてるみたいでにこにこ笑ってる。彼女が来てくれてよかった。でないと僕は怖くて何も出来なくなっていたかもしれない。
当然、姫様は怖い。でもそれと同じぐらいユウトも怖い。何であそこまでになってしまった姫様の傍に居ようとするんだい?その原因が自分にあると何で言い切れるんだい?使徒様に何を聞いたか知らないけれど、より一層そんな感じが強くなってると思う。結局、君が何も話してくれないから僕等も何も分からない。
「お互いに距離は近付いてるのに溝は深まっていってる感じかな。」
「んぅ、分かりにくそうで何となく納得してしまうような答え……」
こんな曖昧な答えしか出せないんだよ。だって僕等は何も知らない。いや、僕等はまだいいよ、話したい時が来るまで待ってても苦しむことなんてない。もやもやはするけどその程度。でも、姫様は今どんな気持ちでユウトの傍に居るんだろうね。
ロワールを発ってからずっと、彼女はユウトを放そうとしない。まるで他の誰にもユウトは渡さないと圧力を掛けてくるみたいだ。うっかり話し掛ければ牙をむいて襲い掛かってくるかもしれない、そう感じさせるぐらいには張り詰めた空気を醸し出しているんだよ。もちろんユウトもそれに気付いているから傍を離れないんだと思うんだけど……
「珍しいね、ゼオくんが考え事なんて。」
「そういうこと言うと、まるで僕が普段何も考えてないように聞こえるからやめたまえよ。」
「だって、黙り込んで難しい顔してるのなんて珍しいじゃん?でも、そういうのもいいなぁと……えへへ……」
かわいい。心の中でだけどはっきり言っておくよ、カスタードはかわいい。ユウトならここで「こんなに可愛い子がなんで俺なんかに……」とか顔に出しながら悩み始めると思うけど、僕は彼女の事はよく知っているつもりだから好意は素直に受け止めるよ。……うん、姫様にうつつを抜かしていた頃の事は自戒しないとね……
「それはさておき、心配だね。キリくんは悩んでないでさっさと話しちゃえばいいのに……」
「そうもいかないんだろうね。彼、いろんなことを一人で背負ってしまおうとするから……」
「ふん、さっさと話してしまえばいいものを。」
ああ、君も気になって仕方ないんだね……
伽の守人、つい先日まで得体の知れない存在だったけど、こうして一緒に行動していると何となく分かってきたことがある。彼女はめんどくさがり屋、そしてそれでいてお人好しというか周囲の事をよく見て考えて行動している……と思う。あと、意外だけど子供に対して優しいね。常に眉を潜めているから機嫌悪そうに見えるけど、話し掛けてみるとそんなことはなくて色々と応えてくれる。まぁ、めんどくさいと思ったらそこで止めちゃう欠点はあるけど……
「渦巻いてるエーテルが不穏だ。さっさと解決しないと良くない事が起こるぞ。」
「ねぇ、それって無理矢理エーテルで解決したりとかは?」
「しない。それをしてしまったら奴等と一緒だ、冗談じゃない。」
リクシーケルン……僕はその辺りの記憶が書き換えられているらしくていまいち実感がわかないけれど、皆の反応から良くないものだとは分かる。無理矢理にでも何かを解決するのはどう考えても良くないことだと思うからね。ましてやその記憶が残らないんじゃ何の意味もないよ。
「まぁ、見守るしかないんだよね。」
お互いの事を考え合ってるのはよく伝わってくる。現に、二人とも僕等が話してる事なんて全く耳に入ってないぐらい上の空で歩いて来てる。ついでにアルトラの方もどんどんと森の中に分け入ってしまいそうでハラハラしてる。
「ん、あの子はある程度離れても大丈夫だろう、あの強さだ。……しかし、私に懐いてきたのは予想外だ。」
「でも、悪い気はしないんでしょ?」
「ああ、そうだな。」
そう言いながら彼女を迎えに行ってしまった。話してる間に辛うじて髪の毛がチラついて見えるぐらいまで奥の方に行ってしまったみたいだ。
「ねぇ、ゼオくん、どうでもいいこと気付いちゃったんだけど言ってもいい?」
「いいよ、言ってみたまえよ。」
「アタシ達六人の内、半分が記憶喪失……」
「……言われてみればそうだね。」
ユウトについては本人から聞いたし、ミューについては以前から色々と噂が流れてたから当然知ってる。アルトラは洞窟内でさらっと流してしまったけれどそんな事を言っていたよね。
「じゃあ、僕も記憶喪失に」
「ふぅん、そういうこと言うんだ。」
「うっ、ごめんよ……」
僕はほら、ちゃんと思い出したから許して……。それに記憶喪失じゃなくて現実から目を背けてただけだから……
「すみません、ここも興味深いものが多くて、つい奥の方まで行ってしまって。」
「ああ、おかえり。何か面白いものはあったかい?」
まだ少しぎこちないけれど子どもらしい笑顔だ。ユウトから少し聞いたけど、この子はずっと神殿の中に籠りきりだったらしいね。守護龍様の身の回りの世話と来客の対応ぐらいしか他人と話す機会はなかったのかもしれない。ロワールに来た時にユウトが少し驚いていたのが印象的だったけど、彼が最初に出会った時にはこんな風に笑顔を浮かべることはなかったんだろうなぁ。
「面白いものではないのですが、あちらの方にお墓のような……ひっ!」
小さな悲鳴を上げて、何かに気圧される様に怯んで言葉を途切れさせる。振り向かなくても分かるよ、これは、この威圧感は姫様だ。それには関わるべきじゃない。僕の心の奥底がそんな警鐘を鳴らしている。
「さ、行こうか。賢者様の小屋までもう少しだよ。」
あっちを見せないようにカバーしつつ先に進むことを促す。小さな肩が震えてる……。
姫様に関係があるお墓、そんなものがここにあるっていうのかい?そして、これほど小さい子にまで威圧する姫様の状態。触れられたくないからこそこんな所にお墓を建てたんだろうけれど、そこまでしないといけない事ってなんだろう……
「う~ん、心当たりはあるけど、今はちょっと……」
後ろから睨みつけられている状況ではカスタードも言いづらいんだろうね。まったく、こんな時にユウトは何をしているんだい?
……駄目だ、ちらっと見たけど完全に考え事してる顔だ。いつもの事だけど、考え込んだら全く周りの事が見えなくなるのはどうにかした方がいいと思うんだよね。
「ふん、夢の中で特訓した時もそうだったが、あれはどうにもならない気がするな。まったく、表情でほぼ分かるわけだし、さっさと相談でも何でもすれば……むう……」
言い掛けて恥ずかしそうに俯く。そういえば彼女も一人でずっとやってきたんだっけ。その事に途中で気付いてしまったんだね。でも、そういうことにちゃんと自分で気付ける子っていうのは信用できるよ。
「……あの、私何かいけない事をしてしまったのでしょうか……?」
「何もしてないよ。その辺りは姫様の問題みたいだから気にしないでいいんじゃないかな。さ、行こう。」
もう一度促して先へ進む。ユウト、流石に早く何とかしないと、あまりよくない雰囲気でこの先進むことになるよ。僕としてもそれは避けたいところ。だから、一人で悩んでないでもう少し僕達の事を頼りにしておくれよ。僕達は仲間なんだからさ。