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6:権威

 ◇


 ローデリックサウス学園の理事長室では4名の男たちが険しい表情でソファーに座っている。

 男たちはいずれも社会的上位にいる者たちだ。


 シーダ・コマンダー区外科医院院長に首都圏を管轄する警視総監、魔法省長官など、マスメディアに目を通していれば一度は目にした顔ぶれがそろっている。

 その男たちの後ろには屈強なボディーガードが配備されている。

 いずれも彼らを守るためにおり、いざとなれば護衛対象を守り抜く盾となるのだ。


 そして部屋の外には魔法省から派遣されたエリートの魔法使いと魔術師が人払いの術を使い、周囲に人を寄せ付けないようにしている。

 この理事長室では極めて重大な話し合いが行われているのだ。

 その中でも、この場において権威のある男が怒りで身体が震えている。


 丸い眼鏡をかけて一着50万レトンもする高級スーツを身に着けている学園理事長コイケは怒りを抑えきれなかった。

 身体を震えながら立ち上がる。

 そしてコイケが放った最初の第一声が部屋全体に響き渡るほどの怒号であった。


「取り逃がしたとはどういうことだぁぁぁぁ!!!!!」


 -バギィン!!!


 一セット10万レトンの高級ティーカップが振り下ろされた右手によって粉砕される。

 その音に男たちは身体をびくりと動く。

 ティーカップの破片がコイケの右手に刺さっているが、そんなことはお構いなしにコイケは怒鳴り続ける。


「お前らは田んぼに突っ立っているただの案山子かかしか!!!何の為にお前たちの政治資金を融資したり、息子や娘を優先的にこの国で一番偉い学園に入れさせているのか分かっているのか!学園の長である私の為に尽くすのではなかったのか!!!ああああ?!どうなんだ!警視総監!!!何の為の警察だ!!!」


「も、申し訳ございません!!!」


 警視総監は深々と頭を下げる。

 そのまま頭を下げれば床を突き抜ける勢いだ。

 しかし、申し訳ございませんとだけ謝る警視総監の対応はまずかった。

 その対応にコイケはさらに激怒し、ついに直接的な暴力を警視総監に行った。


「申し訳ございませんで済むかぁぁぁぁ!!!!!」


「ひぎぃっ!!!お、お許しを!!!」


 熱々の紅茶を淹れていたティーポットを警視総監の頭に叩きつける。

 叩きつけられた警視総監の頭から紅茶の湯気がほくほくと立ち昇る。

 あまりの熱さに頭を抑えて床に伏せる警視総監。

 その警視総監の頭を何度も蹴り飛ばす。


 -ドゴォ!ボギィ!ベギィ!


「クソがっ!!!クソッ!クソッ!クソォォォ!!!!事故死に見せかける為に病院に向かわせることを指示したお前の意見を聞いたのが間違いだったわ!!!!!」


 警視総監が口から血を吐き出すまで蹴るのを辞めなかった。

 警視総監の顔が痣と殴られたことによる内出血でパンパンに腫れてきたのを見て、ようやくコイケは蹴るのを止めて椅子に座る。

 蹴られ続けた警視総監はまだうずくまっている。

 男たちはその光景を見て、背筋が凍っていくのを感じた。


「…さて、学園設立して以来の大事件であり…同時に、君たち政府機関の人間も事が発覚すれば只事では済まされない事態であるのは分かっておるな?…カワリ医院長?」


「はっ、既に手術に立ち会った医師…及び看護師に関してはこちらで()()を行いました。表向きにはスギナミ医師との金銭トラブルが原因で殺害し、犯行の発覚を恐れてアパートで無理心中を図り死亡したことになるでしょう。これに関しては警察が最終的な処理をしてくれるはずです」


「大変結構、まずこれでスギナミ医師が殺害された件はいいとしてだ…今逃げているアカミネは本当に脳を損傷していたんだな?」


「はい、関わっていた医師が写真撮影をしておりましたのでその時の写真もご用意できます。少々際どい内容ですが…コイケ様にお見せしてもよろしいでしょうか?」


「構わない、見せたまえ」


 シーダ・コマンダー区だけでなく首都圏でも最も優れた医療技術を持っている外科医院で院長を務めているカワリはコイケにアカミネの負った傷を生々しい写真で見せる。

 全身に殴られた痣があり、脳の一部から出血が起こっていた。

 それも出血もかなり酷いもので、目をそむけたくなるほどのものだ。

 その出血した血を取り出している写真はかなりグロテスクであった。


 しかし医療現場ではこれが日常茶飯事。

 血を抜き取ったが、傷の度合いからみて今後の生涯は車椅子生活になってもおかしくない重度の怪我である。

 にもかかわらずアカミネは病院から逃げ出すことが出来たのだ。


「彼が脳に重大なダメージを受けていたのは明白です。これだけの出血を損傷になると通常であれば昏睡状態から目覚めないか、運よく意識を取り戻しても歩行困難や失語症などの重度の障害が残るほどの大怪我です…」


「それほど重傷でも奴は逃げたのか…信じられない」


「私も同感です。これほどの出血と怪我をしているにもかかわらず、術後から半日でスギナミ医師を殺害して病院から逃げるほどの肉体的回復なんて聞いたことがありません…」


「…となれば、誰かがアカミネの脱出を手伝った…ということかね?」


「その可能性が極めて大きいかと…外科医としても、彼が満足に動ける状態であるとは考えられません。恐らく第三者によって匿われているとみたほうが良いでしょう」


 カワリは国内でも名医として名高い外科医だ。

 その彼がアカミネは本来であれば身体を動かせる状態ではないと話した。

 コイケはカワリの話を元に、第三者によってアカミネが病院から逃げ出した…。

 …という仮説を導きだす。


「なるほど!アカミネに利用価値があると判断した第三者が連れ出したという事か…大いに考えられるな、では医師が受けた致命傷の傷も第三者によるものか?」


「はい、最低でも頭や首をへし折るほどの強烈な力を持った人物がいたことは間違いないでしょう。魔法や魔術の類は検知されませんでした」


 その仮説は半分は正解である。

 逃げ出せるようになったのはシオンがアカミネを助けたからだ。

 シオンがいなければ、アカミネは病院で廃人になっているか急死に見せかけた安楽死を施される運命だった。


 しかし、彼らはまだ知らない。

 そのアカミネが既に身体の傷だけでなく脳の損傷も、手術した際の傷口も完全に無くなっていることに。

 故に、アカミネは走れたり魔法を使えるのだ。


 むしろ重傷を負う前よりも強くなっている。

 心に傷は残っているが、身体的には既に健康体そのものであると…。

 カワリはコイケに医者としての立場からアカミネの確保に役立つ情報を進言する。


「コイケ様、私としては首都圏各地の医療施設や魔法療法所を片っ端から調べ上げるべきだと進言します。特に、脳に深刻なダメージを受けたとなれば薬を大量に処方しないと痛みに耐えきれません。医療施設で脳に損傷が見受けられる患者が昨日から今日にかけて運び込まれたか…もしくは鎮痛薬や回復薬を大量に買い込んでいる人物がいないか捜査をするべきです。」


「…なるほど、確かにそのような人物がいたとなれば、その近くに潜伏している可能性が高まるな…」


「恐らくアカミネやその協力者は首都圏の外には出ていないでしょう。首都圏しか医薬品の類は流通しておりません。首都圏各地をしらみつぶしに捜査すればいずれはボロをだして出てくると思います」


「うむ…!では首都圏各地に大規模な捜査網を張らせよう!…警視総監!長官!」


 警視総監と魔法省長官は直ぐに起立した。

 そしてコイケは二人に指示を出す。


「カワリの話は聞いたな?大至急首都圏全域の医療施設と魔法療法所で該当する人物がいないか調べ上げろ!些細な情報でも合致している人物がいれば直ちに確保しろ!どんな手段を使っても構わん!抵抗するようなら殺せ!」


「しょ、承知しました!」


「直ちに!直ちに確保に向けて行動を開始します!」


「…よし、行けェ!!!さっさと動いて成果を見せろ!!!」


「「ハイ!!!」」


 怒号と共に、警視総監と魔法省長官は部屋を飛び出していく。

 これから彼らの持っている各省庁の治安組織、武装組織を使ってアカミネの捜索を徹底して行われることになるだろう。


 既に警視総監は首都圏各地に点在する警察署だけでなく各地域の反社会的勢力にも協力を仰いでいる。

 国内でも悪名高いギャング組織やヤクザには、幹部の出所を認める代わりに捜索に協力するようにしたり、武装警察の捜査員なども動員するように指示をだしている。


 また、脱出を手伝った第三者が魔法や魔術に精通している人物の可能性も無視できない。

 これに関して魔法省長官は魔法省内部でも対魔法・魔術専門の特務部署に出動要請を掛ける。

 カワリも医療関係者などへの問い合わせを行うために部屋を出て、理事長に残ったのはコイケだけになった。

 コイケは腕を組んで誰にも聞こえない程の声で囁いた。


「…何としてでも奴を見つけ出さねばならない…そして可愛い孫へ心身の苦労をかけさせている罪を償わせてやる…」


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