5:ずっと一緒
「…さて、そろそろお腹空いたし…ご飯食べよっか?」
「うん!ご飯食べよー!」
「おっ、お二人さんうちの店で食べていくのかい?あいつらを懲らしめてくれたお礼だ。奢ってやるよ!」
アカミネとシオンは先程服屋の兄弟からアドバイスをもらったラーメン屋に足を運ぶと、上機嫌で頭に鉢巻きをしている店主がひょいと顔を出してラーメンを奢ると言い出した。
恐る恐るアカミネは尋ねた。
「えっと…本当にいいんですか?」
「おうとも、すげぇもんを見せてもらったお礼さ。金は取らねぇから安心して!ささっ、二席空いているから座って、座って!」
「どうも、じゃあシオン。一緒にラーメンを食べよっか」
「わーい!ラーメン!ラーメン!」
店主のご厚意に応じたアカミネとシオンはラーメンを無料で食べることになった。
飯を無料で食べれる機会はそうそうない。
この辺りではラーメンはご馳走なのだ。
周囲の人々もニコニコと笑顔で二人を見ている。
座ってラーメンができるのを待っていると隣に座っていた人から次々と話しかけられる。
「すごかったぜ、君の魔法!あとそこのお姉さんも!何か習っていたんですか?」
「本当にヤベェよ!マジでいかしているぜ!!!」
「はいはいはい、みんなお二人さんが困っちゃっているだろ!そういったのは後からでもできるから!はい、お待たせしました。我が店の特製ラーメンですよ、熱いので気をつけてくださいね」
店主が二人の前に熱々のラーメンを出す。
代用小麦粉や化学調味を沢山添付した醤油ラーメンだ。
様々な野菜が刻まれて乗せられていて、色とりどりのカラフルな見た目をしている。
しょっぱい香りが漂ってくるが、これでも一番安全な食事でもある。
アカミネは手を合わせる、シオンも見よう見まねで手を合わせる。
「いただきます…!」
「い、いただきます!」
二人はラーメンを食べ始める。
割りばしを上手に使ってラーメンを啜るアカミネ。
それに対して割りばしが上手く使えずにスープだけを啜るシオン。
アカミネは思い出したかのように、慌てて店主にフォークがないか尋ねた。
「すみません、フォークはありますか?」
「はいよ、お子様用になっちまうが…いいかい?」
「ええ、大丈夫です。ごめんねシオン、これを使って麺をゆっくり食べるんだよ。大丈夫そうかい?」
フォークを渡されたシオンは考えこむ。
自分で出来るかどうか判断しているようだ。
1分ほど考えた末に、シオンは結論を出した。
「…うーんとね…ちょっと…アカミネに手伝ってもらってもいいかな?」
「いいよ、それじゃあゆっくり教えるね…」
アカミネは丁寧にシオンにラーメンの食べ方を教える。
箸が上手く使えずにフォークやスプーンすら使ったことがほとんどないシオンにとって食事はほとんど手掴みで食べることが多かった。
なのでこうした道具を使って食べることは殆ど無かった。
アカミネが箸を使ってラーメンを食べていたので、アカミネに気を遣って食べ道具を使ったことがないシオンはスープだけを飲んでいたのだ。
「フォークを右手で持って…そうそう、それで麺に引っ掛けるように使うんだ。それでいいよ!それから麺を口でフーッ、フーッと冷ましてから食べるんだ。やってごらん」
「ふーっ!ふーっ!…ごっくん………こ、これでいいかな?」
「とってもいいよ!食べ方はそれでいいからね」
アカミネはシオンのペースに合わせてゆっくりとラーメンを食べる。
店主やそれを見ている周りの人間も彼らの食べ方にケチを付けたりはしない。
むしろ二人を暖かく見守っている。
ゆっくりとラーメンを食べて、ちぢれ麺を啜り、スープを飲む。
時折コップに入っている冷水を飲みながら、アカミネとシオンはラーメンを味わう。
麺を食べ終えて、器の底が見えるまでスープを飲み干してからアカミネは再び両手を合わせる。
「ごちそうさまでした………」
「………さまでした」
「はいよっ!スープまで飲んでくれてありがとう!」
二人がラーメンを食べ終えると同時に、ようやく待ってましたと言わんばかりに周囲にいた人間がアカミネやシオンに話しかける。
ラーメン屋の店主からのおごりで食べることができた。
少しばかり彼らの好意にアカミネは答える。
シオンもシオンなりに考えているようだが、うまく答えることはできないので首を横に振っている。
ある程度彼らの相手をし終えると、アカミネは店主に尋ねた。
「すみません店主さん。さっきの赤い服をきた連中についてちょっとお伺いしたいのですが…」
「おうよ、あのレッドギャングの連中のことが聞きたいのかい?」
「はい、実のところ………この街に来たのは今日が初めてなんです。なのであまりこの辺の事情に詳しく無くて…」
「なるほど…確かにレッドギャングの連中を知っていれば逃げていたかもしれないからなぁ…いいぜ、連中の事なら何でも教えてやるよ」
そして、アカミネとシオンと周りにいる連中は店主の話を放送受信機の代わりに聴くことになる。
レッドギャング。
数年前からスタンド・リバー区一帯を支配している武装集団だ。
赤い服装をしていることが集団のユニフォームであり、破ってはいけない掟だと説明する。
「レッドギャングは昔からあるギャングでね。かれこれ30年前になるな…ワールド・ビュー・バレー区の外国人居住団地を仕切っていた紅屋会という反社会的勢力がいたのさ、20年前に紅屋会は内紛で崩壊したが、その紅屋会の一派が内紛後にこの辺りで立ち上げたのがレッドギャングさ。組織の繋がりは血の繋がりよりも優先されるという言葉をモットーに赤色の服を着て団結しているんだ。赤色の服以外を着てはいけないというルールがあるんだ」
「赤色の服以外を着るのはいけないんですか?」
「勿論だ。もし組織の人間が赤色以外の服を着ていたら即殺されるぞ。実際に一昨日すぐそこの建物の裏側で緑色の着ていたという理由でギャングの若造が頭に銃弾を撃ち込まれて死んでいたぞ」
「…け、結構過激なんですねぇ…」
「ああ、それにあのギャングの連中は気が短い上に金の取り立てには凄まじく厳しいのさ。そのうえ腕っぷしが強い連中が多くいる。だからみんな彼らには逆らえなかったんだ…君とその隣にいる彼女さんを除いてね」
レッドギャングの活動はいたって簡単。
自分達の縄張りから資金や資源を回収する事。
そしてその金をボスに届けることだ。
もし金を用意していない不届き者がいたら気分次第で殺してもいい。
そんな調子で住民たちを怖がらせていた上に傍若無人な振る舞いを続けていたとのこと。
長年に渡り周囲を困らせていたようだ。
そいつらをコテンパンにぶちのめしたことで周りにいる人々は機嫌が良いのだ。
場所代を毎回数割増しで請求されていた店主は清々したと二人を褒めたたえている。
「最近あいつらは調子に乗りすぎていたからな…君たちが成敗してくれたお陰で気分がいいよ!ありがとう。ただあいつらは復讐しにやってくるかもしれないからそろそろ宿に帰った方がいいよ」
「分かりました。ではそろそろおいとま致します。ラーメンごちそうさまでした。美味しかったです」
「いいってことさ、また機会があればうちの店に寄っていってくれ」
「ありがとうございます、ではまた…シオン、行くよ」
「うん、おじちゃん。ラーメンご馳走様!またね!」
ラーメン屋の店主にお礼を言ってから二人は立ち去る。
アカミネのすぐ隣に並んで歩くシオン。
二人であればレッドギャングの連中なんか屁でもない。
これで復讐を果たそうとするならばそれは相当愚か者がすることだ。
アカミネとシオンは宿泊しているホテルまで戻る。
ホテルに戻るとアカミネはホテルのロビーで貸し出している洗面器を借りて髪染めを行う。
櫛にたっぷりと紺色の髪染めの液体を付けてから髪に絡ませる。
赤色と茶色が混じった髪の毛はどんどんと紺色に染まっていく。
髪の毛の色を変えるだけでも印象は変わっていく。
髪染めに興味津々のシオンだが、染めが失敗してはいけないのでアカミネはシオンにおいたしないように注意して慎重に行う。
「シオン、ちょっとばかり大人しくしていてね。これが失敗しちゃうとかなり大変なことになるからね」
「はーい、ベッドでじっとしているねー」
「ありがとう、そのまま放送受信機から流れてくる音楽でも聴いていてね~」
髪染めをしてから20分後に、部屋の洗面台で髪の毛を洗い出す。
こうして余分な汚れなどを落としてからシャンプーを使って髪の毛を保護する。
しっかり洗ってから洗面器に溜めた水で再び洗い流すと、くっきりと紺色に染まっている。
これで髪染めは完了だ。
「うん…違和感はないし…これで大丈夫そうだ…」
「すごい…もう触ってもいい?」
「いいよ~、どんな感じかな?」
「髪の毛は変わってもいつものアカミネだね~」
ツンツンとアカミネの髪の毛に触れるシオン。
髪の毛の色が変わったことで興味津々のようだ。
しばらくの間、ツンツンと触り終えるとシオンはゆっくりと身体をアカミネに密着させる。
「…どうしたのシオン?」
「…アカミネとぎゅっとしていたいの…ぎゅーってしてもいい?」
「…いいよ」
「…アカミネ…」
ベッドの上でアカミネはシオンの抱擁を受ける。
デニム生地で出来た作業着を密着させて、二人は夜の灯りだけを頼りに部屋の中でくつろいでいる。
すでに自分たちを陥れようとしている輩の追手は着々と狙っていることはアカミネも分かっている。
だが、シオンはアカミネとずっといたいのだ。
ここまで誰にも邪魔されず、二人っきりの時間を過ごしたい。
街の騒音。
窓の間から入ってくるすきま風。
放送受信機から流れてくるクラシック音楽。
そして今。
この部屋の空間には二人が呼吸をして、心臓を動かしている音しかしない。
「これからも…ずっとずっと、一緒にいようね…」
「そうだね…ずっとシオンと一緒に…もう、離れることはないよ」
「絶対だよ?絶対に…」
「…うん」
この部屋でアカミネが感じるのはシオンの暖かい体温とアカミネが付けたシャンプーの香りだ。
アカミネは目を閉じる。
シオンの優しさを誰よりもアカミネは知っている。
虐げられていた過去の思い出を。
シオンは知っている。
アカミネは誰よりも優しく、他の誰よりも好きだという事を。
二人は互いの優しさを知っている。
そして、二人ともその気持ちを互いに分かち合うようにゆっくりと深い、深い夜を過ごしたのであった。