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2:イーストキャピタル

 一旦雨は止んだが、それでも空はどんよりと曇っている。

 アカミネは極力人通りの少ない裏路地を歩いている。

 アカミネの後ろに付いていく女も、足並みを揃えて歩く。

 女の身長は180センチ近くあり、平均的な女性の身長よりも15センチ以上ある。

 おまけに胸の部分も大きいので何かと目立ってしまう存在だ。

 それでも、雨が時折降り出していることもあってかスタンド・リバー区の裏路地には人がほとんどいない。

 今日はラッキーだとアカミネは思っている。


「僕はともかく、君は目立ちやすいからね…なるべく宿を探してそこを拠点に夜になったら活動しよう」


「…うん」


 一旦一晩明かすための宿が必要だ。

 できるだけ身分証明書を提示しない安宿のほうがいい。

 少なくとも自分は殺されるかもしれない状況だったのだ。

 ”正当防衛”なのかもしれないが、女が派手に医者を殺してしまったのでそうはいかない。

 高級ホテルは勿論の事、中流階級者向けのホテルも身分証明書の提示が行われるし、第一に身分証明書を出さなくてもフロントの従業員が警察に不審に思い通報されたらそれで逮捕されてしまうだろう。


 逆に、安宿…簡易宿泊とも呼ばれているがそういった料金が安いホテルであれば身分証明書の提示は不要だ。

 出稼ぎ労働者や流れ者などが多く利用するためにそうした安ホテルなどでは空気洗浄魔法などの魔法サービスは行われない代わりに安いのだ。

 ただし、安い分何かと劣化している箇所も見て取れる。

 そうした部分を目印にアカミネは周囲を見渡して宿を探すと、一件のホテルが目に留まった。


 古ぼけて窓に修理した跡があり、建物の外壁が剥がれている。

 そして料金も安い上に灯りが通っている。

 ボロボロだが、この辺りではマシな建物だろう。

 このホテルにしようとアカミネは決めたようだ。

 ホテルを見つけ出すと、アカミネは女に予め注意だけしておく。


「いいかい、絶対に相手が嫌味や悪口を言っても手を出してはいけないよ?いいね?」


「…うん」


 -ガラン、ガラン。


 ホテルの入り口のドアの鐘が鳴り、アカミネは辺りを見回す。

 カウンターには煙草を吸いながら今日の朝刊を読んでいる老婆がいた。

 眼鏡をかけてしわくちゃな顔をしているが、泊まる客が金があるかどうか見定めている。


 金を持っていそうな身なりであれば泊まらせてあげるし、ボロボロの服で如何にも金が無いような人であればほうきをもってたたき出す。

 そして、今ホテルにやってきた二人の男女の姿を見て老婆は些か違和感を覚える。


 整った私服をしていて見た限り好青年の雰囲気を出している少年…。

 その後ろには長身で服のサイズが合わない女…。

 少年はともかく、女のほうは明らかに怪しい。


 おまけに服装も胸の部分が強調されているので、女は顔はともかく首から下の部分を男が見たら興奮して寄ってくるような服装だ。

 まるで娼婦しょうふのような格好だったこともあり、恐らく宿で性的欲望を発散する目的で使用するものだと睨んだ老婆は、こっそりホテルの料金を水増ししようと企む。


「いらっしゃい、お二人さんは休憩かい?それとも泊まりかい?」


「泊まりです。一泊…いや二泊したいのですが空き部屋はありますか?」


「そうだねぇ…空いているには空いているんだが…丁度空き部屋は清掃が入っていてねぇ…清掃作業を早く済ませることもできるけど、何分外部業者に委託しているものだからお金がねぇ…」


「…つまりそれなりに料金が高くなる…ということですかね?」


「そういうことになるねぇ…。今日泊まるようであれば清掃作業を手早くやる代わりに6000レトンだけど、明日も泊まるのであれば明日の料金は2000レトンにしておくよ。どっちにしろ料金は二泊目は変わりないさ、むしろサービスして安くしておくよ」


「…分かりました、それで構いません。では8000レトンお渡しいたします」


「毎度どうも、それじゃあちょっと待っておくれ。今すぐ清掃作業員の人に早めに作業を済ませるように伝えるからね。そこのソファーにでも腰掛けていてくれ」


 財布の中から1000レトン紙幣8枚を老婆に渡すアカミネ。

 少々不機嫌そうな視線を後ろから老婆に送りつけてくる女。

 なあなあと宥めてソファーに座る。

 座ってからアカミネは老婆に手を出さなかった女を褒めた。


「ちゃんと我慢したんだね…ありがとう」


「私…我慢したよ?アカミネの為に我慢できたよ」


「うんうん、僕は嬉しいよ…後で美味しいお菓子食べさせてあげるね」


「やったーっ、アカミネ…ありがとう!」


「ハハハッ、調子が良くなったようで何よりだよ…さて、今後持ち金をどう増やしていこうかな…」


 アカミネは財布を取り出して改めて中身の確認を行う。

 アカミネの財布に入っている紙幣と銀貨はこの国で流通している通貨レトン。

 高品質であり、国際的にも信頼されている通貨だ。

 アカミネの財布には50000レトンが入っているが、予想していたよりも赤字となってしまった。


 この宿の宿泊料金は表に書かれていた看板では一泊3500レトンとされていた。

 本来であれば二泊三日で7000レトンだが、足元を見た老婆が1000レトン多めに料金を提示してきたのだ。

 確実に足元を見られたのだろう。

 しかし、これ以上安い宿になると治安の悪いスラム街にでも行かないとないだろう。

 スタンド・リバー区は首都の西部側だが、まだ物流が廻られているマシな場所だ。

 これより離れてしまうと過疎地ばかりで街も疎らになってしまう。

 アカミネはこの料金設定に仕方なく妥協したのだ。


「お待たせ、部屋の掃除が終わったから使ってもいいよ。部屋の番号は115号室だからね」


 老婆はアカミネに鍵を渡す。

「115」と数字が刻印された鍵だ。

 鍵を受け取ると、アカミネは女の手を掴んで部屋の前に行く。

 115号室のドアを開けると、清掃を済ませた小奇麗な部屋であった。

 ベッドが一つあり、テーブルには魔法鉱石を使用した放送受信機が置かれている。

 ニュースの情報などもここで仕入れることができるのは便利だ。

 それにしても部屋の中はミントの香りが漂っている。

 おまけに慌てて清掃魔法でもかけたのだろうか…洗面台には洗剤の泡が一部残っていた。


「安宿だからなぁ…まぁこれでもマシなほうだよ。少し疲れたかな?大丈夫かい?」


「…平気、アカミネを守るためなら…私は大丈夫」


「…そっか、一旦休んでからこれからの事を決めよっか…一緒に寝るかい?」


「…うん!」


 靴を脱いでからベッドに横になる二人。

 まだ寝るには早い時間帯だが、病院から逃げ出してから既に4時間以上が経過している。

 裏路地経由で人目につかないように神経を使っていたこともあって、アカミネは予想以上に疲れてしまっていた。

 ベッドに横になるとすぐに目を閉じて夢の世界に入っていく。

 そんなアカミネを守るように、女がゆっくりと抱きしめる。


 大柄の女がアカミネを抱きしめているこの光景をみれば、確実に事案発生と疑われてしまうかもしれない。

 だが、女は絶対にアカミネを守るために気を抜くつもりはない。

 もし泥棒や刺客が襲ってきてもいいように、女は医者の頭と首を粉砕した力を溜め込んでいる。

 アカミネを抱きしめながら女はアカミネの耳元で囁く。


「私がアカミネを守る…これからも…絶対に、守るためなら…なんでもする…」

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