11:赤色
豆鉄砲を食らった鳩のように呆然とする男。
少し時間が経ってから再び聞き直した。
「…えっと…俺たちのボスに会いたいのか?」
「ええ、レッドギャングという組織が気になるものですから。ついでに昨日襲い掛かってきた人達がレッドギャングのメンバーなんですよ。僕としても話し合いで解決できればいいかなって思っているんです」
「話し合いか…なぁ、それで案内すれば許してくれるのか?」
「許すかどうかは話の結果にもよります。…で、案内してくれますか?」
「あ、ああ…わかった、わかったからその棒を向けるのはやめてくれ…頼む…」
レッドギャングの戦意はもう無い。
昨日戦った相手といい、学園の生徒よりも弱いように感じる。
それも無理もない。
アカミネは魔法が使える。
それだけでこんなにも違うのだ。
レッドギャングも魔法無しで戦えば十分強い。
魔法無しの縛りで戦えばレッドギャング側に勝機はあっただろう。
しかし、レッドギャング達を含めてこの辺りの住民は魔法を使えない。
それだけでこんなにも差が生まれるのだ。
魔法を使えるということは、一種の能力者になれる事でもあるのだ。
「よーし、キャシーさん。一先ずここは大丈夫ですよ」
「どれどれって…ドアが壊れているじゃないですか!それにギャングの連中をあっという間に…本当にすごい強いのですね…」
「そうだよーアカミネは魔法を使うと凄く強いんだよー」
「…まぁ、その魔法の一件で色々とあったけどね…シオン、彼らを見張っていて。その間にドアを直すから」
「はーい、動いたらいけないからねー。わかった?」
「…あ、はい…」
「すいません、すいません、すいません…」
完全に平伏して謝罪しながら大人しくしているレッドギャングの連中を見て、アカミネは思わず苦笑いをする。
吹き飛ばした衝撃で壊れてしまっているドア。
ドアを持ちあげてレールの部分に引っかける。
そして手をドアに触れながら目をつぶる。
すると、壊れたドアがゆっくりと元の形に戻ってゆく。
見ていたキャシーやレッドギャングの連中は驚いた様子でその光景を見ている。
特にレッドギャングの連中はかなり食いつくように見ながら仲間内で会話をしていた。
「おお、これが修復魔法ってやつか…初めて見るよ」
「見てみろ、あれだけ壊されたはずなのに部品まで元通りに直っていくぞ…」
「修復魔法って乱用しちゃいけないんだよな?なんでなんだ?」
「そりゃあ決まっているだろ。こんな便利な魔法があったら修理屋が儲からなくなるからだよ」
「確かにそうだな」
「こらっ、勝手に喋っちゃだめ!」
「「す、すいません!」」
シオンに注意されて直ぐに黙るレッドギャング。
完全に子供のように扱われている。
そうこうしているうちに、ドアは元通りに直った。
ここまで費やした時間は僅か3分。
「キャシーさん、これでドアの修理は終わりましたよ」
「えっ!?もう終わったのですか?…本当によく出来ているわね…」
「ほんとだ…元通りに直ってる!!」
「ありがとう…」
「でも本当にレッドギャングのボスに会いに行くのかい?」
キャシーは不安そうな顔でアカミネを見つめて言った。
アカミネ本人は直接交渉したほうが手っ取り早いと考えているからだ。
しかし、アカミネが殺されてしまう可能性もある。
キャシーの脳裏をよぎったのは、レッドギャングに敵対した者が路地裏でバラバラ死体となって発見された光景。
あまりにも凄惨すぎた光景は時折キャシーの夢に出てくる。
その光景を目の当たりにしてからレッドギャングに対しては抵抗すらできないのだ。
なぜなら、その死体はキャシーとリサを育ててくれた叔父でもあったからだ。
だが、目の前の少年はレッドギャングと話をつけてくると言っている。
あの恐ろしいギャングの親玉との話し合いなんて危険極まりない。
キャシーはレッドギャングの連中を懲らしめてくれただけで十分だと考えた。
「アカミネさん、その…これだけ懲らしめればもう十分ではないでしょうか…それ以上やってしまうと…その…報復されるのでは?」
キャシーの意見も一理ある。
これだけレッドギャングの下っ端が返り討ちになったとなれば暫くは手を出さないだろう。
暫くは…だ。
時間が経てばまた利息分を催促する地獄が繰り返される。
アカミネはそんなことを良しとはしない。
「キャシーさん、これ以上彼らのことを放置するわけにはいかないでしょう。キャシーさん、以外の人も苦しんでいるんです…こんなことは繰り返しちゃだめなんです。絶てるときにそうした悪を絶つべきなんです!」
最後のほうは力強い口調であった。
学園の権力者に殺害されかけたアカミネの言葉は重みがあった。
まだ18歳であるにも関わらず、既にアカミネは覚悟を決めている。
キャシーにアカミネの覚悟が伝わってくる。
空気が振動するような…。
ビリビリとした感覚がキャシーの心を震わせる。
衝動。
今まで抑え込んでいたものが溢れ出てくる。
気がつけばキャシーは涙を流していた。
「…これ以上彼らが迷惑をかける前に直談してきます。もし破談になったらどちらかが倒れるまでですよ…」
「どうして…どうして貴方は赤の他人である私達の為に…そこまでするのですか?」
「…僕は、僕を追い込んで殺そうとした人間に復讐したいからですよ。そのためにも多くのデータが必要なんです。それに、他人の為にではなく…社会で悪さをしてものうのうと生きている悪意を持った上級国民を殺したいだけです」
アカミネの語った覚悟は相当のものであった。
そして、彼の原動力は復讐という人間の業でもある。
レッドギャングのような連中ではなく、もっと大きな存在に対して殺害を仄めかしている。
それだけに、戦いには容赦はしない。
降伏するまで叩き潰す。
相手が自分達を殺すようなことをするようであれば、圧殺すら辞さない。
人を『殺す』事は既に行った。
後は、自分が殺すべき相手にたどり着くまでにどれだけの汚物を消すことができるか…。
リアルタイムアタックに挑戦しているようにも捉えることが出来る。
アカミネの背中にはそうした冷酷を実行できる度胸が備わっていた。
「…シオン、行くよ。あと、案内役を行ってくれる人は…貴方でしたね。ボスのところに案内してください」
「…あ、ああ…わ、分かったよ」
「では、それ以外の皆さんはこれから真っ当な仕事に励んでください。大丈夫です。殺しはしません…チャンスを与えますから貴重な選択肢を無駄にしないでくださいね」
そう言ってアカミネは案内役以外のギャング構成員に魔法をかけた。
ピンク色の気体がふんわりと浮いて彼らを包み込む。
動揺していた彼らだが、次第に落ち着いていく。
「あ、あはははは…俺は何てバカなことをしていたんだろうか…」
「そうだよなぁ…ギャングなんて辞めた辞めた…真面目に働こう…」
「俺もそうするわ…」
「俺も…」
レッドギャングの男たちは一斉に上着のシャツを脱ぎ捨てた。
レッドギャングたちが大切に身につけていた赤シャツをあっさりと脱ぎ捨てるなんて考えられない行為だ。
そして男たちは何事もなかったかのように彼らはそれぞれバラバラの方向に歩きだした。
スキンヘッドの男は、仲間たちが幸せそうな顔をしながら微笑んで歩いていく光景に恐怖した。
恐る恐るアカミネに尋ねた。
「な、なぁあんた…あいつらにどんな魔法を掛けたんだい?」
「これから真っ当に生きるようにする魔法ですよ。それ以上でもそれ以下でもない。レッドギャング以外で働くことに喜びを感じる人間になるようにしただけです」
「ま、まるで洗脳だな…」
「正確に言えば催眠魔法の一種ですよ。種火が無ければこんなことは出来ません。偶々種火があっただけですよ」
この催眠魔法はスギナミ医師を殺害した際に医療カバンの中から入手した幻覚剤を複合させて使用可能にしたものだ。
精神安定剤を服用してから2時間以内に起こる柔らかな気持ちに包まれる感じになり、精神的にも心の安定化を促し、同時に悪い事をしないように心掛けるようになる催眠魔法だ。
効果は一週間ほど続き、効果が切れても素行の悪化になるケースを抑えるのに役立っている。
本来であれば医師や医療資格を持っている魔術師以外が行うのは違法である。
しかし、これで更生するチャンスを作れば少なくとも人の役には立つ。
手持ち無沙汰になるよりは遥かに良いと判断したアカミネが処方してやったようなものだ。
「それじゃあキャシーさん、リサさん。行ってきますね。僕たちが帰ってくるまでは店の中で鍵を掛けて待っていてください。ほら、シオン行くよ」
「いってきまーす」
「二人とも…気をつけてください…」
「…絶対に帰ってきてね…無茶だけはしないでね…」
笑顔で案内役の男と共にレッドギャングのアジトに向かうアカミネとシオン。
キャシーとリサは二人が無事にレッドギャングから帰ってこれることを祈りながら、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




