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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

没落の王女 SSシリーズ(過去の短編はこちらから読めます)

秋の空と晴れない気持ち

作者: 津南 優希

 ものの情緒は秋が一番深い、と言ったのは誰だったろうか。

 季節は今まさに秋だ。

 ふとした瞬間に、私の心が沈んだ気分になるのも、秋のせいなのだろうか。


 朝稽古の終わりを告げるベルが、鍛錬場に鳴り響く。

 バラバラと帰り始める騎士達の話題は、もっぱら今日の稽古内容についての意見交換と、朝食のことだ。

 私も足と腕についていたウェイトを外して、一息ついた。


「アレクシス王子、お疲れ様でございます」

「ああ、後は頼む」


 ウェイトを受け取った侍従達が片付けを始める横を通り過ぎる。

 見上げた空は秋晴れのいい天気なのに、どうにも気分がすぐれない。

 特に剣の稽古をしていると彼女のことを思い出すことが多くて、なんだか胸の奥がつかえた気持ちになるのだ。


 あれから、もう半年が経った。 

 南の国で出会った、あの彼女の美しい剣技が、まだ瞼の裏に焼き付いている気がする。

 どこまで努力したら、彼女に追いつけるのか。

 生まれながらにしての天才というだけでは説明がつかないだろう。

 きっと彼女だって、私が想像も付かないような稽古に耐えて、あそこまでの強さを手に入れたに違いないのだ。


 ふと立ち止まって、騎士団の団長とも互角に渡り合えるようになった自分の手を見つめる。

 

「まだまだだな……」


 思わずもれた呟きに、後ろに控える侍従のイーラスが首をかしげた。


「何がですか?」

「私の、剣の話だよ、イーラス」


 イーラスは怪訝そうな顔をして、私のあげたままの右手を見た。

 皮の手袋がすり切れて、少し血がにじんでいることに気がついた彼が、眉をひそめる。


「まだまだどころか、やり過ぎですよ。お部屋に戻りましたら、治療いたします」

「ああ、でも本当に……まだこの程度じゃ駄目なんだ」


 私がそう答えると、イーラスはひとつ大きなため息をついた。


「あの、飛那姫(ひなき)とかいう傭兵のことですか?」

「……え?」


 何故私が彼女のことを考えているのが分かったのだろう?

 イーラスはたまにすごく勘がいい。


「あの娘はちょっと人間離れしすぎですよ。比較対象にしない方が王子のためです。それに、南から帰ってからは、ヒマさえあれば剣の稽古をしているように見えますよ。少し執着しすぎなのでは?」

「執着?」

「ご自覚がないようなので申し上げておきますが、王子はあの娘を気にしすぎです。ただの傭兵ですよ? いい加減お忘れになってください」


 忘れる? あの強烈な彼女を?


「……それは多分、無理だな」

「王子……」


 あきれたように肩を落とすイーラスは、多分正しい。

 きっと気にしすぎなのだ。

 彼女の剣に追いつこうなどと考えること自体が、最初から馬鹿げた話なのだろう。

 誰も、あの彼女と、彼女の持つ剣を超えることなど出来ない。


 でも私は、強さを追い求めて剣を振っていることが彼女との接点になるような気がしている。

 またどこかで会おうと、あの時した小さな約束。

 強くなりたい気持ちに嘘はないが、どちらかというとその約束を叶えたい気持ちの方が強い気がする。


「イーラス、これは執着なのか?」

「私に聞かれても困りますよ……ご自分で、お考えください」


 冷たくあしらわれて部屋に着くと、なにやらいくつかの荷物が届いていた。


「北のイザベラ姫と、同じく北のノーザンテリトリー……こちらはマリア姫ですね。贈り物とお手紙が届いておりますが?」

「ああ、当たり障りのない、お礼の返事を書いておいてくれ」


 ここ最近、またこういった類いの贈り物が増えた。

 女性からのアプローチに見向きもしない私を見て侍従達は不満そうだが、興味が持てないので致し方ない。

 いや、近頃は興味がないというか、少し煩わしくも感じるようになってきた。

 ここ半年くらいそんな気分だが、これも季節のせいなのだろうか。


「王子、返事を書くのはかまいませんが……こうして好意を寄せてくださる女性に対して、少しでも美しいなぁとか、会ってみたいなぁとか、そういう感情はないのですか?」


 イーラスは他の侍従と違って、結構言いたいことをズバズバ言う。

 遠慮のないところも、気安い空気も嫌いじゃない。

 そう聞かれて、私はそんな風に思った女性が過去にたった一人しかいないことに気が付いた。

 

「そろそろ身を固めて欲しいと、私までが各方面から色々と言われているのですよ?」

「それはすまないな」

「全然すまなさそうに見えませんよ、王子」


 がさがさ荷物を片付けるイーラスを横目に、私は考えていた。

 こういった煩わしい国同士のやりとりを考えなくてもいい、同じ剣士として憧れている彼女ともう一度、あの時のように一緒に行動したいと。

 一国の王子としてではなく、傭兵仲間のように、気安く隣にいれたら最高なのに、と。


 明るい茶の髪と、意志の強そうな大きな瞳を持った美しい彼女の姿を思い出すと、懐かしく思う気持ちにそぐわないような胸の痛みを覚えた。

 イーラスに引っ張られて手の傷は治療されたが、胸の痛みは癒えない。


 きっと、春がくれば気持ちも晴れるだろう。

 私は全てを秋のせいにして、正体の分からない気持ちに蓋をした。

『没落の王女』番外編でした。

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