8泊目
「お、おおおお主は正気か!? 上級治癒魔法を三種使用で約アインス金貨六十枚、赤紫ポーション二本でアインス金貨二千枚じゃぞ?! それを無償と言うのか!?」
「ダメ?」
「ダメに決まっておるじゃろうが! それにじゃ、これだけの事を無償でやったと知れればお主、忙しくなるぞ?」
「うっ......はぁー」
魔族の少女に説得させられたのかスミカ殿はホメットの方を見た。
「そういうことなので、アインス金貨二百枚でどうでしょうか?」
「そうだな、それくらいなら払えない事はねぇな。さすがに二千枚とか言われたらどうしようかと思ったが......」
「ふん、スミカに感謝することじゃな。本来ならばお主らに到底払える額ではないぞ?」
「わ、わかってるよ。スミカ姉さんありがとう世話になった、金は用意出来たらもってくる」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ、十年でも二十年先でも良いですから」
スミカ殿が笑顔で言うとホメットが被っていた鉄兜を少しだけ深く被り直した。
「そう.....だったな、分かった必ず支払う。よし、野郎共撤収だ」
ホメットがそう言うと後ろで震えていた集団がアールと呼ばれていた男を机から起こして担架に乗せるとそのまま出ていこうとしたが足を止めて振り返り、全員が頭を下げた。
「「「ありがとうございました!」」」
感謝の言葉を残して集団が出ていくと宿の中は静かになった。
「ふぅ......さて、スミカ殿。私達はどうすればよいかな?」
「え? あーそうですね一応出発は明後日にします。明日だと少し準備が間に合わないので」
「そうか、ならば今日と明日の宿を探すとするか。ケインズ」
「は、はい」
「応接室に戻って置いてある荷物をもってきてはくれんか?」
「了解しました。馬はどうしますか?」
「城壁前の預かり場所に頼んであるのだから大丈夫だろう」
ケインズと話していると魔族の少女がてを上げた。
「何を話しておるのじゃ? ここに泊まればよいじゃろうが」
「「......あっ」」
俺とケインズは揃って思い出した。そうだ、ここは宿屋ではないか。
「部屋は空いておるのじゃろ? スミカよ」
「空いてるけど......珍しい、サテラが積極的に泊めようとするなんて」
「妾も一応は従業員じゃしな、たまには働かんと叩き出されてしまうでな」
「非正規だけどね」
「はぁ、いつになったら雇ってくれるのじゃ? もうかれこれ六十年経つんじゃが......」
魔族の少女が溜息を吐きながら肩をすくめていた。さすがは魔族と言ったところか、六十年であの容姿とはな......ん?
「あの、すみません。今六十年っていいました?」
「何じゃ? レディに歳を聞くのは失礼じゃぞ? 妾は今年で七百歳になったぞよ」
「言ってるじゃん」
「言ってるではないか」
俺とスミカ殿が同時に突っ込んだ。
「う、うるさいのう! スミカなんてせ―――ふぎゅう!」
スミカ殿を指差し顔を紅くした魔族の少女が何かを言おうとした瞬間、奇声と共に首を押さえていた。よく見ると何か糸のような物が首に巻かれていた。
「コホン、ではお部屋に案内しますね。宿代はすでに頂いているので」
「なに? 払った記憶が無いが?」
「いや、あの、そこの魔族の人大丈夫なんですか?」
「円筒の底に入っていましたよ? あの子は大丈夫です」
「そうか、ならば世話になろう」
「イヤイヤ! 大丈夫じゃ無いでしょう!? 顔青くなってますけど?!」
「く、くるち......た、たすけ.......」
「では案内しますのでついてきて下さい。その子は顔を青くするのが得意技なんですよ」
「ほら、何をしているんだケインズ、行くぞ。迷惑を掛けるなよ、得意技なら仕方ないな」
「なにサラッと言ってるんですか! ほら苦しいって言ってるじゃないですか! 団長は何も見えてないんですか!? それとも見ないようにしているんですか?! え、あ、ちょ! 待って下さいよ!」
俺は騒いでいるケインズを置いてスミカ殿後を付いて二階に上がると後ろからケインズが付いてきた。
「(どうしたんですか団長!?)」
「(何も聞くな)」
俺がそう返すとケインズは納得いかないのかムスッとしたのとほぼ同時にスミカ殿が『201』と扉に書かれた部屋の前で止まりポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込んで開けた。
「こちらがお二人のお部屋になります。鍵はこちらをどうぞ」
「ああ、預かろう」
スミカ殿が差し出した銀色で金属製の鍵を受け取った。
「外出される場合は受付に鍵をお渡し下さい、お戻りになった場合は扉に書かれた部屋番号を言って頂ければ鍵をお渡しします。お食事は一階にあります酒場にて提供させて頂きますのでご利用下さい」
「うむ、わかった」
「あ、はい」
「ご理解ありがとうございます。次に入浴の時間ですが―――」
「何? 水浴びでは無いのか?」
「あーはい、当宿は裏にお風呂があるのでそれをお使い下さい。男性は夜の七時から九時まで、女性は十時から零時までとなっておりますのでご注意下さい。零時過ぎからは混浴となりますのでご自由に」
「ほぉ、それは助かるな」
そこら辺にある宿だと大抵は裏にある井戸から水を汲んで身体を洗うのだ、お湯が出る風呂はかなり高級な宿にしか無く俺ですら数えるほどしか止まったことが無い。
「では、ごゆっくりとお過ごし下さいませ。このような小汚い姿で失礼しました」
そうか、忘れていたがスミカ殿は返り血を浴びたままだったな。
「いやいいのだ、人一人の命を救った物を汚いなど言うはずが無いであろう、それこそ騎士道に反する」
「はい、凜々しいお姿でした」
俺とケインズは姿勢を正し右手を左胸に当てて言った。エスルーアン聖王国式の礼だ。
「ふふ、ありがとうございます。では失礼します。何かご用がありましたら備え付けのハンドベルをご使用下さい」
スミカ殿はそう言うと会釈して一階に向かっていった。
「では入るとするか」
ドアノブを回し俺は扉を開けた。