18泊目
―――ダメだ呑まれちゃ駄目だ、怒りを抑えなくちゃ! でも、嬉しい、気持ちいい。もっと、もっと怒りを! 思考が止まる、このまま怒りに身を任せたい、苦しい。
「......お師匠」
「ッ......」
サーシャの声で頭の中がクリアになる、視線をサーシャに合わせる。白い髪に猫耳、眠たそうな目から金色の瞳が覗いていた。震えてるじゃ無いか。
「ごめん、もう大丈夫、大丈夫だから」
「......うん」
ゆっくりと優しくサーシャの身体を抱きしめた。まだ震えてるのがわかる。何をやってるんだ私は、決めたじゃないかあの日、あの時この子を守ると、一人にしないと。
「......お母さんの匂い好き」
「うん......」
少しだけ強く抱きしめた。
「む......」
目を開けると木漏れ日が顔を差していた。何をしていたのだ俺は......あぁ思い出した。ムクリと身体を起こし隣を見るとケインズが寝息を立てていた。視点を動かすと切り株の上にスミカ殿が風に髪を揺らしながら座っていた。
その視線は村だった物に向けられていた。俺は身体を起こしスミカ殿に近寄った。
「もう、大丈夫なのか?」
「え? あー、はい。ご迷惑をおかけしました」
ぺこりとスミカ殿は頭を下げた。あのキツい雰囲気ではなく宿で話しているときのホッとする雰囲気に戻っていたので少し安心した。
「サーシャから聞いたんですか?」
「ああ、気に障ったなら謝る」
「別にいいですよ」
「......あの村に何か思い入れがあったのか?」
「......」
話題を変えようと思ってつい言ってしまったがこれはマズイ話題ではないだろうか? 俺としたことが迂闊だった。スミカ殿の顔が暗くなってしまったぞ。
「昔......あの村の人達に助けられた事があったんです。かなり昔ですけど」
「それは......」
「本当に昔の話です、代替わりして私のことを知っている人は居なくなっちゃいましたけど」
「そうか」
俺が短めに返事をするとスミカ殿が微笑んでいた。
「ふふ、何も聞かないのですね? いったい何年生きているのかとか何でドラゴンが人里に居るのかとか」
「そうだな......では一つだけ、ケインズに飲ませたのは何なのだ?」
「あー、あれですか。あれは『賢者の福水』という物です。『賢者の石』を生成するときに出来る物ですが、使い方によっては毒にもなりますし回復薬にもなります」
俺は驚きを通り超して天を仰いだ。もう驚き疲れた。錬金術師達が追い求めている『賢者の石』の副産物だと? もはや値段すら付かないぞ、そんな代物。
「秘密にしておいて下さいね、広まると面倒ですから」
「喋れる訳がないだろう、下手に口外すれば世界中の錬金術師が殺到するだろうな」
「うわ......考えただけでも面倒くさそう」
はぁっと溜息を付くスミカ殿、何処となく宿での雰囲気とはまた違う気がする。
「成るほどな、今のスミカ殿が素のスミカ殿か」
「あっ、いや、その、すみません気が緩んでました」
「......お師匠は面倒くさがり、お客さんの前だと猫被ってる」
ジャリっと言う靴音とサーシャの声が聞こえ振り替えると今朝と変わらない姿のサーシャが立っていた。
「ちょっとサーシャ! 何言ってるの!?」
「......すぐバレる、あきらめひゃほ」
「そーいう変な事を言う口はこの口かなー?」
スミカ殿がサーシャの両頬を両手で挟んでいた。種族は違うが姉妹のようだな。
「ははは! さて、そろそろ出発するのであろう? 寝ている部下を叩き起こしてくるとしよう」
「あ、はい。お願いします」
「......いふぇらしゃふ」
微笑ましい光景を背に未だに寝ているケインズの所まで歩いていくと見事に爆睡していた。任務中に爆睡する奴があるかこの馬鹿者が!
俺はケインズの脇腹を蹴飛ばした。
「ぐっは!」
「いつまでも寝ている気だ? 早く起きろ!」
「あ、は、はい! すみません団長!」
起き上がったケインズは甲冑と消耗品が入ったポーチの点検をしていた。教本通りの癖は未だに治らんのか。まぁ基礎は大事だが。
「装備に異常なし!」
「よし、だがこの場合は甲冑の緩みだけをよくみろ、消耗品まで点検する必要はないぞ?」
「あ、はい。」
「終わりましたか?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
声をかけられた方を向くとスミカ殿とサーシャが立っていた。サーシャは両頬を擦っていた。
「大丈夫か? サーシャ殿」
「......弄ばれた」
「はっはっは! それは良かったな」
「......良くない」
ぷいっとそっぽを向いた。サーシャに笑い、俺は深呼吸した。
「ふぅ、よし!」
「では、行きましょう」
スミカ殿が『死者の祭壇』の扉を押し開いた。相変わらず血の臭いがキツイ。
「先頭は私が、最後尾はサーシャが担当します」
「わかった」
「はい!」
俺とケインズが頷くとスミカ殿も頷き俺達は『死者の祭壇』に足を踏み入れた。




