奇跡の欠片
若い女の怒声が聞こえたので、そちらを向くと、男二人と一人の女の子が向かい合っているのが見えた。
よく見ると、男たち二人の背後に小柄な女の子が縮こまっているのが確認できた。
どうやら勇敢にも小柄な子を助けるために、大人の男二人に女の子一人で挑んだらしい。
武志もその状況を理解したのか、急にそちらの方に走り出した。
「待て!ったく、タケのやつ、後先考えず飛び出しやがってっ!」
とっさに呼び止めたが、手遅れだったようだ。
鷲一としては、大事な審査前なので、可能な限り穏便に事態を収めるために、もう少し様子を見てから、動きたかったが、武志が動いた以上、そうもいかない。
悪態をつきながら、鷲一も武志の後を追いかけた。
相手の坊主頭の男が、武志に殴りかかったのを見て、鷲一はすぐさま金髪の男の背後を取るべく動いた。
昔から武志の祖父がやっている道場で、一緒に鍛錬してきた鷲一は、武志が好んで派手な技を使うことを知っていたので、大技の瞬間、そちらに金髪の目が向けば、自然と隙が生まれると思ったのだ。
結果は案の定で、隙だらけの金髪男の背後をとることに成功し、相手の膝裏を足の裏で蹴って体勢を崩した後、暴れられると面倒なので、そのまま的確に首を絞めて、数秒で落とした。
武志の方も相手が死なない程度に思いっきりやったようで、坊主頭の男は気を失っているようだった。
やってしまったものは仕方がないので、鷲一は事態がどう動いてもいいように覚悟を決めることにした。
武志の方は気楽なもんで、助けに入っていた女の子と、何か話しているようだった。
だからという訳ではないが、鷲一は男たちに絡まれていた女の子の方の相手をすることにした。
「君、大丈夫・・・ではないか・・・・。とりあえず怪我とかはないかな?」
声をかけても反応がなかった。
聞こえない距離ではないとは思うが、どうやら展開が急すぎて頭が追いついていないみたいだ。
坊主頭と金髪の方をぼーっと見て、固まっている。
審査までそんなに時間もないし、悠長に待ってる訳にもいかないので、鷲一は目の前で手のひらを振って、何回か呼びかけてみることにした。
「あの~・・・・聞いてる?・・・お~い、お~い、見えてるか~。・・・お~い、お~い!」
そうするとやっと反応してくれた。
「あ、あ、あ、ははは、はい、み、みみみ、見えてます・・・」
声がかなり小さく、目線も伏し目がちで、目は前髪でほとんど隠れてしまっている。
どうやら小柄な見た目通り、シャイな女の子らしい。
「怪我とかはない?」
「は、はは、はい」
「そうか、それは良かった」
途中から割り込んだため、詳しい事情が分からないので、聞きたいことはあるが、あまり根掘り葉掘り聞かないほうがいいだろうと思い、鷲一は控えめに接したが、とりあえず正解だったようだ。
少なくとも怖がられてはいないと思う。
でも、男たちに絡まれていたのだから、しばらくあまり近くに寄りすぎない方がいいかもしれないと思って、同性の女の子にフォローを頼もうと、武志と話している女の子の方に振り返った。
そうしたら、ちょうど武志たちもこちらに向かってくるとこだったようだ。
「シュウ、フォロー助かったぜ!さすがだな!」
「いやまあ、お前とは腐れ縁みたいなもんだから、自然とな。てか自覚あるんなら、直情的な行動はもうちょい慎め!!」
「悪い悪い!で、そっちの子は大丈夫そうか?」
どうやら、反省する気はないらしい。
こいつは痛い目を見ても折れないからな、ほんとどうしようもない。
「ったく・・・・ああ、こっちの子に怪我はない。けど、まだショックが抜けきっていないようだ。そっちの君、後のフォローは頼む」
助けに入っていた勇敢な女の子を指して言うと、怒ったような返事が返ってきた。
「わたしは凛花よ!森山凛花!!」
と言いながらも、フォローに入るべく、動くところを見ると、かなりいいやつらしい。
まあ助けに入るためとはいえ、男二人に突っかかっていくような子だから、それは間違いないだろう。
鷲一は、凛花の雑な自己紹介を聞きながら、小柄な方の女の子に名前を聞いてなかったのを思い出して、改めて聞くことにした。
「そういえば、名前聞いてなかったけど、よければ、教えてくれない?」
「あ、そ、そうですね、わ、わわ、わたしは、お、小河美波と、い、言います。よ、よろしく、お、おお、お願い、し、します」
「俺は倉田鷲一、よろしくね。ちなみにあっちのでかいのは本城武志な、よろしくしなくてもいいから」
「シュウ、ひでぇなぁ。本城武志です、美波ちゃん、よろしく!」
「うわ、初対面の女子の下の名前にちゃんづけ、非常識ね、あなた。小河さん、わたしは、森山凛花です、よろしくね!」
凛花が美波のケアをしているうちに鷲一は周りの状況を確認することにした。
主に武志がかなり派手にやってしまったためか、周囲の人間は巻き込まれることを恐れて、遠巻きに様子を伺っているだけだった。
でも、一部始終を見ていた者はもちろん、途中から見ていた者でも、床に伸びている男の風貌と縮こまっている美波の様子を見比べて、どちらが加害者かははっきり分かるだろう。
鷲一はできれば、チンピラ二人はこのまま放ったらかしにして、この場を離れたいと気持ちでいっぱいだったが、そうもいかないだろうなと思いつつ、やってくるであろう審査の運営を待っていた。
ところが5分くらい待っても、誰も現れなかった。
こうなってくると話は別だ。
もたもたしていて、もしチンピラが起きたりしたら、また一騒動起きるのは目に見えているので、美波も何とか落ち着いたのを見計らって、4人でその場を離れることにした。
結局、さっきの現場が人で見えなくなるくらいまで離れても、誰も声をかけてくることは無かった。
すると、さすがに不安になったのか、武志が話しかけてきた。
「なあシュウ、このままお咎めなしだと思うか?」
「さあ、分からん」
「あんだけ派手に暴れといて、絶対おかしいわよ。これだけ人が集まれば、トラブルが起こるのは当然なのに。いくら審査直前で忙しいからって、それに対処する気配さえないなんて・・・」
「確かに森山の言うとおり、トラブルを放っておいてるのは確かだろうな。そしてたぶんそれは忙しいからとかじゃない」
「じゃあ、何だって言うのよ。ていうか、凛花でいいわよっ」
「じゃあ凛花、これは推測だが、もしかしたら派学サイドはこれから始まる審査に比べたら、多少のトラブルは些事だと思ってるんじゃないか?だから、トラブルを放置しているとかな」
「そんな・・・・」
まあ少し大げさに言ったが、装備などの手の込み具合から見ても、何か大掛かりなことをやろうとしているのは確かだろう。ある程度の試練は覚悟しておいた方がよさそうだ。
鷲一の発言にそれぞれ思うことがあったのか、しばらく4人の間には沈黙が続いていた。
すると、突然、大音量でアナウンスが流れ始めた。
『ただいまより、国立人材派遣学校における第16回入学生選抜最終審査について、審査委員長より説明がございます。受審生のみなさんは、ご清聴よろしくお願いいたします』
いよいよ待ちに待った最終審査が始まるようだ。
アナウンスが聞こえなくなった後、ホール内が異様な沈黙に支配された。
次の瞬間、ホールに設置されている巨大なモニターが光を放ったかと思うと、画面に40代前半くらいの一人の男の姿が映し出されていた。
「やあやあ、隔絶された世界に囚われし、哀れな天使たちよ、ようこそ真なる世界の入口へ。諸君に集まってもらったのは他でもない、諸君が隔絶された世界をこじ開けることのできる存在かどうかを確かめるべく、本日は更なる篩にかける次第だ」
なんだこのふざけた野郎は、と鷲一は思わずにいられなかった。
しかし、鷲一の思いなど関係なく、独特の調子で男は言葉を紡いでいく。
「まあ真に求めている卵であれば、今日程度の試練などは、戯れ程度に乗り越えてもらわねば、困るのだがな。では定められた時までにあまり間もない、そろそろ始めるとしよう。と言っても、今頃諸君らの端末に、審査に関する全ての情報が送られていることであるし、私から説明することはないのだがな」
それを聞いて、鷲一は男の話を聞きつつ、端末を開いた。
すると、どうやら伏せられていた情報が全て開示され、その他、審査の内容や注意事項に関しては、新たに情報が追加されているようだった。
「では最後に一つ助言しておこう。思考を止めぬことだ。そうする限り、真に打開できない状況など、ほぼない。あるとしたら、ただ必要な情報が足りなかっただけのことだ。・・・そろそろだな、では予定通り、この世界で彼らの勝ち取った奇跡の欠片を、開戦の合図としよう。諸君らの検討を祈る!」
モニターから男の姿が消えたかと思った、次の瞬間、鷲一の視界が激しい光に包まれた。
鷲一が目を開けると、そこは周囲を木々に囲まれた緑の世界だった。
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◎シャイで小柄な女の子
名前:小河美波
年齢:16歳
身長:152cm