派学島
国立人材派遣学校、通称『派学』が
15年前に設立された当初の入学志望生徒数は、わずか500人弱であった。
いや正しくは、修学内容不明という前代未聞の学校に
入学したいモノ好きが500人弱もいたというべきかもしれない。
しかし15年後の現在は、120万人を超える人が入学志望するようになっていた。
この異常な志望生の増加には、大きく二つの理由がある。
一つは、卒業生の目覚しい活躍ぶりだ。
実際に活躍してる場面を見聞きすることはほぼ皆無と言ってもいいが、
その年収は、毎年メディアで取り上げられることからも分かるように、
かなり異常で、数千万円から数十億円にのぼると言われている。
もう一つは、生徒やその家庭への待遇の良さだ。
入学金や授業料などの学費が一切必要ないのである。
また全員が寮生活を強いられる代わりに、家賃や光熱費などもかからないなど、生活面もある程度保証されている。
かかる費用といったら食費の他に雑費くらいなので、受験者のうち、失業者や低所得者が占める割合も年々増加していたりもする。
そればかりか特待生には、特別待遇として、毎年一定金額を受け取る権利も与えられるなど、大盤振る舞いなのであった。
主にこの二つの理由からここまで入学志望生を伸ばしてきたのだ。
そういう待遇の良さがしつこく書かれている、派学の入学案内を電車に揺られながら、鷲一が読み返していると、聞き覚えのある声で誰かが話しかけてきた。
「よっ、シュウ!奇遇だな!」
「げっ、タケ」
「おいおい、その反応ひでぇなー、マジで泣くぞー」
「ごめんごめん、ついいつもの癖で・・・」
聞き覚えがあると思ったら、話しかけてきのは、家族以外で一番付き合いの長い、幼馴染の本城武志だった。
どうせこいつのことだから、駅で見かけたがすぐに声はかけず、しばらく跡をつけて、声をかけるタイミングを見計らってたのだろう。
長い付き合いなので、話しかけてきた時のニヤついた顔を見て、何となく察した。
昔からこういう無駄なことが好きなのだ、こいつは・・・。
「てかシュウ、なんで今さら派学の入学案内なんか見てるんだ?」
「いやほら、今日の最終審査の内容って、身体能力・知能審査としか知らされてないだろ。それにネットとか調べても、大した情報はなかったからな。入学案内なら、どっかに手がかりでもあるんじゃないかと思ってさ」
そう、今日3月3日は待ちに待った最終審査の日だ。
午前10時開始なので、余裕を持って1時間前に着くように朝早く起きて、
審査会場である東京の派学のキャンパスに向かっているところである。
「それにしても結局はみんな、金のことしか頭にないってことか。シュウ、世の中寂しいもんだなぁ」
脈絡が無かったので何のことかと一瞬思ったが、こっちの手元を覗き込みながら言っているので、どうやら俺が見ていた入学案内のことを言っているらしい。
確かに武志の言ってることはもっともだが、派学を志望している時点で、人のことは言えないだろと鷲一は思わずにはいられなかった。
「・・・何言ってんだ、お前もその一人だろうが」
「はぁ!?金のため!?違う違う、俺は・・・舞ちゃんへの愛のために行くんだよっ!!」
静かだった車内で武志が急に叫んだので、一緒にいる鷲一は同類だと思われたのか、周りから冷たい目で見られてしまった。
しれっと他人のふりをしようと思ったが、このままほっとくと、後から武志が拗ねて余計に面倒くさいので、ここは仕方なく付き合ってやることにした。
「分かった分かった、お前はほんとに舞のことが好きなんだなー(棒)」
「そうなんだよ。やっと分かってくれたのか、シュウ!では改めて・・・・・舞ちゃんを俺にください、お義兄さまっ!!」
「誰が、お前なんかにやるかっ!!」
やっぱり武志はあのまま放っておいた方が良かったと鷲一は後悔したのだった。
「っていうか、何でお前まで付いてきてんだよ。お前の組は明後日だっただろ」
今年は約4万人もの生徒が派学の最終審査を受けるので、受験生はそれぞれ4000人ずつ、10個の組に分けられて、3月1日から3月10日の10日間にわたって行われる最終審査にばらばらに振り分けられているのだ。
「あぁ、なんか俺の見間違いで、シュウと同じ組だったみたいだわ」
「・・・そりゃあ、偶然にしても出来過ぎだな・・・。しかし、タケが同じ組みとはなぁ。
お前と競い合うはめにならなきゃいいけど」
武志には、鷲一がどういうつもりでそう言ったのか分からなかった。
武志にとっては、二人共最終審査に残った時点で、鷲一はすでに同じ土俵で競い合うライバルであったからだ。
国立人材派遣学校。
どういう経緯で設立されることになったのか、設立から15年経った今でも詳しいことは公表されておらず、構想が発表された当初から様々な憶測が飛び交っている。
しかし、莫大な資財が投じられていることだけは誰が見ても明らかである。
その指標の一つとして、太平洋上のメガフロートに立地していることが挙げられるだろう。
俺たちは今、派学のあるメガフロートへと向かう船のデッキで、近づいてくる巨大な建造物に目を奪われていた。
「テレビとかで見たことあったけど、実際見ると結構すごいな!なんかテンション上がってきたぜ!」
「ああ、遠くで見てた時はそうでもないかと思ったけど、近づいて来るとやっぱ迫力あるな」
「よっしゃ、今日はいっちょやってやるぜー!!」
「ガキっぽいから、もっと静かにしてろよー、一緒にいる俺がハズいわ!」
武志みたいに、はしゃぐ気分ではなかったが、感想については鷲一も同意見だった。
ここ派学のあるメガフロートには、生活に必要になるであろう施設・店舗が一通り揃っていて、学校というより一つの都市の体をなしているので、外から見ると『海上に浮かぶ都市』といった感じであり、なかなか壮観なのだ。
ちなみになぜ、そこまで設備等が整っているかというと、派学に入学した生徒は、この『島』に上陸したと同時に、卒業まで一切島外への外出が禁止される―― 島外への連絡等は制限されているが、できないことはないみたいだ ――からである。
それも全部、修学内容に関しての機密保持が原因らしい。全く機密保持だか何だか知らないが、そこまでするかと思わなくはない。
まあ、一次審査の時に、派学入学に関する同意書を審査通過者はみんな書かされているので、今さら何を言っても仕方ないんだが・・・。
「なっシュウ、船にして正解だっただろ!」
「まあそうだな、緊張はちょっとほぐれたかもな」
ここ通称『派学島』に来るには3つの手段がある。
まず海上を船で向かう方法。時間は少しかかるが、一番一般的で、割安だ。
あとの二つは、空から向かう方法。ヘリか飛行機の二択がある。
そう、派学島にはヘリポートが複数あり、また小規模ながら空港もあるのだ。
小さい空港とは言え、滑走路があることを考えるとそれなりの大きさになるが、それでも派学島の4分の1くらいしかないらしいので、派学島はかなりの大きさであることが分かる。
「は?シュウお前、緊張なんかしてんのか!?俺なんか、緊張なんかする隙間がないくらい、舞ちゃんへの愛でいっぱいだぜ!!合格したら、俺の愛が届く気がするんだっ!!」
「はいはい、お前は相変わらず気楽でいいな。てか、いい加減静かにしろって」
俺はこのままでは電車での二の舞になりそうだなと思いつつ、恐る恐る周りを見回したが、デッキにはそれほど人影はなく、近くに人もいないので大丈夫そうだ。
今日は審査ということもあり、それなりの人が乗っているはずなのだが、どうやら多くの人は船内で英気を養っているらしい。
というか、俺も武志に誘われなければ、海上である上に冬ということもあってか、寒風吹き荒んでいる、こんなクソ寒いとこには出てこなかったんだが・・・。
「タケ、見たかったものは見れたし、そろそろ中に戻ろう。」
「なんか舞ちゃんへの愛を叫びたくなってきた!こういうの海に来たら、やるよな?お約束だよな?」
「いや、大人しくしてろ。てか、それ夏に浜辺でやるやつだから」
俺はちょっと語気を強めて言った。止めないとほんとにやりかねないからな、こいつは。
「あの、盛り上がってるところ、すいません。そこのお二方、ちょっとお時間よろしいですか?」
声をかけられたので振り返ってみると、そこには男二人、女一人の三人組が立っていた。
キリのいい所までだと長くなりそうだったので、途中で切りました。すいません・・・
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