絶望からのあがき
バイトを終えた鷲一は、家には帰らず、そのまま妹が入院している病院へ向かうため、電車に揺られていた。
舞を自分の手で救うと決めたあの日から鷲一は、とりあえず手当たり次第にやれることをやり始めた。
放課後のバイトも舞の入院費用を少しでも助けるために、できるだけシフトを入れ、
―― 母親は相変わらず舞に付きっきりだし、父親は馬車馬のように仕事ばかりしているため ――すっかり自分の担当になった家での家事をこなしつつ、節約生活を送り、
また舞や自分の友達、親戚と協力して、駅前など人通りの多いところで募金活動したり、
さらに時間があれば、お見舞いにも通っていた。
周りはそんな鷲一に感心し、今までの評価を改めて始めていた。
しかし、今の鷲一はそんなことは全く気にも留めていなかった。
なぜなら、肝心の問題の解決法が全く見い出せていなかったからだ。
実際問題、現状は最悪としか言い様がないものだった。
まず、時間の問題だ。
数少ないが、同じ病状の患者の症例から判断すると、
舞の寿命は約十数年、そして治療にかかる時間は数年、
つまり、最低でも十年以内には治療を始めなければ、手遅れになるということだ。
もう一つは、費用の問題だ。
今、舞の入院や検査等にかかる費用は、親父が払っている。
親父が元気な限り、それは問題ないだろう。しかし、問題なのは、治療費だ。
治療費の数億円。とてもただのサラリーマンの親父に払える金額ではない。
少しでも足しになればと募金活動は続けているが、正直期待していたほどの成果は出ていない。
しかも、時間的問題と合わせて考えると、
数年間で数億円もの費用を捻出しなければならないことになる。
たぶん国会議員とか、大病院の医院長とか、大企業の社長とか限られた人間じゃないと無理な話だろう。
とても一般人の手に負える問題ではない。
だが鷲一は、舞の夢を実現させてやるためにも諦めるわけにはいかなかった。
そして、ようやくほとんど唯一と言っていいほどの解決法に出会った。
一時期本気で宝くじに頼ろうとして、さすがに無謀すぎると考え直し、断念したこともあった。
結局、ほとんど不可能な問題を解決するためには、ある程度の博打が必要だと判断し、
挑戦するにはちょうど良いくらいの『派学』という賭けに出ることにしたのだ。
あの時はほとんど自棄やけくそだったが、
一次、二次を通過した今から考えれば、正しい選択だったのだろうと鷲一は思う。
しかしまだ、入学できるわけじゃない。
最終審査がまだ残っているのだ。
最終審査は、ちょうど来週から始まる。
そこで、120万人超から約4万人に絞られた受験生がさらに2000人まで絞られることになる。
一次審査から考えると倍率およそ600倍以上、受験としては途方もない倍率だ。
だがここまで来たら、もう俺はふるい落とされるわけにはいかない。
舞を救うにはもうこれしか、この方法しか残されていなのだから・・・。
と物思いに耽ふけっているうちに、病院の最寄りの駅に着いた。
舞が入院してからもうすぐ一年半になる。
舞は周りが心配していたほど、目に見えて衰弱することはなかった。
それどころか本人は入院で元気を持て余しているか、
たまの外出日には、日頃の鬱憤を晴らすように外ではしゃぎまわっている。
正直、高校一年にもなるのに子供っぽいやつだとは思うが、
ストレス発散になるのならと、鷲一も舞の憂さ晴らし―― 鬼ごっこ等 ――に付き合っている。
ちなみに、武志は進んで参加している。
すっかり通い慣れた病室の前まで来ると、病室の中から楽しそうな話し声が聞こえてきた。
(あれっ?今日は、母さんは来ないはずだけど、誰か来てるのか?)
鷲一がドアを開けてみると、本城武志こと通称タケ―― 仲のいいやつはみんなそう呼んでいる ――が、舞と楽しそうに話していた。
「なんだ、タケ来てたのか」
鷲一の発言が気に入らなかったのか、武志はむすっとした態度で答えた。
「なんだとは、失礼なやつだな。せっかく親友が舞ちゃんのお見舞いに来てるっていうのによー」
「そうだよおにぃ、お見舞いに来てくれた人に向かって、そんな態度とっちゃダメだよ!」
舞に会いたくて来ただけの武志の態度には、言いたいことが山ほどあったが、確かに見舞いに来た人への態度ではなかったかもしれないと思い、鷲一はすぐに態度を改めた。
「悪い悪い、いつもの癖でな。次からは気をつけるよ」
「まあ今回はタケちゃんだったから良かったけど、ほかの人にはくれぐれも気をつけてよね!」
「そうそう、俺だから良かったんだぞ・・・・って、俺はいいのかっ!?」
「・・・・ところでおにぃ、タケちゃんも派学へ入学志望だって知ってた?」
味方だと思っていた舞の思わぬ裏切りにあったのにもかかわらず、
とっさに見事なノリツッコミを返す武志だったが、健闘むなしく、舞には見事にスルーされていた。
かといって、鷲一にもここで武志を気遣う気は全くないので、舞の作った流れに逆らわず、会話を続ける。
「ああ、さっき喫茶店で秋ねぇと会った時に聞いたよ。しかも、最終審査まで残ってるとはな、正直驚いたよ」
「だよねー。私にも今まで黙ってたみたいだし、でもこれで、もしタケちゃんが最終審査に合格したら、おにぃは派学へ行かなくて済むね」
またそれかと鷲一は思わずにはいられなかった。
派学へ進学することを初めて伝えた時から、舞はずっと反対しているのだ。
どうやら自分の夢のために兄を犠牲にしたくないと考えているようだが、
鷲一は、たとえ誰に反対されようと決心を変えるつもりはなかった。
「何度も言うが、別に俺は舞の夢の犠牲になるわけじゃない。ただ俺は兄貴として、妹の願いを叶えるためにこの道へ進むって決めたんだ!それが今の俺の夢とい言ってもいいくらいだ。だから舞、お前が心配することじゃない」
「おにぃはそう言うけど・・・・」
「はいはいはい、ストップ、ストーーーップ!!なんか盛り上げってるとこ悪いんだけど、舞ちゃんを救うのはこの俺だからっ!そして、絶望の底から救い出された舞ちゃんは、感動のあまり俺に心を奪われ、そして二人はあっつーーーい愛の絆で結ばれることにっ!!」
今日ばかりは、いつものテンションで、変な空気をぶち壊してくれた武志には感謝したいところだが、
武志を見る舞の目がいつも以上に怖かったので、鷲一は武志をスルーして、早々に退散することにした。
「じゃあ俺は帰るから。次来るときは、最終審査の結果の報告に来るからな」
「うん、分かった。おにぃ・・・・・無理だけはしないでね!」
とりあえず舞は、俺が最終審査を受けることには納得してくれたようだ。
まあ実際のところ、こうして一度納得したような態度でいても、
またしばらくすると、やんわりと反対されるだろうから、
―― それがここ最近、鷲一と舞が繰り返しているパターンなのだ ――
本心では納得していないのかもしれないが・・・。
まあ今はそれでよしとしておこう。
「おう!期待しないで待っててくれっ!」
「っておーーい、ちょっと待てよー、シュウ!!じゃあ俺も帰るよ。舞ちゃんまた明日ー!」
「タケちゃんは毎日来てるんだから、もうしばらく来なくてもいいよー!」
二人が病室からいなくなって、舞はふうっとため息をついて、
さきほど口に出せなかった思いをつぶやいた。
「やっぱりおにぃには、本当にやりたいことをやってほしいな・・・・」
どうしても自分の夢が鷲一をしばっているとしか舞には思えないのだった・・・。
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