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忍び寄る影

鷲一は悩んでいた。

現在、身を隠すべく木の上にいるのだが、少し離れたところで、賑やかな逃走劇が繰り広げられているのだ。


こちらは木の上に隠れ、気配を消しているので、向こうは気づいていないだろうから、別にこのまま見ていても構わないのだが、問題は追いかけられている方が、顔見知りであることだった。



もしこれが鷲一ではなく、武志であれば、一も二もなく、すぐさま助けに入っているだろう。

だが、鷲一は武志ほど、直情的にはなれず、どうしてもリスクリターンを考えてしまう性分なので、今はただ黙って見ている状況というだった。




今日初めて顔を合わせ、わずかな時間しか一緒にいなかったと言っても、顔見知りであるのは間違いないので、本音を言えば、鷲一だって、助けに入りたいのはやまやまだったが、その場合、リターンに比べて、リスクが高すぎるのだ。



もちろん、追いかけている青年程度なら、見ている限り、大した相手ではなさそうなので、たとえ女の子をかばいながらであっても、自分なら問題なく対処できるだろう。



しかし、あれだけ目立っているのだから、助けに入っているうちに他の受験生が現れる可能性が高いし、仮に助けたとしても、その後、そのまま放り出すわけにもいかないので、一緒に行動するとなれば、それはそれで行動しづらくなる。

まあ、あの青年が予想もしない装備を持っている可能性もあるし、リスクを挙げだしたら、キリはないのだが。



木の上で逃走劇を眺めながら、凄まじく頭を回転させ、リスクリターンを計算していた鷲一だったが、ふと本音を呟いた。


「・・・よく変な男に絡まれる女の子だなぁ」


その瞬間、なんの因果か、不運にも逃げていた女の子が木の根に足を取られ、転倒したのだった。



その光景が目の前で起こったと同時に、鷲一は反射的に飛び出してしまっていた。

高さ三メートルくらいの位置から飛び降りた鷲一は、全身を使って、着地の衝撃を完全に殺しつつ、そのまま、青年と女の子が対峙している場所へと駆け出す。



そんな行動を取りながら、鷲一の頭の中は、自分もまだまだだなぁという感情に支配されていた。



転倒する女の子の姿を目にした時、一瞬その姿が、妹の舞と重なって見えてしまったのだ。

その瞬間、冷静にリスクを計算していた鷲一の思考は彼方へと吹き飛び、我を忘れて飛び出してしまったのであった。



行動してしまったからには仕方ない、速攻で片付けて、誰か他の人が現れる前に速攻で隠れるだけだと考え、ふたりの元へ向かう足をさらに速めた。



鷲一がいたところから二人が向かい合っている所まで、二十メートル強というところだったが、鷲一の脚力をもってしても、直線で進んで、ギリギリ間に合うかどうかというところだった。


本音を言えば、別に二人が接触するまでに、間に合う必要はないと心のどこかでは思ってもいたが、一瞬でも妹と姿が重なって見えた女の子を、鷲一はむざむざと好きにさせるつもりはなかった。



冷静ないつもの鷲一なら、奇襲するために大回りして、青年の背後を取っただろうが、今回は仕方なく、青年と女の子の間に割り込んだ。

しかし、そのかいあってか、何とか二人が接触する前に間に合うことができた。



青年は途中で邪魔が入るとは全く思ってなかったようで、明らかに狼狽ろうばいしていた。


「だ、誰だ、お前っ!」


鷲一としては別に答えてやる義理もなかったが、後ろの女の子を落ち着かせる時間も欲しかったので、少し会話してやることにした。



「この女の子は一応、知り合いなんでな。悪いが、邪魔させてもらう」

「・・・くそっ・・・仲間がいたのかっ!」



どうやら仲間と勘違いしているようだが、どうせこれから一緒に行動することになるだろうし、大きく間違ってはいないので、訂正することなく無視して、後ろの女の子に話しかける。



「・・・確か、小河さんだったっけ。とりあえず、逃げる準備だけしてくれ」

「・・・・・は、はい・・・・」


か細く頼りない返事だったが、一応向こうもこっちのことを覚えていたのか、鷲一の指示通り、逃げるために立ち上がり始めた。



「くそっ、僕を無視するなあぁぁぁ!!!」



今まで圧倒的に優位な立場で、獲物を狩る側だった青年は、途端に無視されるような存在になったことに憤慨し、怒声を発しながら、鷲一へと殴りかかってきた。



鷲一としては、その行動はありがたかった。

たとえ格下であっても、こちらから仕掛けるとなれば、万が一、こちらのライフを削られる可能性もあったのだ。


しかし、向こうから仕掛けてくれるのなら、話は別である。

人は攻撃を仕掛ける時、それがどんな達人であっても、隙が必ず生まれるものだ。



その隙を利用すれば、こちらに有利な状況に持ち込みやすいし、その後の攻防も数手だが、読みやすくなるのだ。

それが喧嘩もしたことのないような素人ならば、なおさらだった。



鷲一から見れば、いや、少し武道をかじったくらいの人間から見ても、青年のそれは、隙だらけの攻撃だった。

一応、審査のルールは把握しているようで、グローブをサポーターに当てようとしているのが分かるが、正直それはあまり意味がない。



この審査はある程度の暴力が暗に認められている。

そのため、この審査での戦いは、いかに相手の攻撃手段を奪い、そして動きを封じるか、または動きを制限するかが重要なのである。


その点から言って、青年の攻撃は素人技どうこう以前に、明らかに間違った攻撃だった。



右手のグローブでこちらの左ひじのサポーターを狙うその攻撃は、別に対処するまでもないものだったが、まんまと青年の思惑通り、こちらのライフを削られるのも気に食わなかったので、鷲一は左手で青年の右拳を掴みとり、外側へとそらした。


そして、そのまま、青年の懐へ、腰を落としながら踏み込み、右ひじを青年の腹へと叩き込んだ。



鷲一が飛び退くと同時に、青年は鷲一に右手を掴まれたまま、膝をついた。

大人しい見た目通り、殴り合いの経験なんかなかったのか、痛みですぐには立てないようだった。


だが、相変わらず鷲一に容赦などなかった。

左手で、青年の右手のグローブを掴み、そのまま俯いて痛みに苦しんでいる青年の顔を下から蹴り飛ばした。


絶妙に力加減と方向を調整されていたので、青年は右手のグローブを蹴りの勢いで外されながら、そのまま吹き飛び、仰向けに倒れた。

おそらく脳震盪のうしんとうでしばらく動けないであろう、青年に近づき、鷲一は左手にあるグローブも剥ぎ取った。

気絶させる時間も惜しかったので、武器を奪うだけにしたのだ。



そして、もう青年に用はないとばかりに、背を向け、美波の方へ歩み寄った。



一部始終を見ていて、自分を助けるためとはいえ、かなりえげつないことをした鷲一に、恐怖を覚えたのだろう、鷲一が近づいて来るのを見た美波は、反射的に後ずさった。

それを見て、美波の近くに歩み寄るのをやめ、その場で呼びかけた。


「小河さん、俺の名前は倉田鷲一、一度会ったんだけど、覚えてるかな?」

「・・・・・・はい・・・」

「そうか、ならいいんだ。よしっ、とりあえず、ここは人が集まってくるかもしれないから危険だ。すぐ離れよう。急いで悪いが、少し走れるか?」



その言葉にこちらを気遣うような響きが含まれているのを、確かに感じ取った美波は、先程までの恐怖を少し忘れ、何とか返答することができた。



「は、はい・・・・あと、助けてくれて・・・あ、ありがとうございます」

「いやまあ、これも何かの縁だ。一緒に行こう。・・・じゃあ行く方を決めるか。ディア、何かいい案はあるか?」

『森の浅い部分は、人が多いから、一旦、森の奥に進むべきなのよ~』


森の浅い部分、つまり草原に近い辺りは、草原からこちらに入ってくる者がいるため、必然的に人が密集することになると予測できるのだ。



「だな、俺も同感だ。じゃあ、案内してくれ。・・・・ああ、そういえば小河さんには聞こえないのか・・・・不便だな」

『じゃあ、AIを統合・同期すればいいのよ~』

「そんなことできるのか?」

『お互いの承認があれば、スペックが上の方に統合、同期して共有できるのよ~』



これから一緒に行動することになるであろう二人にとって、必要なことだと判断した鷲一は、早速美波に提案した。

初めは戸惑った美波だったが、説明を聞いていくうち、その方が便利だと思ったので、承認することにした。


そして、数秒の読み込みのあと、美波のAIはディアに統合され、ディアのサポートを美波も受けられるようになったのだった。



しかし、美波はSⅢレベルのAIしか知らなかったため、視界に実体化したその姿に驚愕していた。


「これが・・・・AI?」

『ディアなのよ~。特別に呼ぶことを許してあげるのよ~』

「・・・・あ、ありがとう・・・ディアちゃん、かわいいね・・・」



昔から低姿勢で生きてきた美波は、AIであるにも関わらず、初対面で上から目線のディアに全く違和感を持たなかった。

一方、AIらしさが皆無である、ディアは美波に褒められたことにすっかり上機嫌になっていた。



『あなた、なかなか分かってるのよ~。特別にミナミって、呼んであげるのよ~』

「ありがとう、ディアちゃん」



AIっぽくない返しに美波がツッコミをいれることもなく、二人はなぜかほのぼの空間を生み出しつつあったが、鷲一はそんなことはお構いなしに、割って入った。



「おい、もたもたしてる暇はない。そろそろ、ここを離れるぞ。小河さん、ディアが案内してくれるから、それについて行ってくれ」

「う、うん・・・分かった・・・」

『じゃあ、案内するから、付いてくるのよ~』


視界の中で飛んでいくディアを美波が追いかけたのを見て、鷲一も後に続こうとした。




その瞬間、研ぎ澄まされた鷲一の感覚が、背後に忍び寄る、何者かの微かな気配を捉えた。


次回、鷲一がピンチに!?


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