逃げる女、追う男
時は受験生たちが、とある孤島に放り出されたばかりの頃に遡り、視点は小河美波へと移る。
「お姉ちゃん、見ててね。み、美波、頑張るからっ」
姉の言葉を思い出し、少し冷静になれた美波だったが、元来の性格的に、非常時に強いタイプではないため、何をすべきか、判断がつかず、初めに取った行動は、とりあえず方向を決めてひたすら歩くという、無計画なものだった。
森の中は、三月ということもあってか、幸いにもそこまで草が生い茂っている感じでもなかったため、森の中を歩いた経験の全くない美波でも、さほど苦労することなく進むことができた。
しかし、どれだけ進んでも、辺りの景色はほとんど変わらないので、そのうち自分がまっすぐ進んでいるのか、方向感覚もあやしくなってきた。
歩き始めてから三十分ほど経った頃、どことも知れない場所に一人でいる不安と、慣れない森を歩く疲労で、美波はついに動けなくなってしまっていた。
「これから・・・どうすれば・・・・・お姉ちゃん・・・」
姉がいなくなって二年以上の月日が経っても、美波の心の拠り所は、相変わらず姉だった。
だが、いつも自分を助けてくれた姉はもういないし、他に助けてくれる人も、今は誰もいない。
自分で選んだこの道だが、審査が始まってから三十分程度であるにも関わらず、美波の心は再び折れかかっていた。
近くにあった木を背にして、膝を抱え、すっかり座り込んでしまった美波は、顔を伏せ、そのまましばらくすすり泣いたのだった。
どれくらい経ったであろうか、泣いたせいか、少し気分を持ち直した美波は、見ていなかった端末を確認してみることにした。
ホールではじっくりと確認していた端末だったが、この場所に来てから、一度も見ていないことを思い出したのだ。
ダメ元のつもりだったが、起動してみると、審査が始まったことにより、情報制限が解除され、いろいろな情報が追加されていた。
何か手がかりがないか、必死に情報を確認していると、突然画面に『サポートAIを起動しますか?』というメッセージが表示されたので、少し怯えつつも、起動してみることにした。
数秒の読み込みの後、突然、端末から音声が発せられた。
『サポートAI起動完了しました。私の認識番号はSⅢ‐1622です。何かあれば、お申し付けください』
それは平坦で感情を感じさせない音声だったが、一人きりでどうしようもなかった美波には神のお告げの如く聞こえたのだった。
「な、何でも、聞いていいんですか?」
『はい、可能な限り対応いたします』
「じゃあ・・・・わたし・・・どうすればいいですか?」
藁にもすがる思いで尋ねた美波だったが、SⅢランクのAIには、難しい問いだった。
『すいません、私には判断出来かねます。せめて目的を設定していただければ、お応えできる可能性はございます』
「目的・・・・」
そういえば、改めて聞かれてみると、何も方針を決めていなかったことを思い出す。
「じゃあ・・・・こ、ここはどこか、分かりますか?」
『ここは国立人材派遣学校の所有する、とある海域の無人島です』
一応知っていて損はない情報だったが、それは今、美波の欲しい情報とは違っていた。
「えっと・・・・その島の中で・・・・今いるところが、どこか知りたいんです・・・・」
『現在のマッピング完了状況は1%ですので、情報が足りず、判断できません』
一番期待していたところだったので、そう返ってきた時の美波のショックは大きかった。
「そうですか・・・じゃあどっちに進めば・・・・森を抜けられる・・・とかも分かりませんか?」
『はい、マップデータが不足しているため、判断できません』
「そうですか・・・・」
どうにも進行方向に関する情報は得られそうにないと分かると、改めて落ち込んだが、一応、話し相手のようなものを得た美波は、どこか安心感も感じていた。
それから、しばらくサポートAIにいろいろ質問―― 実際は会話をして、不安を紛らわせたかっただけだが ――して、ある程度情報は得た美波だった。
サポートAIへの質問タイムを終え、端末とメガネ型補助デバイスを接続して、視界の端に映る時刻を確認したのは、もう午前十二時の十五前という頃だった。
初めサポートAIに審査内容がサバイバルと聞いた時、このままここで審査が終わるまで隠れていようかと真剣に考えた。
しかし、自分を変えるため、憧れの姉に少しでも近づくため、審査に参加した今の美波に、そんな消極的な行動を取るつもりはなかった。
そして、また当てもなく、美波は森の中を彷徨い始める。。
その五分後、美波は、審査が開始してから初めて、他の受験生と遭遇したのだった。
その邂逅は美波にとって不運だっただろうが、それは別に不運でも何でもなく、むしろ今まで誰とも遭遇してなかったのが幸運なだけだった。
遭遇したその受験生は、中肉中背で、二十歳くらいの大人しそうな青年だった。
もちろん、美波は初対面の人に対して、いきなり話しかけられるような女の子ではないので、先に口を開いたのは、青年の方だった。
「君、派学受けた人でいいんだよね?」
青年は審査がサバイバルということをちゃんと理解していて、相手が美波のような女の子でも躊躇する気はないのだろう。
そう問いかけながらも、臨戦態勢のまま、少しずつ近寄り始めた。
一方の美波だが、いざとなると、どうしても逃げ腰になってしまうような性格なので、青年が近づき始めた瞬間にはもう、背を向けて、全速力で逃げ出したのだった。
こと戦いにおいて、美波が青年に勝てる可能性は皆無だったので、逃げるという選択肢は、間違いではなかったかもしれない。
意外な俊敏性を見せた美波に対して、青年はそのあまりの見事な退散っぷりに、唖然とし、一瞬固まってしまったが、すぐさま我に返った。
初め青年は、どう見ても、相手が年下の女の子であるのは、明らかだっため、少し攻撃したら逃がすつもりだったのだが、その思惑は外れ、見事に逃走を許す形になってしまったので、すっかり頭に血がのぼっていた。
そして、獲物を追い立てるように大声で叫びながら、追走を開始したのだった。
途端に始まった逃走劇だったが、相手が自分より遥かに体力も身体能力もある、若い男であった、美波にはかなり不利な状況だった。
実際、それらの差は歴然で、見る見るうちに距離は詰まっていった。
美波は恐怖していた。
脇目も振らず逃げているため、姿は見えていないが、先ほどの青年があげているであろう大声が、刻一刻と迫ってきているのが、はっきりと分かるのだ。
手足を振り乱して、必死に走りながら、とっさに逃げてしまったのは、間違いだったかもしれないと、美波は思い始めていた。
そんな逃走劇は突然、終わりを告げた。
逃げるうち、美波の目に涙が浮かんできたため、視界がぼやけ、木の根に足を取られて転んでしまったのだ。
それがなくても、そのうち青年は追いついていただろうが、それでももう少し時間はかかっていただろう。
転んだ女の子を見て、追いかけていた青年は、もう獲物を仕留めた気になって、ゆっくりと歩いて近づきながら、悠長に話し始めた。
「君が悪いんだ。逃げなかったら、僕もここまでする気はなかったのに」
「・・・・・・・・・・」
「謝ったら、許してあげようかと思ったけど、もうやめた、徹底的にやるよ。・・・でも僕も審査だから仕方なくやるんだ。・・・悪く思わないでくれよ・・・」
その言葉を聞いて、美波は覚悟したが、その瞬間は来なかった。
恐る恐る青年の方を見ると、誰かが青年と自分の間に立っている後ろ姿が、美波のぼやけた視界に映った。
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○サポートAIのランク
Sの後についているローマ数字がランクを表していて、SⅤが一番高く、SⅠが一番低い。
ランクが高いものほど、スペックが高く、サポート性能に優れている。
また、SⅤより上の性能のAIも、数少ないが存在する。
今回は美波視点でした。
次回はまた主人公視点に戻ります!




