表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

 わたしが。


 異世界に?



  

 職員が『異世界』の話をすると、がぜん話がほんものじみてくる。ただのホラだと思っていたのに。心の中でワンに謝る。

 


 異世界。


 どんな所なんだろう。

 気がついたら首をたてに振っていた。


「そんなに目をシロクロさせて」


 男の人が苦笑いする。そうすると、意地悪い笑い方をしたときと比べてとても優しそうに見える。


「いいよ。僕がきみを連れて行ってあげる」


 自分の目がまんまるになったのを感じた。


「あなたが?」


「そう、行こうと思えば行けない訳じゃない。特定の手順を踏む必要があるけどね」


 どうやら異世界はほんとうに存在するらしい。

 少なくとも、肩をすくめてそう断言するこの職員はそう信じているようだった。


「二三日後に出発しよう。僕のことはアタラと呼んでくれ」


 脳内を混乱させるわたしとは裏腹に、職員は飄々とそういうと、わたしを残して部屋をでていった。


 扉を閉めるその音がまるで、わたしを閉じ込める音のように聞こえた。



 *



 もし、異世界に行くとしたらわたしが五人の中では初になるんじゃないだろうか。だれかに相談しようとは思わなかった。

 ワンなら信じてくれたかもしれないのに。


 言うなら、アタラが本気で言っているとも思ってなかったのだ。



「さあ、行こうか」


 二日後。


 早朝、男の人、アタラはわたしを個室まで迎えにきた。


 まさかほんとうに来るとは思ってなかった。

 ノックがしたと思って、扉をあけたらこの有様だ。


 アタラは相変わらずの白衣だ。


「え…、え…、……え?!」


 わたしは魚のように口をぱくぱくさせた。


「ホラ、行くよ」


 アタラは強引にわたしの手をつかむと、そのまま三階から一階まで降り、玄関をぬけ、外に出た。そして、普段は防砂用に閉められている扉の前に着く。


 アタラは胸ポケットから小さな鍵をとりだすと、鍵穴に回す。


 今までは固く閉じられていた扉があっさり開いた。


「この先に、異世界があるの?」


 わたしの疑問に答える。


「この先は、機械で移動するんだ。『異世界』はここから遠い場所にあるからね」


 アタラの言う通り、車輪のついたハコのようなものが置いてあった。

 中は覗けないけど、ガラスが張ってある。


「さあ、乗って」


 アタラがどういう仕組みか、ドアらしきものを開けてくれた。

 おそるおそる乗り込む。中は小さな、部屋のようになっていた。壁に密着した小さなソファが置いてある。


 前の突起部分に職人の一人が向かった。


 わたしはアタラと隣同士に座る。

 アタラが扉を閉めてくれた。


 やがて起動音がして、機械自体が移動しているのか振動する。


 そわそわする。

 

 緊張感を紛らわせる為に、わたしはアタラに聞いた。


「他の職員は異世界がある事を知っているんですか?」


「さあね。君たちはどう聞いているの?」


「おとぎ話のようなものだと聞いています」


「じゃあ、そんなものだと認識しているのもしれないね。ところで、きみは敬語を喋る事にしたの?」


 どうやら、わたしの変化に気がついたらしい。


「まあ、はい。職員さんなので」


 なんか照れる。

 そういうのはいちいち聞かないでほしい。


「そんなの、どうでもいいのに」


 心底、どうでもよさそうにアタラは言った。

 笑顔だった。




 アタラが目的とするらしき場所についたのは一時間もたったころの事だった。

 ついたよ、との声にうとうとしていたわたしは目を覚ます。


「案外、しぶといんだね。はじめて車に乗ったら、もっと卒倒するかと思ってたよ」


「これ、クルマっていうんですか」


 わたしはアタラのからかいをスルーする事にした。彼は首肯でそれに答える。


「…ねえ、異世界にはわたしが知らない事がいっぱいあるの?」


 アタラは首を傾げる。


「世の中の事をすべて知っている人間なんてそうそういないよ。ソクラテスは言ったんだ。自分はなにも知っていない事を知っていると」


「ソクラテス?」


 誰の事だろう。

 職員?


 アタラはああ、と何かに気がついたようで、ちいさくため息をついた。


「きみたちは、歴史を知らないんだっけ」


 小声でなにかを呟く。


「なんですか?」


 アタラはほほ笑むと、わたしに手を差し伸べた。



「さあ、行こうか。異世界だ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ