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 きっと、だからじゃないだろうか。

 

 たぶん、そう。


 だから、わたしはアタラもみんなも見捨てる訳にはいかないのだ。



「ごめん。シュン。わたし、もどる」


 わたしは涙を袖でぬぐう。


 シュンは大きなため息をついた。


「アンタさ、それで後悔しないの?」


 完全に冷めた声音だった。

 わたしは頷く。


「そっか。なら、行けば?」


「うん…ありがとう」


 わたしは今来た道を戻り始めた。

 ふらふらと足が震えるが、そんな場合じゃないと叱咤する。


 もう一度後ろから大きなため息が聞こえた。

 きっとシュンはもうあきれ果てて、もう二度と口を聞いてくれないだろう。

 それでも仕方がないと思った。


「…マジかよ。おい、待て!」


 シュンがわたしを呼び止める。


「表口までクルマで行った方が早い。早くのれ!」


 シュンは乱暴にわたしを引っぱり、クルマに押し込むとすごいスピードで運転し始めた。



「あ、あぶないよ」


「だいじょうぶだ。今まで事故は起こした事ない。堅実な不良なんだよ」


「なにそれ」


 砂塵が舞い上がり、前が見えない。

 頭がくらくらしてきた。


 くらくらが、目眩に変わって、体の中身が全部出るかと思ったとき。


「つっこむぞ」


 シュンの大声がした、思ったら準備する間もなく、すさまじい衝撃が体を襲う。


 布を引き裂くようなタイヤのブレーキ音。


 座席の前から出て来た白いクッションがわたしを受け止めた。


 どうやら、垣根をむりやりに押し進んだ結果、1棟の前に出たらしかった。


 1棟の前にはどこから湧いて来たのか紺色の人たちがわらわらといて、なにか叫んでいる。その背中には『警察』と書いてあった。


 いまだにくらくらする中、シュンがわたしの腕を引っ張って立たせると、叫ぶ。


「ほら、行ってこい」


「う、うん!」


 わたしは紺色の人たちをかき分けて、駆け出した。




 1棟と2棟は距離がある。


 全速力で走る。


 たぶん、みんな2棟にいるだろうと思ったのだ。


 案の定、先に1棟と3棟に回っているらしき『警察』の手はまだ届いていないみたいで、遠くからアタラとワンと他の子供たちの姿が視界に入った。


 アタラはワンに捕まり、棟の前で跪かされている。

 いまにもワンはアタラをどうにかしてしまいそうだった。





「他の職員をなぜ逃がした」


 ワンが苦々しげに問う。


「さすがに皆殺しじゃかわいそうだと思ったからさ」


「あんな人殺しの連中が?」


 生きている価値もない、ワンはそう吐き捨てた。


「でも、好きだったんだろう?」


 その殺伐とした空気に、これほどまでに似合わない言葉もなかっただろう。アタラは優しくほほえんだ。


「彼女のことが」


 気を失っているのか、死んでしまっているのか。

 アタラは地面に伏してしまっている同僚を見遣った。


「ふざけるな!」


 ワンは途端、いまにも締め上げんばかりにアタラを両手で吊るし上げる。


「俺の、俺たちの…『家族』を『研究』でなんて、大勢殺しておいて、それで済むと思っているのか。昔に死んだ皆も、フォーも全部、…職員のせいなんだろ」


「そうだよ」


 アタラは認めた。

 分かっていただろうに。


 改めてショックを受けたのか、ワンはふらふらとその腕を下ろした。その表情は、笑っているようにも、泣き出しそうでもある。


 下ろされた途端、アタラは咳き込む。

 しかし、その咳が落ち着くと、射抜くようにしてワンを見上げる。


 有無を言わせない強さだった。

 ワンも心のどこかで認めているのかもしれない。自分がどうやって暮らして来ていたかを。

 その上で判断を下す。

 まわりの人間に、よく聞こえるように、大きな声で宣言した。


「職員…アタラを殺す」




 ワンが鉄のパイプのようなものをふりかぶる。

 間に合え。

 間に合え。

 間に合え!


「アタラ!」


 力の限り叫ぶ。

 ワンが一瞬動きを止めた。

 アタラもわたしの姿を見て、呆けたような顔をする。


「やめて!」


 アタラとワンの間に滑り込む。


「これ以上、乱暴しないで」


「下がってろ、サン」


 歯を剥き出しにして、唸るようにして言うワンと、絶対譲らないという構えのわたしが対峙する。


「傷つけちゃだめ」


「どうしてだよ!」


「アラタだけが悪い訳じゃない。だって、わたしたち、幸せだったじゃない。ここで、暮らして。アラタだけが、わるいワケじゃあ、きっとないの」


 わたしはワンにそう言い切った。


「そうでしょう? アタラ」


 対峙したまま後ろに確認するわたしにアタラは言う。


「…さあね。でも、僕がきみたちの立場だったら、こう言うだろう。ぜんぶ、お前たちのせいだ、とね。そして、それが一番の正解だ」


 こういう時でもアタラは自分のペースを崩さないらしい。


 でも、このままじゃあ、アタラは殺されてしまう。それじゃあ、だめだ。

 

 殺されるのがアタラだからじゃない。

 人は、傷つけちゃ、ダメなのだ。

 きっと。


 でも、どう説得していいか、分からない。


 結局、一番大事な時もわたしはどうしたらいいのか迷ってしまう。

 アタラもワンも他のみんなもわたしに注目している。痛いくらい視線を感じる。


 わたしは声を絞り出した。


「イヤなの…これ以上、みんなが争うのはイヤなの」


 これ以上ないくらいにきっと、薄汚い言葉だった。

 それでも、本心だった。


「……」


 ワンは黙りこくったままだ。

 

「じゃあ、私たちはどうすればいいのよ!」


 誰かが叫んだ。


「分からないけど、これは、ちがう」


 思いが言葉にならない。

 へたくそすぎて、これじゃあ、伝わらない。


 それでも、ひるむ訳にはいかなかった。

 対峙したまま、言葉を探す。


 わたしの言葉に納得できず、暴れようとする皆を、ワンが片手で制した。すると、みんな不承不承ながらもそれに従った。


「…それが、サンの答えか?」


 ワンが最後通牒を突きつけるようにして、わたしに問う。


「そう。…これがわたしの答え」


 目をそらさない。

 できるだけ真摯に、言葉以上のモノが伝わるように、わたしの全身全霊をかけて言った。


 空気が振動して、ワンの苦笑が伝わってきた。


「サンは、ほんとに卑怯だなあ」


「…ごめん」


「いいよ。許す」


 ワンはわたしの後ろに居るアタラに言った。


「今後一切、職員は俺たちに関わらないでくれ」


 それだけ言うと、みんな、いくぞ、と他の人たちを連れて棟から離れていった。




「きみはなんでここにいるんだ?」


 残されたアタラが呆けた顔をしてわたしの肩をつかむ。

 そして、シュンが後ろから来るのを認めると、鬼のような形相をして彼を睨んだ。


「きみに頼んだはずだが?」


「じょうがないだろ。戻りたいっていわれちまったんだから」


 なぜかあちこち傷だらけになったショウがそう言った。

 アタラは大きくため息をつくと、「ガキめ」と彼らしくない罵倒を口にした。


「アタラ…メガネをかけていないんですか?」


 わたしは気になった事を聞いた。

 アタラは片手で顔を覆うとため息を着いた。


「そういえばさっき吹き飛ばされたみたいだ。ていうか、そんなことはどうでもいいから、きみは帰りなよ」


「どこに?」


「どこに…って。そのためにきみを彼の所に送り出したんじゃないか」


 そう言って、シュンを指差す。


「ちがいます。わたしの場所はわたしで決めます。勝手にきめないで」


 わたしは離すまい、と白衣の袖を握った。

 アタラは困りきったように天を仰いだ。


「きみはここにいると、偏見や差別に晒される事になるんだぞ。…といってももう手遅れか」


 アタラがワンたちが消えた方とは別の方角からやってくる紺色の人たちを見つめながら言う。


「そうです。手遅れです。だから、アタラ。わたしはあなたと一緒にいきます。置いていったら許しません」


 わたしが断言すると、今度こそアタラは困ったように両手で目を覆った。


「きみはなんにも分かっていないだろう」


「わたしが何も分かっていないというのは、分かります。それに、アタラはぜんぜん優しくないっていうことにも気がつきました」


「ひどいなあ」


 優しくしていたつもりだったんだけどね、と肩をすくめる。


「アタラはたくさんのヒドい事をして、たくさんの人を傷つけたんでしょう? ぜんぜん、やさしくなんかありません。だから、ぜんぶをわたしに話してください。いままでして来た事、ぜんぶ。そして、この世界のこと。異世界のこと。知っている事をぜんぶ」


 だから、置いていったら許しません、そう胸をはって宣言した。

 わたしの産まれてはじめての宣言だ。


 アタラは苦笑いを浮かべると、きみがそんな風に行動出来る子だとは思わなかったと言う。


「とうぜんです。わたしは、いつも変わりつづけるんだから!」


 アタラは優しくほほ笑んだ。


「わかったよ、サン」


 はじめて、名前を呼ばれた。


 サン。

 これが、わたしの名前だ。


 


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