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プロローグ

~グレハ ティグラント~


 主戦場に転がる屍の山、血の海による濃密な臭気がここまで漂い俺の鼻を刺す。

負け戦だ。敗因は俺が見た処だと運、だな。人数は若干我が方が劣っていたようではあるが。

彼我の指揮官の用兵も優劣がはっきりするほどの差も無かった。

押したり引いたりしている間に我が方の死傷者が一定の数を越え退却の流れとなった訳だ。



リッシュガルド王領リオーネに小競り合いを仕掛けて来たブラウベール候の先兵五百余り。

それに対してリオーネから軍五百前後が派遣され真っ向からぶつかりあったのがつい先ほどの戦。

リッシュガルド国内は以前からあった獣人相互の差別感や様々な鬱屈から内乱へと至り

今では王の勢力を含めて大きく四つ巴の戦いとなっている。



傭兵である俺達に主力の退却を支える殿軍(しんがり)を任じられる。

捨て駒としての扱いなのだろうが、傭兵に大事な殿軍を任せるようではな。

案の定というべきか、殿軍を任じられた当初は五十を数える傭兵達がいたのだが

今では二十ほどしかいない。他はとっとと逃げたようだ。

今後にそなえ精鋭を温存しておきたいという指揮官殿の考えも判らんではないが……。



編成を終え次第、敵は直ぐにでも追撃に移り全軍でこちらへ迫って来るだろう。

さて、俺達としてもとっとと逃げ出したい処ではあるが

俺達まで逃げると殿軍で維持している魔封石による結界が崩れる為

味方が総崩れになるという状況だ。



その場合逃げる俺達が真っ先に魔法の餌食になる……故に退く事は出来ん。

本来、殿軍を任せるべきなのは信頼できる精鋭でなければならないのだが、繰り言だな。

俺達が居る場所は大勢では一度に通れない小路で荷車などで簡易の防壁を築いている。

これは逃げ去った輜重隊の物をそのまま使わせて貰ったささやかな気休め……と言う訳だ。


「虎の大将。逃げなくて良いんスか?

どう考えても俺達だけじゃ迫る熊野郎達を抑えるなんざ夢物語の類ッスよ?」


状況を確認している俺に語りかけて来たのは栗鼠(りす)頭の男だった。

見事に栗鼠の因子を継いだのか、頭が完全に栗鼠の獣人だな。


「夢物語だろうが何だろうが誰かがやらねばならんことだ。

それより虎の大将とは俺のことか? 俺は一介の傭兵に過ぎん。

そう言うお前達は逃げなくても良いのか? 状況はまさにお前の言う通りだが?」


「虎頭の御仁は大将しかいないっス。

いや~、俺っチも逃げたいのは山々なんスけどね。今更逃げても逃げ切れる気がしないんスよ。

それよりも俺ッチの勘に従うなら虎の大将に引っ付いていた方が良さそうな気がするッス。

これは俺ッチだけの意見じゃなくてここに残った野郎全員の意見でもあるッスよ?

なぁ、野郎どもっ?」


俺が栗鼠頭の男に逃げないのかと水を向けると返って来た答えがそれだった。

栗鼠男が他の傭兵共に呼びかけると野太い声で口々に同意の声を上げる。


「おうよっ、虎の大将がいりゃ行ける気がするぜっ」

「あぁっそうだ、アンタがいるならやってやれる気がするっ」


と、いった具合だ。

正直な感想を述べるとこの傭兵達が俺に何を期待して勘違いしているのかさっぱり判らん。

判らんが士気が落ちて無いのであれば僥倖か。

俺自身が退かない理由はこの先に集落があるからだ。

村人はとっくに逃散しているはずだが戦が終われば帰ってくるだろう。

その時に略奪の有無を問えば無い方がマシなはず。



だが、これは理由の半分。

残りの半分は俺の戦士としての業、戦いを渇望するどうしようもない欲求。

それはさておき、敵が来るまでただ待つというのも時間の無駄か。


「残るのならば敵が迫ってくるまでにその辺で石でも集めておくと良い。

投石紐(スリング)でも使えば立派な飛び道具になろう?」


傭兵達の大半は冒険者としての経験を持つ者が多い。

そして冒険者となれば使用難度の高い投石紐の扱いに長けている者が多いからな。

投石紐(スリング)とは遠心力を使って石を飛ばす道具で弓矢に比べると弾の補給が容易く

携帯にも嵩張らない飛び道具なので狩猟にも良く使われるし戦場でも使われる道具だ。



俺が栗鼠頭の男を始めとする傭兵達に提案すると


「へいっ」

「わかりやしたっ」

「了解ッス」


と、何やら畏まった様子で石を集める傭兵達。

完全な死地にいるというのに、この士気の高さは本気で判らん。

小細工を弄する時間も物資もついでにその発想力も無い現状なんだが。

そういえば死地を共にする戦友と言うべき者達なのに名前も知らない者ばかりだな。

俺の近くで石を集め始めた栗鼠頭の名前くらい尋ねるのもよかろう。


「栗鼠、お前の名は何という? 俺の名はグレハだ。グレハと呼べ。俺は虎の大将では無い」


名を尋ねるついでに俺の呼び名の訂正を求めると栗鼠男は驚きを表した後

照れくさそうに名乗り返して来た。


「了解ッス、グレハの大将。俺ッチはスキッパーって名前ッス。」


「だから俺は大将では無いと、イヤ……良い。

それよりスキッパー、盾を持ってない奴がいるのなら

眼の前の荷車を一つ二つ解体して盾の代わりになる板を二、三枚持たせておけ。

弓対策としては最低だが無いよりはマシなはずだ。

間に合いそうに無ければ盾を持ってない奴はしばらく荷車の下にでも隠れていろと伝えておけ」


スキッパーと名乗る栗鼠男が変わらずに大将と呼ぶのを訂正しようと思ったが

無駄になりそうなので諦め、迫る追手の弓隊による攻撃を想定し最低限の対策を伝える。

が、間に合いそうもない……追撃に移る敵軍の影が眼に写る。


「訂正だ、盾を持って無い奴ッ、急いで障壁としている荷車の下に隠れろッ!!

すぐに矢が降って来るぞっ急げっ!! 敵軍が障壁に到達するまではそれでやり過ごせ!

敵軍が荷車などの障壁に到達したら反撃に移るっ、間近で投石紐による石弾を馳走してやれっ!

以上だっすぐに行動しろっ!!」


「応っ」

「了解でさっ」

「任せるッス」


口早に指示を下すと指示している最中から了承の声を上げ

行動に移るスキッパーを始めとする傭兵達。

ふむ? 錬度が高いな。それにしても何故俺が指揮をとっているのか?

不思議に思うがそんな悠長な時でも無いので疑問を振り払う。



先の戦いで血糊によって切れ味が落ちている愛用の大剣を地面に突き刺し

代わりに【古代の塔】を巡る冒険で行を共にした友に贈られた真銀(ミスリル)の大剣を背中から抜き放つ。

剣身の平幅が広いのでこれを盾代わりに荷車の傍で身を潜めることにする。

間髪を置かずに大量の矢羽が風を斬る轟音を奏で雨霰の如く矢が降りそそぐ。



敵ながら精度の高い射撃を行ってくれるものだ。

辺り一面は地面に矢が突き立ち林立している。

盾を天に翳しやり過ごしていた俺を含む傭兵達だが覆いきれなかった処に怪我を負う者が多数出た。

が、この程度ならば損害は軽微と言える。



矢の数から推測すると弓隊は恐らく五十前後といったところか。

追撃してくる全軍が五百前後の内、弓隊五十、騎馬三十ほどか?

簡易とはいえ障壁があるから騎馬による突撃よりも弓の援護射撃を受ける間に歩兵が来るはず。

む、予想通り歩兵が鬨の声を上げて突撃してくるな。


「敵歩兵が荷車の障壁に到達するまでは現状を維持っ。到達したら石弾を見舞えっ!

それまで弓の援護射撃が一、二回はあるはずだっ。気をつけよっ!!」


「了解っ」

「あいよっ」

「やってやるッス」


歯切れよく応える傭兵達。傭兵達に指示すべきことは全て伝え終えた。

後は運を天に任せ文字通り死力を尽くすのみ。

昂ぶる気持ちを落ち着ける為に深く空気を吸い、そして吐きだすのを繰り返す。

再び矢羽が風を斬り裂く轟音を奏で矢の豪雨が降りそそぐ。



先ほどの射撃よりも精度が上がっているがこちらの損害も変わらずに軽微。

矢が降りそそぐ合間に敵歩兵が荷車などで組まれた応急障壁に取り付き出す。


「今だっ、石弾、撃てェッ!!」


矢を盾で防ぐ合間に片手で投石紐を回転させていた傭兵達に指示を下す。


「お任せをっ」

「いやっほぉうっ!」

「了解ッス」


障壁を乗り越えようとしてくる熊顔や熊頭の敵軍歩兵に至近距離から

投石紐による石弾を撃ち込む二十人前後の傭兵達。

効果は抜群で一番乗りを競っていた敵歩兵部隊が石弾を撃ち込まれ倒れ伏して行く。

が、投石紐による石弾は紐を回転させねば威力が出ない為、連射が出来ない。

次弾を撃つ為には時間が少しばかり必要になる。


「スキッパー、お前達はここで投石紐による石弾を撃ち続けていろっ」


これで出すべき指示も全て終えた。さて、そろそろ逝くとしよう。

昂ぶる戦意と戦いが始まる歓喜を腹の底から絞り出そう、戦の雄叫び(ウォークライ)をっ!






~スキッパー~



「スキッパー、お前達はここで投石紐による石弾を撃ち続けていろっ」


虎の……グレハの大将が俺ッチ達にそう指示を下したかと思えば

その後、辺りの空間を震動させる咆哮を上げ迫力ある大剣を肩に構え単身突撃して行ったッス!?

ド迫力の咆哮で熊野郎達が一瞬ビビったのか硬直したのをグレハの大将が草刈りでもするように

大剣で薙ぎ払っていくっス!?



凄ェッス、熊野郎達に囲まれない様にひたすら敵陣めがけて単騎駆けしてるッスよ!?

少しでも囲まれると速攻、大剣で熊野郎どもが胴切りに薙ぎ払われて行くッス!

グレハの大将の黒い鎧と白銀に輝く大剣によって禍々しい竜巻の如くッス。

凄ェッスけど、大将なんぼなんでも無茶ッスよ……何か狙いがあるんスか!?



っと、あんまり凄いんで呆然自失してたっス。

グレハの大将が折角稼いでくれた貴重な時間、石弾を撃ち込まないとッス。

って、他の奴らも俺ッチと同じで呆然自失してるっスよ!?


「おいっ、呆然としてるなッス! グレハの大将が時間を稼いでくれてるんスよ!

次弾をドンドン撃ち続けるッス!」


俺ッチが仲間の傭兵達に怒鳴るとハッと正気を取り戻したのか次々と石弾を撃ち始めたッス。

熊野郎どもはグレハの大将に気を取られているから射的の的当てみたいっスね、これ。

主戦場での戦いは負け戦だったけど、あの時のグレハの大将の戦いぶりは正に鬼神だったっス。

俺ッチ達全員あれで大将について行くことにしたけど、今の光景を見る限り当たりだったスね。






~グレハ ティグラント~



 狙うは大将の首のみっ。

大将のいる位置には将旗が掲げられているので其処を目指すっ!

囲まれぬよう、絶えず駆け抜け視界に入る者全てを薙ぎ払って行く。

盾で防ぐ者や己の武器によって俺の大剣を防ごうとする者もいるが、

友に贈られたこの真銀(ミスリル)の大剣はそれらを物ともせず紙の如く切り裂き

それに留まらず胴切りまでしてしまう始末。



自分で振るっておいてなんだが、この大剣は少々卑怯くさい気がするぞ……ソリッドよ。

剣は自己の手足の延長とする風潮ではあるが、差がありすぎるだろう、これは。

もっとも自殺志願のような特攻をしかける身としては頼もしいことこの上無い。

次から次へと俺に仕掛けて来る敵軍兵士達。



おかげで同士撃ちを警戒してか飛び道具で仕掛けて来ないし魔法も飛んで来ない。

そうなるように絶えず近接戦闘を仕掛けているというのもあるが。

仕掛けて来る敵軍兵士を薙ぎ払いつつ敵中突破を繰り返していると

一際豪華な装備の精鋭に囲まれた敵将が視界に入る。


「何をしておるっ!? 敵はたった一人では無いかっ!

早く囲んで討ち果たさぬかっ! ええい、無理なら弓隊、魔術士隊で討てっ」


「し、しかし、ああも味方と乱戦に持ちこまれますと同士討ちに……っ!」


何やら言い争っているようだが、その隙はありがたく貰うっ。

昂ぶる気をそのまま叩きつけるように腹の底から咆哮を上げる!


「!?」

「!!」

「!?」


咆哮を当て敵が一瞬硬直した隙を付き一番偉そうな格好をした熊獣人に疾走り寄り首を刎ねたっ!

ここに来るまでも散々浴びた血飛沫だがここでまた派手に浴びる羽目に。


「き、貴様っ!!」


と敵将の周りにいた親衛隊らしき者達が怒髪天を突く勢いで斬りかかって来るが

大剣を薙ぎ払うことであっさりと返り討ちに。

敵将を討ち果たし目的を遂げたので後は斬り死にするまで戦い続けるのみっ。

そう決意をし周りを睨みつけ、見渡してみると敵兵士達の顔が呆然としたものに変わり果て並んでいた。



その敵兵士達の最前までの戦意に満ちた顔との落差があまりにも激しいのと決死の覚悟だった割には

真銀の大剣のおかげで木剣を持つ集団に真剣を持って斬りこんでるかのような感覚に陥った俺は


「……ッ……クッ……ククク……フッフフフ、ファハハハハハハハハハ!!!」


急激に今の状況が余りにも滑稽に感じられ

笑いの衝動に襲われた俺は堪え切れずにそのまま笑い出してしまっていた。

すると


「ウ……ウワァアアアッ!!?」

「ば、化け物だっ!!」

「逃げろぉぉおっ!!」


周りにいた敵軍が蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

それを眺めていると更に笑いの衝動が俺を襲ってくる……悪循環だ。

堪える意味が無いのでそのまま笑い飛ばしていたが。

その場で暫く笑い転げていた俺だが、敵軍が視界から消え去る頃にようやく笑いの衝動が治まった。



転がっていた敵将の首を拾い上げ味方の傭兵達が待つ荷車等で築いた簡易障壁の場所に戻って見ると

スキッパーを始めとした傭兵達が地面に頭を擦りつけ平伏しながら俺を出迎える場面に遭遇した。

面喰った俺はスキッパーに状況の説明を求める。


「……何の冗談だ、これは? スキッパー、俺に説明しろ」


「お、俺っチ、一生グレハの大将について行くッス!」

「お、俺もっ」

「アッシもっ」


するとスキッパーを始めとした傭兵達が我先にと言い出して来た。

この場に突き刺しておいた愛用の鋼の大剣を回収しながら

困惑に包まれるが傭兵達の顔を見る限りこの場で俺が何を言っても聞きはしないだろう。

そう判断した俺は


「訳の判らんことを。それより退いた本隊と合流を果たす」


一言だけ言い放ち退却して行った本隊と合流すべく歩き出すことにした。

とっとと戻って返り血だらけになった我が身を風呂で洗い流したいものだ。



◆◆◆◆◆◆



 本隊と合流を果たし本陣に戻った後、論功行賞を行われる天幕で


「殿軍での役目を全うし、味方を無事に退却せしめた功績。

さらに迫りくる敵軍大将の首をとる武功、誠に見事である。

これより汝に傭兵隊隊長の身分と指揮権を与えよう、以後も良く励め」


対ブラウベール方面軍を預かる将軍殿から恩賞を下賜された訳だが

本来こういった傭兵達に対する指揮権などは傭兵団を率いる団長が持つことが多い。

俺の様に傭兵団に所属しない一匹狼的な傭兵もいるが大半は団に所属している。

ゆえに外部の者が団内の者達に指揮を下したところで聞き入られるかどうか疑問ではあるが……。


「ハッ。謹んで承りましょう」


俺の目的はリッシュガルドに拡がる内乱を治めることだ。

俺に出来ることと言えば精々が剣を振るうことのみ。

だが、内乱を治める為には余りにも力が足りん。目的の為にはどうしても人の手が必要になる。

ゆえに傭兵となり武功を重ねる事で少しでも権を求めることにした。

武官では内乱を武力で鎮圧することくらいしか出来ないのだろうが、他に思いつかん。



 そろそろ冬の季節が始まる。

俺が背負う二振りの大剣の内、真銀の大剣を見つめ思う。

ソリッドよ、お前達の目的は上手く果たされたのだろうか?

俺は俺でやれることをやっているぞ。






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