三話 文明の流れから
「いやはや魔術の行使は初めてとお聞きしましたが、それにも関わらずあれほどの威力を出されたとは。流石、神がお選びになられた御方でございますな」
「いや……いえ、むしろ一部屋使い物にならなくして申し訳ないというか……」
「その件についてはご心配なさらず。部屋は使いきれないほどありますし、防護結界がありますから防衛には何も問題はありません。それに幾度となく戦火により損壊し、その都度修復されてきた城でございます。あの程度の損壊は此度の戦いが終わればすぐに修復されることでしょう。」
和斗がやらかした後、突然の轟音に反応した完全武装の兵士が武器を構えて部屋に突撃してきたが、同じく駆けつけた紫フードの老人がうまく事態を収拾したことで、その場は一応は治まった。
当事者二人は思いもよらぬ魔術の結果とそれが原因で起こった騒ぎにパニックを起こしていたが、その状態に気付いた老人が二人から事情を聴く時にまず深呼吸するように告げ、それから状況についての問いを簡潔にしてくれたおかげで、若干支離滅裂になりながらも自分たちが何をしようとしていたのかを話した。
「それで、薪に火がつく程度のつもりだったんですけど、何故か爆発してしまって……」
「ふむ。そうですね、それは魔術の規模に対して込める魔力の量が多すぎたために、魔術が破綻して暴走したのでしょう」
和斗が行使した魔術は、小さい木を燃やすために燃料を大量に投下して着火したのと同じ状態となっていたのだろうと彼は推測を言った。
彼によると、このような魔力の量に関する失敗は魔術行使の際に一番多く発生する事故であるという。
魔術を使うことに慣れていない者、またはその規模の魔術を初めて使用する者が、行使する魔術の発動に必要な魔力の加減を間違え、和斗のように暴走させてしまったり、逆に不発に終わってしまったりする魔術事故である。
基本的にこの事故は魔術行使者が魔力の操作に不慣れな時に起こる物であるため、ある程度経験を積めば確実に回避できる物だという。
「魔術に適切な量の魔力を込めること自体は、我々が生きるために行う呼吸と同じように、自然にできるようになることです。本来であれば魔力量の調節よりも、想定外の規模の魔術を発動させることの方が難しいのですがね」
やはり勇者として選ばれたからにはそれなりの素質があるのだろうと彼は一人納得する。
そのままふんふんと頷き続ける老人に、それまで黙っていた沙綾がためらいがちに話しかけた。
「あの、魔術というのは結局、呪文を唱えて、魔力をどういった風に使えば魔術を発動することができるのですか?」
沙綾は魔術を行使してはいないため、魔力がどうのという話についていくことができなかった。
元の世界でのゲームの知識で和斗が火柱を起こしたため、魔力は生気のようなものだと予想は付いていたが、その使い方がわからない。
呼吸のようなものであると言われても、それならば魔力は魔術を使う時に勝手に自分の中から必要な分だけ出てくるのかと思えば、どうやら違うようである。
自分も使ってみれば良いとは思うが、和斗のような惨事を引き起こしてしまわないかと考えると躊躇してしまう。
そんな沙綾の問いに、老人は「そうですね」と答え、鎮火してもなお漂う黒煙を見やると、「まずは場所を変えましょう」と二人を部屋から連れだした。
老人の先導により段数の多い階段を下り長い入りくねった廊下を歩いて辿りついた所は、いくつもの水晶玉が浮かんでいる白い部屋だった。
水晶玉は全て同じ大きさでありどれも濁りなく透き通っていたが、それそれが淡く光を放って蛍のように己の存在を主張していた。
入ってきた扉を閉じると、外界から切り離されたかのように外部の音が完全に遮断されただけでなく、この不思議な空間がどこまでも果てしなく広がっているように錯覚してしまう。
「綺麗……」
「ここは魔術専用の訓練場となります。ここでならどれほどの魔術を発動させても安全は保証されております」
沙綾と和斗がその光景に見入っている横で、二人を連れてきた老人は近くに浮かんでいる水晶玉の前に行く。
水晶玉は老人が手をかざすとボワリと光に薄く青い色が着いた。
「ではまずは魔力について簡単に解説させていただきます」
翳した手を玉に何かを流し込むかのように動かすと、青い光が少しずつ濁りとなって水晶玉の中に入り、渦巻き始める。
「今ご覧いただいている青い濁りのようなものは私の魔力です。本来は知覚できない物なのですが、この魔力球を使用することによってこのような形での目視が可能となります」
二人が見ている間も、青い濁りは透明だった玉の中を渦巻いては無色を青に塗りつぶしていく。
魔力球が完全に不透明な青で埋め尽くされたところで、老人は手を下した。
「魔力は個々人で異なるため、魔力球を使用した際にそれぞれに色が付けられます、私の場合ですとこのような青色となります」
「その色はその人が使える、もしくは得意とする魔術の属性を表しているのですか?」
地球にいた頃に読んでいたファンタジーにおいて、色に持たせていた設定で一番多くの作品で採用されていたのが、各色それぞれに対応した属性の存在である。
しかしその沙綾の質問に、老人は曖昧な笑みを浮かべ、答えにならない返答をした。
「そう、であるとも言えますね。ですが違うと言われてしまえば、それは全くその通りになります」
意味がわからないという顔をする沙綾に、老人は簡略化した説明を魔術という前提から話し始めた。
そもそも魔術とは、世界に流れる魔力の極一部を自分の力として使うことができる、呪文で行使する魔術の燃料としてマナを集め、己の魔力を起爆剤として利用し発動するという人間特有の技術であるという。
魔術の最大規模は行使者の魔力量と周囲にあるマナの量によって決められている。
それ以上の規模の魔術を使う場合は特殊な道具を利用するか、行使者の魔力を燃料として使用する必要があるのだが、後者の場合だと発動に必要な分までそちらにまわしてしまうため、不発に終わってしまわないように調整が必要となる。
行使される魔術には沙綾の言うとおり属性があり、炎を生み出したり物質の温度を操作するなどの魔術は火属性、水流を操作したり雨を降らせたりするなどが水属性という様に、火・水・風・土の基本四属性と光・闇の上位二属性の六属性で魔術は種類分けされてきたようである。
「しかし、これらの分け方では該当する属性が無い魔術が存在してしまうため、現在各国の魔術の権威者達によって調査・研究されているのです」
この分類法は昔、まだ魔術という技が確立して間もない頃に提唱された仮説であると言われているという。
魔術理論が体系化される際にその属性分類が正式採用され、またその属性に該当する“神”が存在するために、長い間その仮説を基に魔術の研究が進められていた。
しかし、時代を追うごとに魔術の原理などが解明され矛盾が多く発見されたために信憑性が疑わしくなり、幾百年前から今後の調査・研究で正確な概念が判明するまでの“仮”の分類法として採用されているにすぎなくなったのだ。
「正規の分類法を確立するためにこれまで魔術師の間で長年属性について研究・考察されてきたのですが、戦争などによって研究資料が喪失し、覇権争いのために歪曲され伝えられた情報が蔓延しているために未だ正確な区別がわからず、しかたなく現在もこの六属性を暫定的に魔術の属性としているのです。色についての解釈もそこから派生した物であり、ただ該当する者が多いというだけで根拠も何もないのです」
こういった経緯で今も広く認識されている属性だが、火は水で消え、光は闇を照らすなど日常生活を送るにあたっては常識中の常識を再度確認しているにすぎないものであった。
「魔法についての調査が進めば魔術についての研究も飛躍的に進歩するのですが、何分魔法使いの者たちは数が少ない上に滅多に姿を見せず、さらにわれわれ魔術師に対してけして友好的ではないものでして……」
段々と気落ちしたように声が萎れて行く老人に、「でも」と沙綾は逸れて行く話の軌道を戻す。
「属性は一般常識そのままだからあまり深く考えることはないのはわかったのですが、それ以前にまず、この世界の常識は私達の世界の常識と同じなのですか?」
魔術が常識の範囲内の自然現象に従うことを前提として話がなされていたが、その常識が自分たちの持つ常識と違えばこちらの世界の常識を新たに覚えなくてはならない。
完全に異なっているのならばそれほど難しいことではないだろうが、部分的に異なっているとなれば大変なことになる。
「そのことでしたら御心配は無用です」
老人の言うとおり、その心配は必要無かったようである。
「勇者様がいらした世界と我々の世界では、文明の進歩の方向性を除けば、事象に関する常識の相違はさほどないとのことです。魔術で操作したというような何らかの因果関係が存在しない限り、高温の水の凝個体の発生や、樹木から融解した黄金の流出などという現象は自然には起こりません」
その不安が杞憂とわかり、二人は少し安心するが、「しかし」と老人は続ける。
「お二方の世界で言う“超常現象”は起こります」
その言葉にサッと青ざめる和斗と、やはりかと息を吐く沙綾。
「ほとんどが死霊に関するものですが。補足ですが、魔術師の中には道を踏み誤り死霊使いとなった者も存在します」
「あ、はい。ファンタジー世界だからアンデッド系はいるとは思ってましたけど……」
「やっぱりいるんですか、……幽霊が」
「はい。亡霊の存在は色濃く残ってしまった残留思念ですのでどうしようもないですが、死霊は操る魔術師が解放するか死ぬかすると消えます。死霊使いは漏れなく殲滅対象ですので、もし遭遇してしまったら問答無用で排除してください」
簡単に排除と言う老人に、気づかれないように溜息を吐く。
「幽霊が普通にいるのか……しかも亡霊って呪ってきたり憑いて来たりする……? いや、でも……」
ブツブツ呟く和斗に沙綾は内心苦笑すると、ふと早朝に和斗と交わしていた会話を思い出し、「一つお聞きしたいことがあったのですが」と老人に尋ねた。
「先ほど『魔法使い達は滅多に姿を見せない』とお聞きしましたが、私達をここに召喚したのは神様の声を聞いたからだという話でしたけど、その神の声を聞いたのは魔法使いの人ではないのですか?」
その質問に、それまでどの説明も流暢に話していた老人が一瞬言葉に詰まったように、沙綾には見えた。
「いえ、神のお声を聞かれた方はこの王城におられますが、そのお方は魔法使いではございません」
その返事が、それまでの理解し易いように教えるような言い方ではなくなったのに気づく。
「そうなんですか。私たちはてっきり神様の声を聞ける人が魔法使いなのだと思っていたんですけど」
老人から不穏な空気が流れだしたよう気がしたが、何故そうなったのかわからないためそのまま話を続ける。
「……どうしてそう思われたのか理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
何故魔法使いが神の声を聞いたと考えたのかその根拠を問われ、沙綾は和斗との会話の中に出てきた魔法使いについてのイメージを語った。
「なるほど、そう考えたことで、あの質問になったのですね」
彼はその説明に納得がいったように頷く。
「神の声を聞くことができる者は我々人間のみですが、確かにごく僅かしかおらず中には神殿仕えでない者も稀に存在します。ですが、皆、例外なく魔術師です。魔法使いに神の声を聞ける者はおりません」
「そうでしたか……特別な力を持つ彼らも、神様の声を聞けるわけではないと。だったら一体魔法使いとはどういうものなんでしょうか」
さらに踏みこんできた沙綾に、老人は言葉に詰まったように沈黙する。
「……正確な事はまだ判明していないので、私個人の受けた印象になってしまうのですがよろしいでしょうか」
その様子に、魔法使いの存在も調査中ということであったから、まだ説明するのは無理だったかなと沙綾は言ってから思い出したが、老人は答えようとしてくれているため、首肯する。
「はい。お願いします」
わかりましたと言うと、老人は少しだけ思考した後、口を開いて言葉を選ぶように言った。
「実際に魔法を使う光景を目の当たりにした時、魔法使いは魔術師と単純に区別されているのではなく、あれはもはや人間では……」
――ド ンッ
唐突に扉が音を立てて開かれた。
老人の言葉は途中で途切れ、視線はすばやく扉の方へ向く。
空間は扉が開かれた途端に広がりを失い、水晶玉からは色が抜け落ちていき元の淡い光を発するだけとなった。
「魔術師長! 大至急です!」
そう叫んだのは、扉の取っ手にしがみついて荒く呼吸を繰り返した青年だった。
彼は老人と色違いのフードを被っており、荒れる呼吸を無理やり落ちつけ礼をとる。
「何事だ?」
血相を変えて走ってきたような青年の様子に眉根を寄せた老人が問うと、青年は簡潔に言った。
「殿下の御容態が!」
「っ! 殿下の御容態が!?」
「はい! 殿下の、御容態が!」
青年は気が急いているためか老人の問いに主語しか返せず二人にとっては意味不明な言葉でしかなかったが、老人には何が起こったのか理解できたようで眉間に元からある皺をさらに増やす。
「あの魔女はどうした!」
「それが、先ほどから捜索しているのですが、城内だけでなく城下町のどこにも、見つけられなかったのです!」
「どういうつもりだ……わかった、すぐに向かう」
老人は突っ立っているだけの二人に向き直り、至極申し訳なさそうに告げる。
「お二方、真に申し訳ないのですが、急を要する出来事が発生したため私はここで失礼させていただきます。直ぐに私の代理の者を向かわせますゆえ、しばしの間この場で魔術の鍛練などをなさってください。どんな魔術でも人間への影響は無いようになっております」
そう言うとすぐに、呼びに来た青年を従えて部屋を飛び出して行った。
その慌てた後姿を見送ると、二人はお互い顔を見合わせる。
「行ったね」
「行っちゃったね」
彼らの慌てぶりに唖然とするしかなかったが、魔術について解説する老人がいなくなったためにすることが限られてしまった。
「はあ。……で、魔術の鍛練だってさ。ここが練習場所だからなのはわかるけど、魔術の概念以外何も知らないし失敗もしたのにどうしろと」
「大方和君のやりかたで間違いはなかったということなのかな? 経験すれば大体わかるって言っていたし」
「まあ色々やればいいってことか。数打ちゃいつか当たるって感じで」
「その数がどれだけやればっていうのがね。よし、やってみる。『炎よ溶かせ、あの球を燃やさず液状に。フレイム』」
宙に浮かぶ透明な球のうち自分達とは距離がある所にある球に向けて呪文を唱えると、火柱が上がることはなく、炎に包まれた球は狙い通りに融解してこぼれ落ち、白い床を焼く。
「そもそも燃えない材質だったかもしれないけど、上手くいった……あれ?」
床に流れた液体が、何もしていないのに宙に浮いた。
そして元々球があった高さまで浮かび上がると渦を巻き始め、その渦が収束していくと次の瞬間には無色透明の球が何事もなかったように浮かんでいた。床も同様に白く戻っている。
近寄って触れてみると、ひんやりとした硬質な感触を得た。
「へえ、こういうことなんだ」
どうやらこの空間と複数浮かんでいる水晶玉は、どれほど壊れても自動的に修復される機能がついているようだ。
魔術専用の訓練所ということであるから、おそらくはこの球は魔術の標的として使われるものであるのだろう。
紫の老人が安全は保障されていると言っていたのだから、自己修復機能の他にもなにか安全装置的な機能を持つ物があるのだろうと予想がついた。
「どれだけ使っても壊れない的、術者の安全も(おそらく)守られる場所。高性能の訓練所だな」
「そうね。ここならいくら失敗しても大丈夫そう。でも危ない橋は渡りたくないからなるべく遠くを狙うようにするね」
「わざわざ危ない目に遭うのも嫌だしな。そうしよう」
そうして二人は魔術の練習を始めた。
適当にそれらしき呪文を唱えながら遠くに浮かぶ球を狙うだけだが、ただ壊すだけでなく風で球を操作しようとしたり、疑似ピンボールのように球を弾き飛ばすなど思い付く限りどんどん魔術を使う。
少なくは無い頻度で爆発や不発など失敗をしているが、それも次第に無くなっていく。
時々誘爆して近くで割れた破片が飛んでくるが、二人に届く前に見えない何かに衝突して消えるだけだった。
「でも何だったんだろうね? 『殿下の御容態が』って。殿下って王族の呼び方だよね?」
魔術を使うことに飽きた沙綾は、魔術を使うのを止めて先ほどの老人と青年の様子を思い返していた。
「王とその伴侶を除いた王族の敬称だな。多分その殿下が病人? 怪我人? のどっちかなんだろうな」
「こんな時だし、あの人達の様子だったら戦争で負った傷かな」
「王族も戦ってるのか。まともな国そうだな」
「そうね。少なくとも自国の民を無体にしてはいなさそうね」
「だな。腐敗している国だと戦うのは身分が低い人だけで貴族や王族たちは安全な場所から動かない。そのくせ勝つと当然のように自分達のおかげだと言い、負けそうになると『恥知らずの役立たず』とか言ってるもんな」
「うーん。でも、そんな国でも神様は絶対だ! っていうことで平気で外部の人間を巻き込んだりしてるのよね」
そう思い至った彼女は不満げな表情をする。
「“良い”が当てはまるのがどの部分かっていうのが重要だよね。『炎よ炎よ、あの球を壊せ。ボンバー』」
ガラスが割れる高い音と共に、沙綾が指差した先、二人の遠くに浮かんでいる魔力球が爆散した。
「まあ、でも、この国がどういう方向でどういった評価がされているのかわからないけど」
四散した球の破片は全てが床に落ちると、一ヶ所に引き寄せられるように集まりフラッシュを起こし、元のような傷の無い透明な球に戻ってまた浮かび上がる。
「私達が仕事が終えた後、ちゃんと元の世界に戻す約束を守ることを期待できるのなら、良い国かな」
そう神妙な顔で言う彼女に、和斗は「ああ、本当にそうだな」とだけ返した。




