Cherry blossoms
<a href="http://lyze.jp/tear80after/" target="_blank">涙、のち恋模様</a>様より
03:君はその背中にある羽根で自由に飛ぶんだろう(私には出来ないけれど)
風が梢を揺らす。私の髪をぐしゃぐしゃにして、さらにはスケッチブックまでもめくろうとする。その度に冷や冷やして空を見上げてしまうのだから、鉛筆が止まるのも無理はない。
そう言い訳することにしよう。
桜吹雪の中を、風に巧みに乗りながら彼が飛んでいる。
「唐澤さん、落ちないでくださいよ────!」
「そんな真似するか馬鹿!」
返ってきた怒鳴り声は、不機嫌を装いきれずに弾んでいた。
よかった。思わず笑みがこぼれる。
あんなにも翼などいらないと言っていたのに、彼は。
「落ちたじゃないですか、この間──!」
「るせぇ!」
再び叫ぶと即答された。自分で身投げしたくせに。
けれど彼は。もう一度飛んでくれた。
私のワガママを聞き届けるとか、そういうことなのかはわからないけれど、彼が飛ぶのを見られて良かったと素直に思う。
彼らは美しい。翼を持つ者、尾を持つ者、牙を持つ者、瞳を持つ者、皆。
その異形がために息苦しい思いをしている彼らだが、真の意味で自由なのはきっと、彼らなのだ。
人間よりも強いから、きっと遠くまで行ける。私の行けないところまで。
現に、私はもう彼に手が届かない。
どこまで行けるのだろう。どこまで行くのだろう。どこかに行ってしまうのだろうか。
人間を、私を置き去りにして。
その時は、祝福できるだろうか──
美しさに焦がれて、自由に憧れて、だってそれは私の持ち得ないものだから。
「是枝」
「……あ、唐澤さん」
大きな羽音と私を呼ぶ声に我に返ると、目の前に彼が着地していた。背に負った翼を畳み、スケッチブックをのぞきこんだ唐澤さんは顔をしかめる。
「俺を描くっつってたよな」
「ええ、まあ」
「白紙じゃねぇか」
「唐澤さんに見惚れて描けなくてー」
へら、と笑って見せると何故か彼は仏頂面になった。
そして、ずい、と片手を差し出す。
「え」
「飛んでみるか」
「嫌です」
「即答かよ!」
「だって唐澤さんこないだ退院したばっかりですしってきゃあああ!?」
言い終わらないうちに腕をつかんで引き寄せられ、お姫様抱っこをされていた。とても自分のものとは思えないような突拍子もない声が出る。
「じゃあ行くか」
「私行くなんて一言も、ひゃあっ」
「舌かみたくなきゃ黙ってろ」
慣れない浮遊感に悲鳴を上げると低く囁かれた。
ずるい。
心拍数が上がるのは、飛ぶのが不安だから。
そう自分に言い聞かせないと、息遣いや体温や鼓動をダイレクトに感じて、つい、幸せな勘違いを、していまいそうで。
視界を薄紅に覆っていた桜吹雪が晴れた。