事件編
新学年が始まって1週間ほどが過ぎた。
転校してきた和美はあっという間にクラスの女子達の間で人気となり、毎日のように彼に取り巻いている女子の姿を見かけるようになった。
中には彼にフランス語を教わっている女子もいる、と言う。
そんなある日の学校の帰り道。
信幸と圭亮の二人が並んで歩いている。
「…それにしても、あの和美、っての凄い人気のようだな」
圭亮が言う。
「そのようだな」
「…全く、あんなののどこがいいんだろうかね?」
「そうだよな。単にフランスで生まれてるだけじゃねえか、っつーのによ」
「ホントだよな」
そんな事を話しながら歩いていると、不意に信幸が立ち止まった。
「…どうした、ノブ?」
「…あれ? 前歩いているの、アイツじゃねえか?」
「…みたいだな」
そう、信幸たちから十数メートル離れて和美が歩いていたのだった。
「…アイツ、この辺に住んでるのか?」
「そのようだな」
そんな事を話していると、和美はあるマンションに入っていった。
「あそこ、最近出来たマンションだよな」
「ああ。…あいつ、あのマンションに住んでいるのか…」
「まさか、ノブの家の近所だったとはな…」
そう、信幸も圭亮も気づいていなかったのだか、この近所に信幸が住んでいる家があるのだった。
「…この辺もだいぶ変わったからな。前と比べるとマンションや一戸建ても増えてきているし…」
「…そういえば、ノブ。話変わるけど…」
「何だ?」
「最近、マンション狙いの空き巣がこのへんに出没してる、って知ってるか?」
「ああ、その話なら聞いたよ。何でも被害総額も相当のものらしいな」
「このへんのマンションは高いからな。それなりの金持ってるやつが入ると思ってるのかね?」
「だろうな。アイツだって――和美だって親父がパリの支店のお偉いさんだったんだろ? それでこっちの支店の支店長に任命されて戻ってきたらしいからな」
「ふーん…。どうりであんなマンションに住めるわけだ」
「…かもな。じゃあな」
「じゃあな」
そして信幸と圭亮は別れた。
*
それから2、3日過ぎたある日の早朝。
けたたましいサイレンの音を立ててパトカーが通り過ぎていった。
その音に目を醒ます信幸。
「…っせえな。なんだよ、朝っぱらから」
信幸はぶつくさ言いながら部屋のカーテンを開けた。
それから程なくもう一台のパトカーが通り過ぎて行った。
それから程なく、
「ノブ、起きてるか!」
玄関から圭亮の声が聞こえてきた。
「どうした、圭亮?」
ベランダに出て信幸が聞く。
「…なんでもこの近くのマンションに空き巣が入ったらしいぞ!」
「なんだって?」
*
そして信幸と圭亮は現場近くまで走っていった。
現場には既に大勢の野次馬が集まっていた。
「…で、被害はどうなってんだ?」
「いや、オレもよくわからないんだけど、なんでも数件の家が荒らされたらしいんだ」
「…しかし一体誰が…」
「…このマンションはまだ入居者が少ないからね。警備の面で甘い部分もあったんじゃないかな」
いきなりふたりの傍らで声がした。「?」とその方向を振り向くふたり。
「…おまえ!」
そう、いつの間にか和美が二人の傍らに立っていた。
「…それより、おまえの家は大丈夫だったんかよ?」
「ボクの所は大丈夫でしたよ。こういう事には慣れてますから」
「慣れてる?」
「…ええ、パリにいたときは二重三重に鍵を掛けてましたから。日本と違って二重三重に鍵を掛けないのは泥棒に入ってください、と言ってるようなものですからね」
結局、その後警察が捜査に入る、と言うことと自分達がまだ朝食もとっていないことに気がついた信幸たちは自分の家に戻ることにした。
*
翌日、九十九里学院小学校。信幸たち5人と和美を加えた6人が教室に残って話をしていた。
「…そう、原くんも大変だったわね」
唯が言う。と涼子が、
「それにしても、最近多くない?」
「…そういえばそうですね。この半月で3件も起こってますからねえ」
みこが言う。
「…幸い、ボクの住んでいるところは何ともなかったんだけど、何件かで被害に遭ったどころがあって…。被害総額も相当だったらしいですね。ボクの近くに住んでいる人も1件やられましたよ」
「そう…」
「…でもよお、マンションには普通、セキュリティシステム、ってもんがあるだろうが。ましてや、おまえが――和美が住んでいるマンションは最近出来たんだからそういうのあって当たりまえだろ」
「…そうなんですけど、その事件が起きたときはどういうわけだか、そのセキュリティが切れていたらしいんですよ」
「切れてた?」
思わず素っ頓狂な声を上げる信幸。
「それじゃ計画的な犯行じゃないか?」
圭亮も言う。
「…そういえば…」
「どうしたの、唯?」
涼子が聞くと、
「今思い出したんだけど、その被害に遭ったマンション、ってのはどれもこれもその、セキュリティシステムが切れていたらしいわよ」
「なんだって?」
「ますます計画的な犯行くさいな…」
「…ということは?」
「ああ。あくまでもオレの勝手な考えだけど、おそらく、最近起こっているマンション泥棒は同一人物の仕業だろうな」
「…でも、そうだとしてもオレ達じゃどうしようもないだろう?」
「…まあ、そういわれりゃそうなんだよな…」
そういうと信幸は黙り込んでしまった。
「…でも何か手がかりとか掴めないかな?」
唯が言う。
「手がかり?」
「あたしもよくわからないけど、その狙われているマンション、って言うのはそれだけ狙われる理由ってのがあると思うわ。そこから何か、その、犯人の手がかりみたいなのが見つからないかな、って思って…」
「…うーん。狙われているのが茂原市内のマンション、って言うのは共通点にはならないねえ。なんか他に共通点があるのかしら」
涼子が言う。と
「…じゃあ、調べてみるか」
「調べてみる?」
*
そしてそれから数十分後。
「ここがその、原くんが住んでいるマンションね」
そう、和美の家族が住んでいるマンションに信幸たち6人がいたのだった。
「…それにしても、どうやってセキュリティシステムを切ることなんて出来るんだろうな、ノブ」
圭亮が話しかけるが、信幸はじっとある一点を見つめているままだった。
「…どうした、ノブ?」
「あ、いや、なんでもない。…それよりさ、今からその、空き巣が入った、っていうマンション、見に行ってみないか?」
「え?」
「だって、その被害に遭ったマンション、ってこの近くだろ? そんなに遠くないし、何以下共通点が見つかるかもしれないじゃないか、な」
「…わかったよ、お前も前からそういった探偵ごっこが好きだったからな」
あるマンションの前に来た時だった。
「…あれ?」
信幸が何かに気がついたようだった。
「どうした、ノブ?」
圭亮が聞く。
「見ろよ」
そう言うと信幸は玄関のある一点を指差した。
彼らがよくコマーシャルなどで見かけるセキュリティシステムの会社名が書かれたシールが貼ってある。
「…アレがどうかしたのか?」
「大抵そういうセキュリティシステムを導入すると、ああいうシールを目立つ場所に貼っていくだろ?」
「それがどうかしたのか?」
「…いや、もし、オレの考えが正しいとなると…、もしかしたら、だな」
*
そして何軒か回り、6人は公園で一休み、と言うことになった。
「…で、ノブ。おまえがさっき言っていた『もしかしたら』ってなんだよ?」
圭亮が信幸に聞いた。
「ああ、それか…。大したことじゃないかもしれないけど、和美のマンションもそうだったけど、被害にあったマンション、ってのがセキュリティシステムの会社が一緒だったんだよな」
「…それがどうかしたの?」
唯が聞くと、
「いや、ひょっとしたら、犯人と言うのはそのセキュリティシステムに詳しいんじゃないか、と思ってね」
「…詳しい、って…」
「もしかしたら、関係者とかそういった一人なのかもしれないな」
「…そうか! 関係者だったらそういったシステムの扱い方にも慣れているもんな」
「…ただ、そこでもう終わりだ。これ以上はオレたちも調べようがないよ」
信幸がそう言うと6人は黙り込んでしまった。
「…だとしたら、張ってみるか?」
圭亮が言うと信幸が、
「張る、っておまえ…」
「でもそれ以外に方法がないんじゃないのか? 幸い、オレん家の近くのマンションでまだ被害に遭ってないところがあるしな」
*
しかしそれから数日はこれといった事件は発生していなかった。
と言うのも、さすがに事態を重く見たか、警察が捜査を始めた事もあってか空き巣も全く動かなかったようだ。
ただし、その数日はあるいみ信幸たちにとっては事件を調べる時間が出来た、という事で幸運だったかもしれない。
その間の調査は彼らの考えを裏づけするものだった。
狙われたマンションはやはり信幸の指摘したとおり、同じセキュリティシステムを使っていること(というか信幸たちが住んでいる街の周辺のマンションは全て同じ会社のセキュリティシステムを使っているのだが)、そして何らかの形でそのシステムが切られ手いたことなどがわかった。
*
「ふあああ…」
ある日の休み時間。信幸が大きくあくびをした。
「どうしたの、鶴田くん」
唯が話しかけた。
「あ? いや、なんでもない」
「なんでもない、って…、ノブ君、最近やたら授業中でもあくびしてるじゃないの?」
涼子も心配そうに聞く。
「あ、いや。あれから、あちこち見張ってるんだよ」
「見張り?」
「ああ。12時頃まで毎日双眼鏡で見回ってんだけどね。でもこれといった収穫はなし」
「まあ、大変ですねえ」
みこが言う。
「大変、ってみこちゃん。心配するところが違うよ」
圭亮が言う。
「…それで寝不足、ってわけですか。でも、最近は警察も見回りを強化してるでしょう? そう簡単に相手も尻尾を出すとは思えませんがねえ…」
和美が言う。
「…でもまだ捕まっていない以上、また何かやるかもしれないだろう?」
*
それから2、3日過ぎたある日のことだった。
夜11時を少し過ぎたときだった。
「あ…」
自分の部屋の窓から双眼鏡で外を眺めていた信幸が声を上げた。
そう、双眼鏡の向こうでなにやら怪しい人影が歩いていたのだ。
よく見るとある一軒のマンションの方に向かっていた。
「…あそこは、まだ被害に遭ってなかったよな…」
もしかしてその人影の目的はそのマンションなのだろうか?
信幸はそっと下へと降りる。
家族は既に寝てしまっているようで物音ひとつ聞こえない。
信幸はそっとドアを開けると、外に出て、静かにドアを閉めた。
*
そのマンションに近い曲がり角。
信幸はさっきからじっと中の様子を伺っていた。
…と、不意に信幸の肩を誰かが叩いた。
信幸はそれを払いのけるが再び信行の肩を叩く。
「…っせえな。誰だよ…!」
目の前に立っている人物に思わず絶句する信幸。
ナントそこには圭亮が立っていたのだ。
「圭亮!」
「オレだけじゃないぜ」
そう言う圭亮の後には和美たち4人も一緒にいたのだ。
「…お、おまえ達なんでこんなところに…」
「おまえ一人だけだと心配だからな。和美から連絡があって急いでみんな集めた、って訳だよ」
「和美が…」
「やっぱり心配だったからね。実はボクも見張りをしていたんだ。ボクのマンションからは見晴らしもいいしね」
「…そうか…」
「…それで、どうなってんだ?」
「ああ。何も動きはねえよ」
「逃げたんじゃねえのか?」
「それはねえよ。それらしい人物が出た形跡はないしな」
その時だった。
「…誰か出てきたぞ!」
圭亮が言う。見ると、マンションの中から何者かが出てきたのだ。
信幸は片手に持っていた懐中電灯をその人物に向けて照らした。
「…!」
明かりの先には30代後半〜40代に思える男が立っていた。
よくみると片手に鞄を持っている。
「…な、何だ、おまえら? 何でこんな時間に子供が外にいるんだ!」
「そういうおじさんこそ、こんな時間に何してたんだよ?」
「何だっていいだろう?」
「…じゃあ、その鞄の中、見せてもらっていいですか?」
「なんだと・」
「知ってるでしょう? 最近このへんのマンションが何者かによって荒らされているのを。こんな時間にこんなところにいたら、誰だって疑うでしょう?」
「…」
「…どうしたの? 見せられないの?」
「…」
すると男はなにやらゴソゴソと鞄の中を探るといきなりナイフを取り出した。
「え…!」
そしてナイフを片手に6人迫ってくる。
それを見た6人は思わず後ずさりをする。
いくら6人いると知ってもこちらは小学生、相手は大の大人である。
このままでは6人とも大変な目に遭ってしまう。
そのときだった。
「ぐわっ!」
男が変な声を上げ、手にしていたナイフが弾け飛び、道端に転がった。
男が倒れた表紙に手にしていた鞄が転がり落ち、中から装飾具や財布が出てきた。
やっぱりこの男がマンション荒らしだったようだ。
そして男の傍らにはサッカーボールが転がっている。
「これは…」
見ると男の向こう側に自分達のクラスの担任である須崎が立っていた。
「…先生!」
「く…、この野郎!」
そういうと男は須崎に襲いかかった。
しかし須崎は軽快なフットワークで男をかわすと、サッカーボールを足で拾い上げ、軽く浮かすと、右足で思い切り蹴り上げた。
今度は丁度振り向いた男の顔面にヒットすると、男がひっくり返ってしまった。
須崎は男を取り押さえると、
「早く、警察に連絡するんだ!」
「は、はい!」
*
そして連絡を受けた警察が到着し、男の身柄を拘束すると、パトカーに載せて連行して行った。
須崎は大きく溜息をひとつ吐くと、
「…全くお前たちも…。先生があの場にいなければどうなっていたかわからないのか?」
「…すみません…」
6人はただ謝るだけだった。
「…まあ、とにかく色々と話したいことはあるんだけどな。ここではなんだから、詳しいことは別のところで聞こうか」
(エピローグへ続く)
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