三十三話、決断
人間が倒れたときの音が次々と聞こえてくる。俺が振るう剣が、一人、また一人と、着々と倒し、剣先を血で真っ赤に染める。人の死体廃棄場は、少しずつその数を増やし、憑かれている人間は倒れていく。
「昨日ぶりですね」
元彼と相対する決意をしたソラの声が聞こえる。始まったのか。俺は戻れない。彼女は戻れる。いや、わからない。戻れないかもしれない。だが、これは彼女の物語であり、俺の物語という過去ではない。俺は彼女の物語を観客という耳で、聞きながら、斬殺する。人間を。人間を。斬り殺す。少しでもソラが集中できるように、少しでもソラとの戦いに乱入する人間が減るように、俺は剣を振るう。観客として、乱入者を減らし、最高の物語になるように。舞台の上のために振るわれている緋色に光る剣。それは振るう度に炎をまき散らす。
「だれ゛だあ゛!? あ゛あ゛、ゾラ゛がぁ!?」
元彼の声は響く。濁点まみれの声は、観客の耳に響きわたる。まだ、憑かれていない者には、確かな悲壮感を呼び寄せる。
その中で俺は斬り続ける。一人また一人と、舞台の為。
「モトハル、あなたも憑かれてしまったんですね……私のことを憑かれていても覚えてくれていたのはありがたいです……本当に……」
ソラは元彼、モトハルといったか、にたいしても敬語口調なんだな、とたわいもないことを考える。その間にも死体は斬られ積もる。
「あ゛あ゛? づがれ゛でい゛る゛? お゛れ゛ばぜいじょうだぞ? な゛に゛を゛い゛っでる゛ん゛だ? ゾラ゛は゛?」
「そうですね、わからないんですね。戻りたいですね。昔に。戻れるんでしょうか? 私にはわかりません……こんな状況は運がないという一言で片づく、仕方がない事なのかもしれません。ですが、それでも、壊れている貴方を見るのには……
もう耐えたくないんです……」
確かに後悔と愛情が織り混ざったソラ声。憑かれ、皮膚の色が変色したモトハルの耳には届いたのだろうか? モトハルをちらりと見ると、怪訝な目をしながらソラを見ている。
「悪魔には……復讐をしないとですね」
もう戻らない過去。俺と同じ。そして、もう逢えないのも、俺と同じ。緋色が鈍る。魔力切れか。魔力を込める。
「また、私は貴方と生きたかったです、そして、一緒に逝きたかったです……」
あぁ、もう駄目なのか…………
ソラは前へ駆け出す。右手には、今までの行程の途中で買った細剣。俺の魔法によって強化されたその腕と、剣を使い、用意にモトハルという人間の皮膚を切り裂く。この場所に彼女を救える勇者は現れず、ただ居るのは、お膳立てをする勇者のみ。それは勇者とはその場所に居ず、ただの観客として、一人の不幸を聞いているだけ。勇を持つものではなく、只の異世界人。魔王は倒したが、勇はいらなかった。試されることもせず、激情だけに身を任せ。勇者じゃない。そんな者は断じて勇者じゃない……
「ぐがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!???」
完全な終幕。
血が出る音に、悲鳴。後から聞こえる、人間が倒れる音。積み重ねられた死体の数は一つ増え、少女は終わったが終わっていない過去を一つ得た。だが、その過去を進ませることはできず、戻ることもできない。
ソラは、悲しき少女となった。それでも生きるのだろう、逃避する異世界人とともに……