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タイトル未定2026/06/18 18:45

「午前十時に亡くなったそうだ」

「そうですか・・・・・・」

 相沢が、午前中の外回りの営業を終えて、昼食を済ませ、社に戻って来るや否や、直属の上司である課長から、大室部長の父が亡くなったということを知らされた。

 大室部長の父は、長く闘病生活を続けていた。八十歳をとうに過ぎ、九十歳に近付いていた高齢さを考えても、その死は突然のものではなかった。

「課長は、どうされますか」

「今日が仮通夜で、明日が通夜、明後日が葬儀だそうだ。私は明後日の葬儀に日帰りで行って来る。通常の場合だったら、通夜から我々も手伝いに行かなければならないだろうが、大分ではあまりにも遠過ぎるからなあ・・・・・・」

「そうですねえ・・・・・・」

 と言いながらも相沢は、上司の父親が亡くなった以上、葬儀などを手伝わないまでも、顔ぐらい出さないとまずいのではないかと考えた。今の話では、もし、明後日の葬儀に出席するとなると、課長に同行しなければならない公算が大きかったので、即座に、

「僕は今夜の仮通夜に行きます。とりあえず駆けつければ、向こうの状況も課長にご報告できると思いますし・・・・・・」

 相沢の言うことはもっともだった。

「そうか、そうすれば部長も喜ぶかもしれないなあ・・・・・・それじゃあ、ご苦労だが、そうしてくれ。旅費は出張扱いにしておいていいから」

 相沢は、急いで時刻表を検索した。今からなら、大分空港行きの三時四十五分の便に間に合いそうだ。しかし、大分からの東京行きの最終便は七時五十分なので、空港までの距離を考えても、仮通夜に顔を出して、今日中に帰って来るのは到底無理だった。一泊しなければならないが、それなら、明日、少しばかりの観光ができるかもしれない。そんな計算が働いた。

 気の変わりやすい課長の指示が変更しないうちに、相沢は、今、すぐにでも社を出たかった。


 A航空大分行は、小さな飛行機だった。機内はガラガラで、ほとんどが空席の状態だった。その中にあって、相沢の席は最後列だった。

「お客様!」

 ふと、相沢が気が付くと、横の通路に、キャビンアテンダントがしゃがんでいた。

 どうやら、離陸前から眠り込んでいたらしい。手に持っていた単行本を落としてしまい、それを彼女が拾ってくれたのである。

「あ、すいません」

「何か、お飲み物でもご用意いたしましょうか」

 彼女の微笑みはサービス業者特有の職業的なものであったが、美しさは、他の者たちに比べて、群を抜いていた。

 寝起きの相沢は、素直に、「はい」とうなずいた。

 最初に着席した時には、相沢のいる座席のエリアを担当するキャビンアテンダントは、みな大柄で、これと言って、胸を時めかす女性はいなかった。だからこそ、眠り込んでしまったのだが、今、声をかけてくれたCAは、相沢の好みのタイプだった。

「お待たせいたしました」

 小さなカップに入った飲み物を受け取ると、相沢は思い切って、雑談をしようと試みた。

「今、どのあたりを飛んでいるんですか」

 それは極めてありきたりな質問だった。

 すると、ほんの一瞬窓に目をやった彼女は、次に時計を見た後、

「しばらくお待ちくださいませ」

 と言って、前方へ行ってしまった。

 自分では判断が付きかねたのだろう、仲間に相談をして、足早に戻って来た。

「ただ今、四国高知県の上空を通過しておりまして、間もなく着陸態勢に入ります」

 律儀な彼女は、相沢の目を凝視して、真剣に答えた

 相沢も彼女の大きな瞳を見て、

「あ、そうですか」

 と言いながら、後の言葉を探した。けれども、飛行機に関する話題が見つからないのと、彼女の大きな瞳の美しさに動揺してしまい、結局、会話は途切れて、それ以上、続かなかった。


 それから間もなく飛行機は着陸した。

 大分空港からバスに乗り、市内の中心部に入った。大室部長の実家は比較的わかり易いところにあった。

 七時過ぎ、相沢は部長宅に入った。

「おお、相沢、よく来てくれたなあ。まあ、上がってくれ」

 相沢の顔を見ると、大室部長は大げさな声を上げた。天寿を全うした父親ということもあってか、悲しい雰囲気は余りなかった。

 通された奥の座敷に、布団に入ったまま遺体が寝かされていた。さっそく焼香を済ませると、家人に茶を勧められた。

「わるかったなあ、こんなに遠くまで。大分は初めてか」

「はい」

「それじゃあ、あしたは観光をして帰るといい。せっかく来たんだからなあ・・・・・・」

 大室部長は、相沢の気持ちを見透かしてか、それとも大分まで一番最初に駆けつけて来てくれた部下の労をねぎらってか、そのように持ち掛けた。いずれにしても部長のお墨付きをもらった相沢は、これで心置きなく大分観光ができると、内心ほくそ笑んだ。

 と、その時、

「危ない!」

―ガタッ―

「ばあちゃん、大丈夫かよ」

 見ると、部長の母親らしき老婆が、果物を運んで来て、遺体を寝かせている布団に、つまずいて、倒れていた。

 部長が母親を起こした。やはり八十代後半を過ぎているようであった。伴侶を亡くした悲しみのせいか、それとも年のせいかは、わからなかったが、足元がふらついていた。

 部長の兄嫁とおぼしき人が、ずれた布団を掛け直していたが、一瞬亡骸の左足が大きくはみ出した。そして、その足のくるぶしの所に、直径二センチぐらいの丸くて大きなほくろが見えた。

「いやあ、すまん、すまん、おふくろの方ももうろくしちゃっててねえ」

「あのー、変なことをお聞きしますが、部長のお父さん、足に大きなほくろ、あります?」

「ああ、あるよ。珍しい所にあるだろ」

「ええ、今、ちょっと、見えたもんで・・・・・・」

「よく気が付いたなあ」


 相沢は二時間近くいて、大室部長宅を辞した。

 そして、大分の市街地に入り、あらかじめネットで予約していたホテルにチェックインした後、近くの飲食店街に食事に出た。

 入ったのは、小さなイタリア料理の店だった。レストランテと言うよりも庶民的なトラットリアだった。

 店員に案内されたテーブルにつくと隣にどこかで見かけた女性が座っていた。

「あ、さっきのCAだ」

 相沢は心の中でそう叫んだ。

 向こうも気が付いた。

「あ、先ほどはどうも・・・・・・」

 驚いたことに、彼女の方から声をかけて来た。

「どの上空を飛んでいるのか、すぐに答えられませんで、失礼いたしました」

「いいえ、とんでもない。急な質問でお困りだったでしょう」

 これが一つの男と女の出逢いとなった。


 東京に帰ると、相沢は何度も彼女とデートを重ねた。

 そして、約二年後、結婚式を挙げた。

「・・・・・・という訳でして、二人の出逢いはまさに、私の父の天寿の全うがもたらした運命と言えます・・・・・・」

 それが、結婚披露宴での大室部長のあいさつだった。

 要するに、直属の上司である大室部長の父親が死ななければ、相沢はそのキャビンアテンダントと結婚することはなかったということだ。これは一人の死がもたらした運命、それまで女に持てず、ましてやキャビンアテンダントなどとは全く縁のなかった相沢にとっての〃千載一遇的大幸運〃となったのである。

 一年後、相沢夫婦に長男が誕生した。

 分娩室の前で待つ相沢に、看護師がかけた第一声が、次の言葉だった。

「この子、珍しいわ。くるぶしに大きなほくろがあるのよ・・・・・・」

                                          ―おわり―

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