悪役令嬢ですがケルベロスの左の頭なので婚約破棄中にワンワン回収されます
「ケルベリーナ・フラガリア・アナナッサ侯爵令嬢! お前の態度は女として非常に生意気で王妃として不適切だ! お前との婚約を破棄し、あらたにこのポメニアン・オランジェを妃として迎えよう!」
夜会会場に一際大きな王子の声が響いて、皆、そちらに注目した。
皆の視線の先には、オランジェ男爵令嬢の肩を抱いたこのイグニス王国の王子ハスニー・ド・イグニスがいて。それに対峙する形で、美貌のケルベリーナ・フラガリア・アナナッサ侯爵令嬢が立っている。
そんな中、ケルベリーナは思い出していた。
自分はトラ転(トラックに轢かれて転生)して前世で人気だった乙女ゲーム『ワンタスティック・ラブラブフォーチュン』の世界に転生して攻略対象とラブラブちゅっちゅな毎日を楽しみに来た…………………………、
………………、
わけではなく、ケルベロスの左の頭だったが転生して人間界に来たことを。
毎日毎日冥界に来る人間のファンキーさに呆れそして面白く、人間界に憧れた。
だから、他の2つの頭が寝ている時に勉強した転生魔法で転生したのだ。
他の2つの頭分も魔法力を使ったから大魔法だったけど余裕だった。
胴体は繋がっているけれど、頭は繋がっていなかったから、左の頭である自分の考えは他の頭には悟られなかった。
ケルベリーナは妖艶に笑った。
ケルベリーナの異質な微笑みに、夜会会場の貴族たちが見惚れる。
ケルベリーナは冥界に居る時に読んだ(もちろん他の頭は寝て(以下略))『婚約破棄のススメ・乙女ゲームにおける作法』に書いてあった事も思い出していた。
運よくケルベリーナは悪役令嬢に生まれた。そして首尾よく(?)王子と婚約した。
すると、本に書いてあったが自然な流れは『婚約破棄』だ。
悪役令嬢はスムーズに婚約破棄に同意するのがマナーだ。
「ええ、喜ん………っ」
「ちょっと待ったー!! ワンワンワン!! ようやく見つけたぞお前ー!!」
「ワンワン! 早く左端に戻れー!! ワンワン!!」
笑って婚約破棄に同意しようとしたケルベリーナの言葉を、犬の鳴き声が遮った。
見ると夜会会場に、黒い頭が二つある大きな犬が突如として出現していた。
やたらワンワンと鳴き声を上げる二つの頭の犬だが、ケルベリーナに向かって吠えている。
勢いがすごくてケルベリーナに向かって唾も大量に飛んでいた。
「自分だけ人間界を楽しむなんてずるいのワン!」
「普通はまず真ん中の俺様からだワン!」
「ワンワン、左の首のくせにー!!」
「俺たちが寝てるときずっと本読んでる根暗なくせにーワン!」
「「ワンワンワン!!!」」
大音量で喋り、『ワンワン』わめく犬たち(? 一匹? それとも二匹?)を前にケルベリーナは耳に指を突っ込んでふさいだ。
「冥界に居る時から思ってたけれど、至近距離で大きな声で喋るのがうるさいのよ。面白そうな人間界に転生して何が悪いの? 早く冥界の門に戻りなさいよ。死者が逃げちゃうじゃない。私は今、憧れの悪役令嬢なの、婚約破棄を了承するクライマックスなんだから!」
「え? 婚約破棄を了承?」
ケルベリーナの言葉に、ハスニー王子がポカンとする。
ヒロインのポメニアンがショックを受けた様子のハスニーにショックを受けて、
「王子っ?!」
と肩をゆする。
「わー!! ワンちゃんたち可愛いなあー!」
そのカオスな騒動に、今まで夜会をつまらなそうに見つめていた第2王子のコギルスが2つの頭のケルベロス達に突進してくる。
コギルスは、大きく黒く強大な魔力をまとった2つの頭の犬を物おじせず撫でまくった。
つま先立ちして背中辺りをわしゃわしゃ撫でると、ケルベロス達は戸惑った顔(?)をする。
「なんだワン? 俺たちは冥界の番犬ワン!」
コギルスは甘いクッキーをケルベロスに差し出して食べさせる。
「おいしいよ、これ王宮のシェフが作ったクッキー」
「食べていいのかワン?!」
「自分が食べるワン!!!」
「誰が食べても俺が食べた事と変わりないワン!!」
「甘い味のもの食べるのは自分ワン!」
コギルスの差し出すクッキーにあっという間に二つ頭のケルベロスは夢中になり、ケルベリーナとその他大勢は取り残される。
場は、
「ハフハフ美味しいワン美味しいワン!」
「人間界は甘いものでいっぱいワン!」
「ワンワンワン!」
「かわいいワンちゃんたちだなぁ」
という声が響くだけで静寂に包まれる。
そこへ、突如ゴゴゴゴゴゴゴ!!! と地響きのような音がして、夜会会場の床が黒い闇で彩られた不思議な空間に変化した。
「冥界から魂が逃げたではないか!!」
身体の芯にまで響く低い声がして、長い黒髪の男が現れた。
「キャウン!!!」
「すみませんワン!!」
「申し訳ありません!!!」
二つ頭のケルベロスと、ケルベリーナが揃って頭を下げる。
「ケルベロスよ! お前たちはおやつ抜きだ!!」
長い黒髪の男が持っていた杖を振り上げて二つ頭のケルベロスを裁く。
「違うワン! ハデス様違いますワン! 勝手に逃げた奴を俺たちは探してただけでワン!」
「そうワンそうワン! 断じて人間界で美味しいものを人間から貰って食べ歩きしながら楽しんでいたわけではないワン!」
「そうワン! 自分も人間からいっぱいクッキーを貰ってないワン! 好きなのはチョコチップクッキーじゃないワン!」
「そうです! ワンちゃんたちは悪くないです!」
二つ頭のケルベロスに、第二王子のコギルスが弁護して混乱が加速する。
「人間よ! 冥界には冥界の理がある! 口を出さないで貰おう! そして私にもクッキーを貰おうか!」
そう言ってハデスが、杖を持っていない方の手を差し出すので、コギルスは恐る恐るその手にクッキーがたくさん入った袋を置いた。
ハデスがクッキーの匂いに心が和んだのか、口の端で少し笑った。
「ペルセポネへの土産にしよう。よし、このクッキーに免じてお前たちは一か月のおやつ抜きで許す! 早く門の前へ戻れ!! 魂があっちこっちへ逃げているんだぞ!」
「わかりましたワン!」
「おやつ一か月なら何とかワン!」
「本当は一週間くらいにして欲しいワン!」
二つ頭のケルベロス達は床の闇から、そうワンワン騒ぎながら溶ける様に姿を消した。
「お前は70年後か80年後に人間の生を終えて冥界に戻ってきたら、1年のおやつ抜きだ!」
ハデスはケルベリーナにそう宣言する。
「そ、そんなぁ………」
と、床に崩れ落ちるケルベリーナに、ケルベリーナの魂が犬と知ったコギルスがササッと寄ってきて肩を抱く。
「それまでお菓子を食べ貯めしとくといいよ」
「コギルス様……優しい……」
そんな提案をするコギルスを、ケルベリーナは頬を染めて見やった。
「それからお前とお前! ウチの犬ケルベリーナをいじめたな! 冥界に来たら、魂がどうなるか覚えておくとよい!」
「はっ?!」
「えっ!!」
すっかり忘れ去られていたハスニー王子とポメニアン男爵令嬢に、ハデスが杖を振るって目印をつける。
二人の額に光る黒い点が浮き上がった。
「ハデス様! 大丈夫です! 私はちゃんと復讐できます!」
そんなハデスにケルベリーナが気を取り直して発言する。
「それはそれ、これはこれだ。飼い主としてのケジメだ。では、そろそろ冥界から脱走した魂を集めるために帰ろう、さらばだ!」
ハデスが杖を振って夜会会場から消える。
ケルベリーナやその他の者たちは頭を下げて神を見送った。
「ケルベリーナ嬢、良かったら兄上なんか捨てて、僕と結婚してくれませんか?」
その後、また皆が神の出現の余韻に固まっている中、コギルスが動き出す。
ケルベリーナにクッキーを差し出している。
ケルベリーナは迷いなくサッとクッキーを受け取った。
「喜んで!」
-おわり-
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