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第8話 ベガーズ・バンケット・アンド・アマミヤ

「悲しんでいる人がいたら、その人の話を聞いてあげなさい」


私は小さな頃から、祖母にそう言われていた。


「その人に元気になって欲しいなら、お話を聞いてあげるのよ」


私の祖母は、精神科医だった。病院を辞めてからは、カウンセラーとして国際的に仕事をしていて、日本よりはアメリカで人気だったらしい。


そんな祖母の持論を、私は耳にたこができるほど聞かされた。私は小さな頃からおしゃべりで、他人の話を聞くより、自分が話す方が好きだったから。そんな私を諭すために、祖母はいつも言っていた。


「香子、おしゃべりするのは、楽しい?」

「うん」

幼い私は元気に頷く。


「そうでしょう、誰かに自分の話を聞いてもらうのは、嬉しいことよね」


でもね、と祖母は続ける。


「香子に話を聞いてもらえると、ばあちゃんもおんなじように、嬉しいのよ」


「そうなの?」


私は首を傾げる。


「そう。ばあちゃんじゃなくても、みんな香子に話を聞いてもらえると、嬉しくなるの。だから、話をするばかりじゃなく、人の話をしっかり聞いてあげることは、とても大切なことなのよ」


私は頷いた。自分が誰かを喜ばせることができると思うと、嬉しくなった。


「それじゃあ例えば今ここに悲しい顔をしてる人がいたら、香子はどうしたい?」

「悲しくなくなって欲しい」


祖母は私のつたない言い回しに、ふっと笑う。

「そうね。そんなときも、話を聞いてあげるのが一番なのよ」


「でも、この前、お友達が泣いてて、どうしたのって聞いたら、ほっといてって言われたよ」


私は反論する。祖母は笑ったままでこう言った。


「そう言われたら、隣に座って一緒にいるの」


「いつか話し始めるのを、辛抱強く待ってあげる。聞きたいって本気で思うなら、きっとお友達も話してくれるわ。そしたら、香子に話しているうちに落ち着いて、元気になるから」


聞いてあげなさい。祖母はそう言って話を終える。


あなたは話を聞いてあげられる子。


聞いて、癒やすことができる。


誰かの悲しみを。






エンジン音が聞こえ、体に際限なく伝わってくる揺れを感じながら、私はまどろんでいた。


…車の中にいるようだ。


先ほどは、幼い頃の、祖母の夢を見ていた。


…ばあちゃん…懐かしい。

大好きだったなぁ。


今でも元気で、アメリカと日本を行き来して、忙しくしてますけどね!!


最近あんまり会ってないなぁ…。


それはおいといて。


…これは、さっき荒野に居たときに、近付いてきていた車だろうか。相変わらずガソリンの匂いはしないが、代わりに、プールで馴染みのある塩素に似た匂いが、わずかに鼻についた。



…頭が痛い…


後頭部に鈍い痛みを感じた。

ズキズキと脈を打つように痛む。どっかにぶつけたっけ?


「うー…いたたた…」


うめき声をあげながら目を開くと、緑色の瞳と、目があった。


「おわぁっ」


びびった!すごい至近距離なんだもん!


声をあげた私に驚いて、緑色の瞳の持ち主は肩を震わせる。


「狼が起きた!!」


そう言って、私からピョンと飛び退いて離れる。すごい勢いだったよ…なんかちょっと悲しい。


車の後部座席に寝かされた私の頭の方に、その子供は、もう一人の子供と二人でくっついて座っていた。車内は広く、それでも席には余裕があった。


「あせったー」


「何してんのさロビン。銀の手錠ついてるから大丈夫だよ」


「それは分かってるけどさ…」


その二人からは、日なたの匂いがした。

さっきの緑色の瞳の持ち主は、このかわいい男の子だったらしい。一緒にいる子供と瓜二つの顔立ちだ…多分双子なんだろう。年は12才位だろうか。

服装は二人とも、白いTシャツに、幅の広い踝まである麻のパンツに、明るいグリーンのサスペンダーをつけている。

どちらも、深い緑色の目に栗色の巻き髪。頭の横にある耳が大きくて、シカの耳みたいに見える。


私は彼等の容姿に困惑したが、はたと思い出す。

ここは、私のいた日本じゃなかったんだっけ。

よくわからないが、パラレルワールド的な、別次元的な…ファンタジー的な?

考えてもよく分からないので、そこであきらめる。


とにかく、私は見知らぬ地にやってきたんだっけ。ハルカに会うために…


ドイツの実在しない幻獣、ヴォルパーティンガーに変身しちゃう人がいて…頭にウサギの耳と鹿の角がくっついてて、それがなければ相当なイケメンの…

名前何だっけ…?


私が寝ころんだままぼんやりと思い出していると、前の座席から、茶色い瞳が気遣わしげに私の顔をのぞき込んだ。


茶色い髪をオールバックにした青年。


「ユリアン!」


そうだそうだ。ドSヴォルパーティンガーのユリアン!


そこでやっと目が覚める。


「アマミヤ…ごめん」


「何が…」


体を起こそうとして、動かせないことに気づく。頭だけを起こして自分の体を見ると、いつの間にか私は幅の広い革のベルトで全身ぐるぐる巻きにされていた。その上、手首には手錠。


…なんすかこれ。


ぜんぜん体が動かせない。

しかも身体中が痛む。とくに後頭部!


…もうイヤ。


またユリアンの趣味?



「ねぇ、頭が痛いし…っていうか身体中痛いけど、私ったら、何でこんなことになってるのかな?」


私は冷たい笑顔をユリアンに向ける。


ユリアンは顔をひきつらせて応えた。


「…言っとくけど、僕は止めたんだよ。君は普通の狼とは違って、凶暴じゃないって…」


「じゃあ、今すぐこれを外してくれる?」


私はユリアンの言い訳を遮り、冷たい笑顔のまま言う。


正直、イライラマックスですよ!


か弱い乙女に、何さらしてくれとんじゃい!


もう、何なの、モフモフのかわいいウサギの癖にドSなこの男は。

私の平凡な人生で、他人に拘束されるなんて想像もしなかったよ!

しかもこれで本日二回目です!


「はずすことは、できない」


困った顔で私を見ているユリアンの隣から、落ち着いた声が聞こえた。目線をずらすと、運転席から、白い肌にプラチナブロンドの前髪を斜めにきっちり整え、鮮やかなスカイブルーの目をした男が、顔をこちらに向けていた。黒地にグレーのピンストライプの、高そうな細身のスーツを着ていて、ビジネスマンのような雰囲気だ。ムスクのような、大人の香水の香りがした。


…ん?運転席から?


「えぇえ!?何してんの!? ヴァン!前!前みろって!」


ユリアンが絶叫する。


運転しているというのにがっつりこちらに顔を向けたままで、ヴァンと呼ばれた男は動じずに言う。


「大丈夫だ。ここはステッペンだし、ぶつかるものなんて何もない」


そう言うけど、さっきから車がものすごく蛇行してますよ!

揺れも酷いよ!


「うわっ」


「痛ー!」


さっきのシカ耳の双子が、車の揺れでドアや座席にぶつかって、怯えて叫んでいる。そんな中、何故か私の体は、寝かされた座席からほとんど移動しなかった。


このベルトや手錠に、何か仕掛けがあるのだろうか?


まぁ、同じ席にいる双子が何度もぶつかってくるから、ちょっとダメージ受けたけどね!でも、このままじゃあ、この子達が危ないじゃないか。


車の揺れは相変わらず激しい…ぐはっ!

双子の一人のひじが私の顔面にクリーンヒット!


わあわあ喚いている双子を気にもせず、ヴァンはこちらを向いたまま言った。


「いいかい、黒い狼。君はもう我々のものになった。明日のシルク・ド・ノワールの、きみは目玉商品だ。逃げようなんて…」

「いいから!ちゃんと前を見て運転しなさい!」


私は一喝する。

ばかもんが!小さい子が怪我するでしょうが!


ヴァンは、何とも言えない表情をすると、やっと前に向き直った。車の揺れは収まり、蛇行もしなくなる。


…良かった…


この人…大丈夫?

まぁ、ユリアンも相当だけど。


てゆーかこいつ今、私のこと、商品とか言った?


「ユリアン…?」


「…」


ユリアンはしょんぼりと耳を垂れている。


か…かわいい…!


いやいやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「私はどうなるって?」


私はユリアンを見つめる。ユリアンは視線を下に向けて、苦い顔で説明を始めた。


「僕らベガーズ・バンケットの夜の公演、シルク・ド・ノワールの本当の目玉は、人身、獣身売買だ。君はそこで、売りに出される」


へぇー本当にそんなことあるんだー…って面白がってる場合じゃない!


やばい超やばい。

売り飛ばされる!


今の私は狼の姿なんだっけ。さっきユリアンが教えてくれた話によると、狼は毛皮が売れるから乱獲された歴史が…って待って!


私、皮剥がれてしまうの!?


グロい!やばい!


いや、ふざけてる場合じゃない。

そんなの、最悪殺されるんじゃないか。



ユリアンについてくるべきじゃ…なかった?


私は、渾身の力を込めて上半身を起こした。

肩に巻き付いていたベルトが千切れて落ち、上半身が自由になる。手錠をつけられたままの手で、私は勢いをつけてユリアンの襟首を掴んだ。


驚いた表情のユリアンを、額がぶつかるくらいの至近距離で睨みつけながら言った。


「私をだましたのね?」


わお!こんなセリフを吐く瞬間が、私の人生に訪れるなんて…!

でもこの言葉しか出てこなかったんだ…。

男に騙されて売り飛ばされるなんて…私ったらなんて不幸な…。


ユリアンを睨みつけながらそう考えていたら、突然意識が遠くなった。


あれ…?


「ユリアン、大丈夫か?噛まれてないか?」


「ヴァン!勝手なことするなって…」


そんな話し声を聞きながら、視界が暗転する。

私はまたしても、意識を失ってしまった。






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