第7話 ユリアン・フローゲと当たらない占い
またまたユリアン視点。ちょっと番外編みたいな感じです。
今日の朝、ミセス・グレタが占いをしていたとき、丁度僕はすぐ側にいた。
僕はそのとき、テントの雨漏りの修理をしているところだった。
一座には器具専門の職人もいるのだが、資材調達に出払っていて、とりあえずの応急処置には、魔法を使った方が早く安全にすむ修理だったので、一座で唯一の魔術師である僕がやらされることになった。
めんどくさい、と思いながらも修理していたときだ。
「ユリアン、ちょっとちょっと」
ミセス・グレタに名前を呼ばれて振り返る。
ミセス・グレタは120歳を超える小さなおばあさんで、いつも濃い青色のビロードのマントを着ている。それは、神秘的な雰囲気を出す為だとか。だけどその下に着ているのは、田舎っぽい花柄のワンピースだ。
彼女は、ベガーズ・バンケット一座のいちばんの古株。
大フクロウ、ストリクスの種族で、占いや予言をするのが得意だ。公演のない日や幕間に、客を相手に占いをして金を稼いでいる。
「何?」
僕は手を止めて、高いテントの骨組みの上から、ミセス・グレタに返事をした。
大分高いところにいるのに、ミセス・グレタのしわがれた声は良く響く。
「今日、あんたはステッペンに行くべきだね」
「ステッペン?…なんでさ?」
ステッペンは、今僕等がショーを開いているこの街、ヒッツヴィルの外れにある荒野で、生き物が生息できない、死んだ土地だ。
そんな所にわざわざ行ったところで、何もないに決まってる。
僕はミセス・グレタを渋い顔で見つめる。
彼女の占いは当たるときもあるし、外れるときもある。しかも、客には評判が良いんだが、仲間うちにする占いは何故かほとんど外れるものだから、いちいち構っていられない、というのが本音だ。
「ステッペンに、素晴らしいものがあるよ」
彼女は僕の反応なんて気にせず、にっこりと笑って言う。
「あんたを救うものが、そこで待っている」
「僕を救うものー?」
意味が分からない、そう僕は言って、修理を再開する。骨組みを片手で支え、溶接部を魔法で熱して外す。新しい部品を浮かせて、上まで移動させる…
「信じていないのかい?」
ミセス・グレタはなおも言った。
僕は首をすくめる。
「ステッペンにあるのが、あんただけじゃなく、あんたの妹も、救うものだとしても?」
ミセス・グレタはそう言って、首を傾げる。
「…何だと?」
僕は手を止めて、ミセス・グレタを睨みつける。
僕の妹の話は、僕の前では禁句だ。
ミセス・グレタはそれをよく知っているはずなのに。
しかし彼女は、にこにこ笑ったまま、僕の視線を受け流す。
「さあユリアン、ステッペンに行っておいで」
彼女はそう言うが、僕はステッペンに行く気なんて無かった。占いなんて信じてない。けれど、リングマスターのヴァンゲリスは、ミセス・グレタの占いをちょっと病的なほど信頼している。
「ヴァン、ちょっとちょっと」
「何だい?ミセス・グレタ」
ミセス・グレタはヴァンにさっきと同じ占い結果を告げた後、「ステッペンにあるのは、一座にも大きな利益をもたらすものだよ」と付け加える。ヴァンはすぐに「行きましょう」と頷いた。
いったい何の弱みを握られているんだと、僕は思わずにいられなかった。
そもそも、ステッペンに何があるって言うんだ?そう聞いても、ミセス・グレタはにっこり笑うだけ。
ちょうど今日は、ショーは休みで、ステッペンから近い隣町のイコライザに商品(つまり、人や獣)を仕入れに行く予定があった。
僕を入れて4人ほどの仲間と、イコライザからの帰り道に、ちょっと遠回りになるが、ステッペンを経由することになった。
ステッペンに近付くにつれて、ヴァンがそわそわし始めた。
ヴァンはミセス・グレタのように予言ができるわけではないが、勘が良い。僕はミセス・グレタの占いより、ヴァンの勘を頼りにしている程だ。
トラックを運転している僕に、助手席からヴァンが言った。
「ユリアン、運転を代わるから、先にステッペンの中に行って、様子を見てきてくれないか?」
「ええ?嫌だよ。どうせ何もないって」
ミセス・グレタの占いに、いつも僕らは(主にヴァンが)振り回されているが、占いは外れてばかりだ。だから僕はミセス・グレタが仲間の占いを口にするときは、金を取らないからって適当に言っていると思ってる。今回もでまかせだろう。そう思っていた。
「頼む。何だか、嫌なものを感じる」
そう言って、ヴァンは自分のアタッシュケースから、金の首輪を2つと、銀の手錠を取り出した。
「え!?これ全部持って行けって?」
かなりの重装備だ。スフィンクスでも居るのだろうか?
それとも獲物は複数か?
「…本当に何かいる感じがするってこと?」
ヴァンは頷いた。
「多分、とても危険なものだ。魔法が使えるお前がまず行って、拘束しといてくれたら助かる」
「冗談じゃないよ…」
「考えてもみろ。このままで、何もないステッペンの中に入っていったら、トラックなんて目立ってしょうがないだろ。間違いなく迎え撃たれるか逃げられる。強い幻獣だったら、不意打ちで攻撃しないと…普通に戦っても負けるだろうし」
僕は有無をいわさず、一人で、ステッペンの何者かに特攻する事になってしまった。
「ユリアンにしかできないことじゃん」
「ユリアン、頑張って」
後部座席に座っている、ニコラとロビンが笑って言う。
他人事だと思って…
「もし本当に凶暴な幻獣だったらついてるぞ。
久しぶりの大物じゃないか。お前の取り分、多めにしてやるから」
その言葉に少しやる気を出して、僕はしぶしぶ頷いた。
そして、一足先に僕だけ魔法でステッペンの中に移動し、黒い狼、アマミヤに出会ったのだった。