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第6話 ユリアン・フローゲ・ディストーション

ユリアン視点です。

「…聞かせて」


アマミヤは僕の目を真っ直ぐに見つめてくる。

視線が揺らぐことのない彼女のその迫力におされて、僕はつい頷いてしまった。


けれども、さっき会ったばかりの、しかも狼なんかに語る話があるわけがない。

それに、僕はもともと、他人に自分のことを話す気は無い。


僕とアマミヤはその場に座り込んだ。

トラックは、もう数分で姿が見えてくるだろう。


仲間がいれば、さすがの狼でも逃げられはしない。

それまで僕は、この狼を引き留めて置かなくちゃならない。


僕は口を開いた。


「君は、狼が世間でどんな立場にあるのか、知らないとか言わないよね?」


アマミヤの態度は、自分自身の、と言うか、狼という種族に対する社会の評判を全く知らないみたいだった。

僕に会ったとき、何の警戒もしていなかったことから見て、明らかに世間知らずな事は分かった。


「うん。全然知らない。教えて」

アマミヤは案の定頷いた。


僕はため息をついて、説明を始める。


狼という種族は、毛皮が上等なうえ、獣型の時の体格が人間並みに大きいので、毛皮をとる目的で乱獲された歴史がある。

だから、現在はレッドデータアニマル(絶滅危惧種)に登録されている種族で、狼専用の保護地区も存在する程、手厚く保護されている。

しかしその凶暴性から、自己防衛という名目で殺されることが未だにある。

特に無法地帯では、狼にとっては敵だらけだと考えた方が良い。一般的に狼は凶暴で、その上とんでもなく強い。襲われる前に倒せ、と考える人の方が多いだろう。

しかし逆に、街に住む狼は安全だと言われる。狼の様な猛獣種が街に住む場合、許可をとらなきゃ住めない街が多く、審査をされるのだ。その審査をパスした狼なら、人を襲う心配はない…と言われている。


「…君はそういう種族だ。社会的にはね。だから、僕の最初の態度も悪かったとは思うけど、自分から仕掛けなきゃ殺されるって思ってのことなんだ。わかってくれる?」


未だに、狼の毛皮は裏では高値で売買されているし、生きたままの狼はもっと高額で取引されていることは、言わないでおく。さすがに、これ以上警戒されるのは避けたい。


話を終えた僕は、アマミヤを見た。


僕の話を身じろぎすらしないで聞いていたアマミヤは、小刻みに頷いた。


「よく分かった」


心なしか顔色が悪くなっている。…当たり前か。毛皮をはぐとか、大分嫌な話だよな。

ちょっと僕は話し過ぎたらしい。警戒されない訳がなかったか…。


話を変えようと、僕はアマミヤに質問する。


「本当に何にも知らないんだ。一体君は、どこで育ったのさ?」


全身が白い少年にこの場所まで連れてこられた、とさっき言っていたが…とにかく何らかの魔術にかけられてここに移動したのは確実だ。

しかし元は、何処で暮らしていたのだろうか。

黒い狼なんて珍しすぎて、有名になっていてもおかしくないのに。狼は基本、白かグレーか、薄い茶色の毛皮を持つと言われている。


「…遠くにいたよ」


彼女は曖昧な返事で僕の質問を濁そうとする。

気になって僕は更に聞いた。


「外国の生まれなの?」


「うーん、まあ」


アマミヤは、歯切れの悪い返答しかしない。


「どこの国?」


「…島国」

島国?そんなものは無数にあるじゃないか。いちいちはぐらかす奴だな。

何か隠したいことがあるんだろうか。


「…家族は?」


「いるよ。お父さんとお母さんとおばあちゃんと、アホな兄貴」


アマミヤは、それだけは即答する。

僕は少し、羨ましいと思った。


「ユリアンは?」


思い出したようにアマミヤは聞いてきた。

僕は不意をつかれて聞き返してしまう。


「え?」


「家族は?」


「…妹が…1人。今はちょっと、一緒にいられないんだけど…」

僕は口ごもりながらも答える。

彼女にまっすぐに見つめられて、何だか落ち着かなかった。落ち着かないけれども、何故だろう、彼女の真っ直ぐな視線に、嫌な気はしなかった。


しかし、相手は狡賢く人食いで悪名高い狼だ。

油断するな。

そう僕は自分に言い聞かせる。


さっきの金の首輪は、思いのほか魔力の消費が激しく、すぐに外れてしまった。

この狼が本当にヴェジタリアンだとしても、さっきの怪力で挑まれたら、僕は易々とやられてしまうだろう。実際先ほどの首輪の誓いをしたときは、彼女があと一瞬でも誓うのを拒んでいたら、魔法を持ってしても押さえ続けられなかった。

僕のヴォルパーティンガーの精霊も、もう殆ど実体化していられるギリギリだった。あの重さは、普通の人だったら背骨が折れているはずだし。

実際のところ僕は、ほとんど殺すつもりでかかっていたのだ。

狼が、憎いから。


全く、忌々しい程、狼は頑丈な生き物だ。


でも僕は、そんな狼にもう一度首輪を着けなければならない。


さっき着けた金の首輪には、僕の奴隷にする魔法以外にも、最後に着けた人を記憶する魔法がかけてある。この魔法に魔力を食われすぎて首輪はすぐに効力を失ってしまったが、これがあれば何処にいても、この狼の居場所を探索出来る。


アマミヤを…この狼を、逃すわけにはいかないから。


次の、純粋な金の首輪は、最低でも2日は保つはず。

突然背後に現れた僕を、この狼は少しも警戒していなかった。だから僕は余裕を感じて、探索用の首輪を先に使った。

首輪を一度に2つ使える程、僕は魔力に長けていないし、魔力の限界もある。もし今取り逃がしたとしても、絶対に逃れられないように、保険をかけたのだ。


「それと…、べガーズ・バンケットが家族みたいなものかな」


僕はそう言って微笑んだ。


さっきアマミヤに、親切にこの金の首輪について説明したのは、2つ理由がある。

僕を信用させるため。それと、もう一つの理由は、金の首輪を、装着しないと効果がないと思わせるため。

この首輪は、少し触れているだけで効果があるのだ。

この大人しい狼は、僕の丁寧な説明で僕を信用しているはずだから、ちょっとくらい首輪が肌に触れても、油断してくれるはずだ。

本当に危険な道具だから、実際これらの道具は所持も使用も違法なのだが、アマミヤがそれを知らなくて助かった。

しかし、ピストル並みに有名な道具なのに知らないなんて…世間知らずにも程がある。変わった狼だ。


とにかく今は、僕を信用させてやる。

この狼を手に入れるために。

相手が「黒い」生き物で、しかも「狼」なら、使い道が山ほどある。


さっきは感情が抑えられなくて、僕が狼を憎んでいることが伝わってしまったが、もうそんなヘマはしない。


僕を信用させて、この世間知らずな狼を僕のものにする。


僕達の、そして妹の、未来の為に。


簡単だ。こんな警戒心の無い奴。

さっき僕に首輪を着けられておいて、まだ僕を信用しているじゃないか。


「僕たちべガーズ・バンケットは、この国、サンディニスタでは、最大級の旅芸人の一座なんだ。…聞いたこと、ない?」


僕の言葉に、申し訳なさそうにアマミヤは応えた。


「……ない」


「まぁ、君は遠い国の狼みたいだし、知らなくて当然か。僕たちは国内から色々な国まで、旅興行して回ってるんだよ」

僕は優しく笑って言う。


「へぇ…ねえ、どんなことするの?」


アマミヤは興味を惹かれたらしく、質問してきた。


「僕達がやるのはサーカス。…サーカスは知ってる?」


アマミヤは片眉を上げて見せて、たぶん、と言った。


「ピエロや動物がいて、色々すごい技を見せてくれるんでしょ?」


アマミヤはものすごく簡単に説明した。

まぁ基本的にはその通りだ。けれど…

僕は頷いて、でも、と続けた。


「僕達の一座はちょっと変わってて、昼間は、シルク・ド・クレール、夜の公演では、シルク・ド・ノワールと呼ばれてる」


「夜の公演?」

アマミヤは首を傾げる。


「昼間は普通のサーカス。空中ブランコやなんかの、一般的なやつ。でも夜に開かれる公演では、珍しい生き物や、超至近距離で見られる猛獣のショーがあるんだ。特別な招待客以外はお断りの、危険なステージだよ」


僕の説明に、アマミヤは目を輝かせる。


「何それ!楽しそう!」


純粋に好奇心を働かせるアマミヤに、僕は少し罪悪感を感じた。

この説明は、嘘ではない。嘘ではないが、全てを語っているわけではない。

シルク・ド・ノワールの本当の目玉は、人や獣の売買にあるのだ。


この黒い狼を手に入れて、その商品にする。

それが、僕の本当の目的だ。


狼は、その美しさ、希少性、凶暴性も合わせて、人気が高い。

おまけにアマミヤはものすごく珍しい…黒い毛皮。はっきり言っておそらく彼女は、信じられない程の値で売れるだろう。


僕たちには金が必要なのだ。彼女を売って手に入る大金が、喉から手が出るほど欲しい。


現代社会において、人身売買が行われることを、ただの都市伝説だと思う人もいる。

けれどもこれは、何千年も前から行われ、現在でも確かに脈々と受け継がれている、忌まわしい風習だ。僕のいる一座では、人身、獣身売買が、収入源の一つなのだった。

貧しい地域では、自分の子供を僕達に売りつける親だって、少なくはない。

…これは、必要悪なのだ。

公演で訪れた街で人や獣を仕入れ、他国で売る。

金持ち、貴族、王族。

国によって階級制度は違うが、どこの国にも、どこの街にも、平気で人を金で買う、腐った奴はいるのだ。



「…ユリアン?」



考え込んでいた僕は、アマミヤの声で、現実に引き戻された。

慌てて取り繕う。


「あ、ごめん。何?」


「さっきから、何考えてるの?」


アマミヤは不思議そうに言った。


「別に何も…」


「ユリアン、無理しなくていいよ。私なら、ここに置いてっても構わないから」


僕は適当に言い訳しようとしたが、アマミヤのその予想外の言葉で、返事に詰まってしまった。


「私の種族が嫌いなんでしょ?ユリアン、親切に色々教えてくれてありがとう。私は、自分で何とかするから」


アマミヤはそう言った。心なしか気遣わしげに僕を見ている。


「…は?」


率直な言葉で拒絶された気がした。


ハッタリが通じていない。


僕の取り繕った態度は、全く効果がなかったらしい。


僕は慌てた。

アマミヤはもう既に立ち上がって、この場を離れようとしている。


「ま…待てよ!」


ここまできて、逃すわけにはいかない。僕はとっさに彼女の手首を掴んだ。

アマミヤは慌てる僕を見上げて、真っ直ぐに見つめてくる。


「ねえ、話したくないなら聞かないし、言わなくて良いよ」


彼女の目は、揺るがない。まっすぐ、まっすぐ、僕を見る。


「だけどユリアン、何か私に、言いたいことがあるでしょ?」


「言って」


僕は彼女に見つめられたまま、どうしても目をそらせなかった。

魅せられたように。

真っ黒な、夜の闇のような、日なたの影のようなその目に、吸い込まれそうな気さえした。



「あなたの話を、聞かせて」



ほとんど無意識に、僕の口から言葉が漏れた。


「…友達が、いたんだ」


アマミヤはじっと僕を見ている。


「僕の…名前をつけた人だった」


僕の目からふいに、涙がこぼれた。


「狼が…殺したんだ」


「狼が…お前が、あいつを殺したんじゃないか!」


頭では、わかってる。その狼は、目の前の少女とはなんの関係もないのだ。

それでも、僕の涙は、僕の憎しみは、治まらなかった。


大切な人を殺した狼を、僕は、許せない。

僕は…


そのときだった。

じっと僕を見つめていた筈のアマミヤが、いきなり僕の方に倒れ込んだ。


僕はとっさに、アマミヤを抱き止めた。


「ユリアン!」


「大丈夫か?」


「狼相手に、一人でよく生きていられたな」

聞き慣れた声がした。

気づけば、ベガーズ・バンケットの仲間の、双子のフォーン、ロビン・ファキネッティとニコラが僕の背後に立っていて、リングマスター(座長)でペガサスの、ヴァンゲリス・オデュッセウスが、アマミヤの背後に立っていた。


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