第4話 レン! ヴォルフ・レン!
話が進むのが遅い…精進します。
ユリアン・フローゲは、今まで私が出会った人の中でも、一番のドSだった。
…ヤっちゃっていいですか?
ユリアンはいきなり襲ってきたと思ったら、コロッと態度を変え、私を旅芸人の一座と一緒に来ないかと、誘ってくれた。
まぁなんで誘ってくれたのかはよくわからないけど、こいつを利用してやる、と内心では怒りを燃やしつつ、私はそれを快く承諾。
今はこちらに向かってくるトラックを二人で待っている。トラックはまだ遠く岩山の向こうに居るようで、一向に姿が見えない。
超人的な今の私の五感で、音や匂いが近づいて来てるのはわかるんだけど…
地面に座り込んでいると、ユリアンが口を開いた。
「アマミヤ、こんな所で何してたの?」
ですよね!!
こんな生き物が住めない荒野に、一人で居るなんて、意味分からないもんね。
…理由なんて私が知りたいよ!
私は、とりあえず正直に話した。
ユリアンが白い少年について、何か知っているかもしれないし。
全身白い少年に、いきなりこの場所に連れて来られた。けど、ここがどこか全然分からないこと。
ハルカについては言わないことにした。
話が長くなるし、人に話すのは、まだ辛い。
「全身白い少年…どういう種族だった?」
種族って…少年って言ってるじゃん。人間以外にないでしょ。
ユリアンが何を聞きたいのか、私にはいまいちよく分からない。
「とにかく、君はここがどこか分からないんだ。僕が教えてあげようか?」
ユリアンは何故かもったいぶって言う。
私は疑問に思いながらも、教えて欲しいと言った。
「なら、ちょっと狼になってみてよ」
ユリアンは平然と言った。
「ハイ!?」
何言ってるのかしらこの子!?
それともこれはドイツ風ジョーク!?
それなら、どんな返しが正解なの!?
困惑して私が応えられないでいると、ユリアンはニヤリと不吉な笑い方をした。
私にさっき白いヴォルパーティンガーをけしかけたときの悪い顔だ!
私はとっさに立ち上がって後ずさり、ユリアンと距離をあけた。
ユリアンは立ち上がって、言い放つ。
「金の首輪の誓いにのっとって命ずる。黒き狼よ、真の姿を見せてくれ」
どうした!?
色々と大丈夫!?
主にアタマ!!
とか、心の中でつっこんでいたら、急に首が熱くなってきた。
「!?」
首に触れてみると、今まで気付かなかったが、私の首には首輪がついていた。
いつから!?てゆーか、何で!?
…こいつにさっき、首、絞められた様な…
…てめーかぁ!ユリアン!
本当に筋金入りのドSだね!
言っとくけど、私はMじゃないから!
そんなプレイはお断りですよ!
私は飛び退いて、ユリアンとの距離をとった。
すごく焦っていたとはいえ、そんなに激しく動いてない筈なのに、私の体はユリアンの背丈以上の高さまで飛び上がっていた。
…え?
とんっ
そして鮮やかに着地する私。
10点!!
…気のせい気のせい。疲れてるんだわ、私…
気を取り直して首輪を再度触って確認する。
首輪は革ではなく、なにかツルツルしたもので出来ている。触り心地は金属のようだ。
触っても熱くはない。
あれ?さっき首が熱かったのは、気のせいかな?
そう思っていたら突然、足から力が抜けてきて、私はガクリと地面に膝をついた。
「…え?」
すると、今度は腕が勝手に動き始め、両手を地に着いた私は四つん這いの体勢になっていた。
なんじゃこりゃあああ!
体を起こそうにも、体は全く言うことをきかない。
パニックになった私は、無意識のうちにのどを鳴らして、うなり声を上げていた。
ユリアンがちょっと困った顔をする。
「怒るなよ。もうやらないから…(たぶん)」
たぶんって言ったな今!小さい声でもはっきり聞こえるんだよこちとら!
もうやらないって言うなら、この体の自由がきかなくなったのは、ユリアンに原因があるらしい。
おそらく、さっきの口上のとき、この首輪の、私の体の自由を奪うような仕組みが作動したんだろう。電撃とかで、神経を麻痺させるとか?知らんけど。
なんて恐ろしい道具だろう。市販されているのかな?…ドイツでは、こういう道具はいっぱいあるのだろうか?
ドイツ…恐ろしい子…じゃなくて国…
しかし、この状況は、何だかすごく屈辱的だ。
ユリアン、絶対ぶん殴る!
まぁ、いま、動けないんだけども。
私が屈辱に耐えながら、四つん這いのままフリーズしていると、突然私の視界は、真っ黒に塗りつぶされた。
「何!?何コレ!?」
何にも見えない。目をつむっているわけじゃないのに。
何にも分からない暗闇の中で、体温が急上昇するのを感じた。体中の血が沸騰しているような気さえする。
熱い!いやもう熱いどころの騒ぎじゃない!
体が燃える!
そう叫ぼうとした、その瞬間、視界は霧が晴れるように明るさを取り戻す。辺りを見回すと、すっかり元に戻っていた。
何だったんだ、今のは…
私は首を傾げる。
そのとき、何だか、体が軽くなったことに気付いた。
…おぉ?何だろう、この…湧き上がる開放感!?
今なら、何でもできそうな気がする!!
私…私、フリーダム!!!!!
居てもたってもいられずに、私は走り出した。
「うわ、ヤバい!」
ユリアンの小さな叫びが聞こえたが、知ったこっちゃない。あんなドSほっといて、とっととあのトラックのとこ行っちゃおう。
私は軽やかに走った。
早い。我ながらめちゃくちゃ早い。
さながら飛ぶように、風をきる私の体。
耳元で風がビュウビュウと鳴く。
体中に力がみなぎってくる気がする。
血が騒ぐってこういう感じなのかな!?
けど私、特に運動得意ってわけでも、運動音痴でもない、良くも悪くも普通の運動神経のはずなんだけど…。
そう考えている間にも私は、すごい速度で荒野を移動し、遠くに見えていた岩山に近づいて来てしまった。
…まてよ。
私、今、四つん這いで走って、この速度なんですけど。
…ん?
戸惑って、自分の手元を見下ろせば、黒い毛皮に覆われた、動物の前足が見えた。
…え?
いやいやいやいや、私こんなに毛深くないよ!?
…よし、落ち着こう。
この足、私の?
私はノリノリで走っていた足を止める。
立ち止まって自分の足を、体を、眺める。
黒い毛皮で覆われている体。
前足、後足。
私自身が動かしているはずのその体は、どう見ても人間の体ではなかった。
最後に目に入ったのは、黒い大きな、犬みたいな、しっぽ。
さすがに信じられなくて、しっぽを動かそうとしてみる。
私の感覚に沿って、パタリと、しっぽが振られる。
…これ…
もしかしたら…
もしかしなくても…
私…
人間じゃ、なくね?
ノォォォォォォォォ!!!
と叫んだつもりが、悲しげな狼の遠吠えが、荒野に響き渡った。
私がうろたえていると、ウサギがチョロチョロ近づいてきた。
フワフワの茶色い毛皮に、黒い鹿の角、背中には毛皮と同じ色の翼、かわいらしい顔に不似合いな、鋭い牙。これぞヴォルパーティンガーだ。
私は考える。
私の体がついさっきまでは人だったはずなのに、あの暗闇に取り巻かれてからは、どうも、黒い毛皮の、獣の姿になってしまったらしい。
そして、目の前には民話の伝承そのままの、ヴォルパーティンガーの姿。
先ほどヴォルパーティンガーと名乗った青年。
それに、彼は私のことを黒い狼と呼んだ。
黒い毛皮に覆われた、私の体…
私、狼なんだ?
ひらめいた。しかも私はなぜか、その奇想天外な結論を、ストンと納得してしまった。
この茶色いフワフワの、ヴォルパーティンガーはきっとユリアンだ。
もしかしたら…ここは、私のよく知る世界とは、異なる場所かもしれない。
つまり、ここでは動物はみんな、人間の姿になれるってこと?または、人間はみんな、動物の姿になれるのかな?
私の聴力と嗅覚が異様に鋭くなっていたのは、私がイヌ科の、狼になれるからなのか。
合点がいった。
何この大変身…
ん?待てよ。
ユリアンと会った時、私は人の姿だったはずだ。
自分でも覚えているとおり、二足歩行だったし、毛皮でもなかった。高校の制服を着ていたし。
なのに、私を見た瞬間ユリアンは、「君は狼か?」と言っていた。
ユリアンは、人の姿をしていたが、角とウサギの耳がついていたし、牙もあった。
ということは…
私も、耳がついてたのかも!?
………きもっ
いぬみみ…じゃなくて、狼耳?
アイタタタタタタア!
私、痛い人だ!確実に痛い人だ!
気持ち悪い!
私ったら気持ち悪い!
ユリアンみたいな美形には、まぁ、変だけど、許されると思う。イケメンには何でも似合うよ。でも、こんな私に、美形とか言われたこともない私に、獣の耳がついてたりしたら、ただひたすら、キモイだけでしょ!!
外見が変わっちゃうなんて、聞いてないよ!白い少年めぇ!
私はユリアンに話しかけようとしたが、うなり声しか出なかった。
あ、さすがに狼の口で言葉の発音は無理か!?
ユリアンが近づいてくるのを見て、私は思った。
モフモフした首もと…なんて愛らしい。
噛みつきたい…
いやいやいや!いかんいかん!
思考まで狼になってどうする!
私は頭をブルブル震わせ、人間に戻りたい、と思った。すると、視界が真っ暗闇になる。あ、さっきと同じだ。ということは…
目の前が元に戻ると、私は人の姿に戻っていた。
私は安心して胸をなで下ろした。一生狼の姿とかじゃなくて良かった…
そして、ユリアンの方を向く。ユリアンもいつの間にか、人型に戻っていた。
聞きたいことは山ほどあるけど。まず…
「ユリアン、この首輪は何?」
怒気を含めて私は言った。
ユリアンは、驚愕の表情で私を見た。
「…知らなかったの?」
「さっき誓ったことと何か関係あるの?」
「そうか…だから君、ほとんど抵抗しなかったのか。…説明してあげるよ。でも、怒らないでよね」
それは無理。
ユリアンは、めんどくさそうに話し始めた。
「それは金の首輪。ガニシュカと金から作られている…」
「ガニシュカって何?」
そんなことも知らないのか、とユリアンはうめいた。
いいから教えて、と私は先を促す。
呆れるよ…とこぼしながらも、ユリアンは丁寧に説明してくれた。
「ガニシュカは、鉱物だよ。貴重なものだ。採れる高山は、この国と、隣の国にしかない。ガニシュカには、人の体を支配する力があるんだ。けど、ガニシュカだけではこの首輪はできない。この…」
そう言いながら、胸元からネックレスを出してきた。歪な形に削られた水晶の様な石が、革ひもにぐるぐる巻きにされて、ぶら下がっている。
「この石、ヤヌシュカ。これは触れている人間の意志を、ガニシュカに送れるんだ。元々1つの石から出来ていて、対になっている。2つ一緒に使うと、人を操れるんだ」
「…」
私は返す言葉を失った。なんて危険な石だ!!
「あと、これには魔法もかけてある」
「魔法!?」
耳を疑う。
何てことだ。まずその石の作用からして有り得ないのに、魔法ときた。
…まあ、自分が狼に変身した時点で、もう何が来ても受け入れられる気がするけど。
「これは、首輪をつけた人に、つけられた人が誓いをたてれば、首輪をつけた人だけが、ヤヌシュカの効力を使用できるって制約の魔法」
「つまりアマミヤ、君の場合、僕だけが君に何でも命令できる…ってわけ」
「えぇ!?」
なんだそりゃぁ!
言ってみれば、自分だけの奴隷が作れちゃう道具だぜ☆
ってことじゃないか!!
危険このうえない!
てゆーかどっちにしろ今の私はどうしたって、こいつの言いなりってこと!?
それだけは嫌だ!!!!!