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第36話 レディー・マドンナ

「黒い狼!会いたかったんだ!僕の隣においでよ!」


考え込んでいた私は、気まずい雰囲気を吹き飛ばすような、明るい声に顔を上げた。白い狼、クリスチャン・ノボセリックが嬉しそうに顔をほころばせて、私に手を振っていた。


トキが目を細めて、呆れた顔で白い狼を見ると、私の方に向きなおって言った。


「…まぁ、好きなとこに座れよ」


私は苦笑いしながら頷いて、白い狼の座っている場所に近付いた。


円形の黒い木製テーブルに、プラスチック製のなめらかな貝殻のような椅子が2脚。白い狼はその一つに座っていた。私は空いている方に座る。


「初めまして。クリスチャンさん」


そう言って軽く会釈すると、白い狼は首を横にぶんぶんふりながら言った。


「そんな…クリスでいいよ!トキにはそう呼ばれてるんだ。あいつ、クリスチャンって呼ぶのが長くてめんどくさいとか言うから。あなたは、黒い狼は…」


「雨宮香子です」


私が応えると、クリスは人なつっこい満面の笑みを浮かべる。


「そうだ、トキがアマミヤって呼んでたね!僕もアマミヤって呼んでいい?…ああ、黒い狼に会えるなんて、本当に感激だよ!」

クリスは勢いこんでそう言うと、目をキラキラさせて、何かを期待するように私を見ている。


何だか、やり辛いなあ…


アマデウスといい、クリスといい、何で狼は私を…歓迎?してくれるのかな。


「感激ってなんで?…黒い狼が神話に出てくるから?」


トキの話を思い出して聞いてみると、クリスは目を丸くした。


「うーん…違う、かな。いや、まぁ、それも無いことはないけど…あれ…君はまさか、何も知らないとか言わないよね?」


「…何のことを?」


「ほら、狼のことだよ。黒い狼が現れたら起こること。そうだな、例えば、特別な魔法を君は持っていたりするんじゃない!?」


クリスは目を輝かせ、まばたきもせずに私を見ている。

何この高すぎる期待!?


「…ごめん、何が言いたいのか、よくわからないんだけど…」


私がそう言うと、クリスは絶句してしまい、目を見開いたまま固まって動かなくなってしまった。

なんかショック受けてる…?


「あ、あの…」


私が戸惑ってクリスに質問しようとしたとき、背後にやって来たトキが突然クリスの頭をはたいた。


「いだっ」


クリスは呻いて、頭を抱えた。


「トキ!痛いよ!何すんだよ!」


「お前の都合で他人の価値を決めるなよ。お前は、他人に自分を先入観で決めつけられるのがいちばん嫌いなんじゃなかったのか?」



トキの言葉に、クリスは目をしばたたいて、うなだれた。


「…そうだね。アマミヤ、ごめん」


「待って待って、私には何が何だか分からないんだけど…」


そう言うと、真面目な顔になってクリスは言った。



「僕達は狼だからさ、狼以外の種族には、毛嫌いされてるだろ?僕等みたいにベジタリアンを貫いてる狼まで、知らない人から見れば同じように僕自身も人喰いだと思われて、散々な目に合うじゃない。でも、君の見た目で勝手に期待した僕も、僕に散々ひどいことをした奴らと同じだ…ってこと。悪かったよ」



クリスは肩をすくめて、悲しげな表情になる。


私はいまだに話が見えなくて、困惑して言った。

「私の見た目で、何を期待したの?毛皮が黒いと、何かあるの?」


そう言ったら、


「…そこから!?」


って、店に居るメンバー全員に突っ込まれた。



…仲良いね。ヨシュア・ツリーのみんな。


「なんで狼なのにそんなことも知らないんだ?」


「こいつ本当に狼か?」


ヨシュア・ツリーのメンバー達に、口々に疑問を浴びせられて混乱する私を見かねて、私がこの世界のことをほとんど知らないことを、トキが説明してくれた…一言で。


「こいつは、俺と同じ世界から来てるって言っただろ」



「あぁ…はいはい」


「分かった分かった」


「それならしょうがない」


「言ってろ」メンバー達はその一言で違った意味で納得してしまったようだった。


うそぉ…

大丈夫かなこの感じ…

全然信じてないよね!?

絶対冗談だと思われてるよね!?


…まぁ、それでも別に困らないからいいか。


クリスは、それならしょうがない、と詳しく説明してくれた。トキ、この感じだとみんなトキの言うこと全然信じてないよ…



「狼族にはね、古い言い伝えがあるんだよ。黒い狼についてね…黒い狼が現れたとき、狼に『救い』が訪れる。そう言われているんだ。その『救い』がなにかはわからないけど、僕の考えではね、狼達が人を喰わなくなるんじゃないかと思ってるんだよ。それは僕のいちばんの願いだったから、黒い狼が現れたって聞いたとき、すごく期待しちゃったんだ」


うなだれるクリスに、私は何だか申し訳なくなって言った。


「そうだったんだ…なんか期待にそえなくて、ごめんね」


「いや…いいんだ…」


クリス!目が死んでる目が死んでる!


私がちょっとクリスを揺さぶってやろうかと思った瞬間、私は後ろから肩を叩かれた。

…って言うより、つつかれた感じがした。

振り向くと、キキーモラの女の子、スーズ・スーが立っていた。

彼女は私をギラリと睨みつけてくる。


何故だか嫌われてる?…と思いながらも、私はスーズと目を合わせて首を傾げた。けれど、私をにらみつけたままスーズ・スーは何も言わない。しびれをきらして私は先に口を開いた。


「あなたは、スーズ・スーだよね…」


そう私が言うと、スーズ・スーは眉間のシワを深めた。

その表情は、かわいい女の子なのに、おでこがまるでパグ犬みたいだ。


そう思って、私は思わず笑ってしまった。慌ててすぐにフォローのつもりで言った。


「…かわいいね。スーズ」



にやけた顔はごまかせず、笑いながら言ってしまったから、ちょっとまずかったかな…とスーズ・スーの顔を窺った。

すると、彼女は頬を赤らめて私を見ていた。

びっくりした顔で、私をまじまじと見つめてくる。…どうしたんだろう?もしかして怒っちゃった?


私が不安に思いながら見返すと、スーズ・スーはハッとして、すぐに口をへの字に曲げて不機嫌そうな表情をつくった。頬は赤いままだけど…



「…スーズじゃなくて、スーって呼んでくれる?」



絞り出すようにスーズ…じゃなくて、スーは言うと、気を取り直して、私をまた睨みつけた。



「ああ…。スーズが嫌だったの?ごめんね、スー。雨宮香子です。よろしくね」



私が謝ってそう言うと、スーは腕を組んだ。


「あなたの名前はさっき聞いた。何度も言わなくていいわよ」


…はっきり言う子だなぁ…


「あと、あなた誤解してると思うから言っとくけど。私、あなたより年上だからね」





「…え?」




私はその場に凍りついた。


このロリな女の子が私より年上!?

どう多めに見ても、12才位にしか見えないのに!



「そうなの…?」



私はトキの方を見て聞いた。するとトキはこともなげに頷いた。



「そうだぞ。俺も初めはびっくりした。キキーモラはそう言う種族なんだってさ。子供の姿で成長が止まるそうだ」



「そうなんだ…ちなみにスーは、本当はおいくつ…」



「秘密」


スーはウィンクしながら言った。


何というか、どう見ても子供なのに、スーは色気がすごい…

キキーモラってなんて恐ろしい種族なのかしら!


そうやって私が戦慄しているところへ、トキが首を傾げて言った。

「そういえばお前って、女じゃなかったっけ?」


「何をいまさら…あ、でも、ちゃんと自己紹介しなくちゃだよね」


そう言って、私は髪を引っ張った。魔法の効果が切れて、髪が伸びていく。

ふぅっとため息が出た。

魔法がとけていくのって、何だか不思議な爽快感がある。…重たい服を脱いだ時みたいな感じ?


「うん。今、性別が分かんなくなる?魔法をかけてもらってるんだ。ヴァンに外出禁止を言い渡されちゃって。だから抜け出すために変装してたんだよ」


「やっぱりか。何か変だなとは思ったんだ。お前の髪、長かったような…と思って」


鈍感過ぎるよトキ…。

昨日普通に話してた時は、性別なんて何も気にしていなかったってわけ?

…私、女として見られてなさすぎなんじゃ…


「…騙したわね!?」


突然、スーズが大声を出して、勢いよくお店から出て行ってしまった。


なんかめちゃくちゃ怒ってた!?

やっぱり男のふりなんかするのは、失礼だったかな。ちゃんと最初に変装してますって言っておけば良かった。


「…ごめんなさい」


私がみんなに向かって謝ると、ラスが涼しげな顔で言った。


「いや、スーが愚かなだけです」


「だな」


トキやクリス、他のメンバーもその言葉に頷く。


「愚かって…」


意味が分からなくて首を傾げると、トキが首を振りながら言った。


「まぁ、気にするな。あいつはちょっと…思い込みが激しいって言うか。まぁ、すぐ戻って来るだろ。お前もあんまりあいつをからかってやるな。スーズは中身は年増かも知れないが、見かけが子供だから、甘やかされるのに慣れてんだよ。からかわれるのは慣れてないんだ」


からかったつもりはなかったんだけど…。顔見て笑っちゃったのはちょっとよくなかったかな。反省しよう…


「それよりお前、今魔法解いてしまって良かった…の…」

そう言い掛けて、私の背後を見たトキの表情が凍りついた。


「え?」


つられて振り向いた私は、


「う、嘘…」


そう呟いた。



私の目の前に、鬼の形相のヴァンが立っていたのだ。



逃げなきゃ!

そう思ってとっさに立ち上がろうとした私は、トキに腕を掴まれて座らせられた。


怪しげな作り笑いをしながらトキは言った。


「よぉヴァン。久しぶりじゃねぇ?」


「お前に名前を呼ばれる筋合いはない」

ヴァンは冷たく言い放つ。


…何この空気!?


「ヴァ…ヴァンゲリスさんじゃないですかー奇遇ですねこんな所で会うなんてー…」

私はこの雰囲気をスルーすることにして、目を泳がせながら言った。


「何を白々しいことを…」


幸いヴァンはトキから視線を外して私の方を向いた。…殺気のこもった眼差しだったけど。


「俺の言いつけを守らなかったな…アマミヤ」


ヒィィィイ!恐ろしい!


「や…あの、これには深い訳が…」


しどろもどろになりながら私が言い訳しようとすると、ヴァンはにっこり微笑んだ。

「そうか…じゃあ、初めから終わりまで、俺が納得する説明をしてみろ」


イャァァァア!怖い!寒気する!笑顔なのに!



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