第32話 taste of saury
朝、テントにて。
今、私は床に正座して座り込み、ヴァンは私の正面のベンチに腕を組んで座っている。
私たちは向かい合って、じっとお互いの目を見つめていた。
私は口を開いた。
「ヴァン…」
ヴァンは私の眼差しをまっすぐに受け止めると、目を伏せてため息まじりに言った。
「アマミヤ…」
次の瞬間、私は勢いよく土下座した。
「どうか、外出させて下さい!」
「ダメだ」
ヴァンは即答する。
「……トキと約束したんだよ!」
「絶対に、ダメだ」
言いつのる私を、ヴァンはきっぱりと切り捨てた。
「何でダメなの!?」
「お前が世間知らずだからだ!」
「…君たちさぁ、さっきからそのやりとり、何回目?」
「諦めなよアマミヤ。ヴァンは一度言いだしたら聞かないから」
呆れた声をあげたのは、ルーとユリアンだ。
私たちの横でベンチに座って、マグニフィセント・セブンのカフェで買ってきた、ローストビーフをはさんだ大きなパストラミとキャラメルラテで、優雅に朝食をとっている。
おいしそう…
黄金色になるまで炒めたタマネギと、たっぷりのローストビーフと瑞々しいレタス、甘く香ばしいパンの匂いがいやでも鼻について、説教で朝ご飯おあずけ状態の私のお腹は鳴りっぱなしだった。
先ほど、小一時間ヴァンのお説教をくらった私は、まさかの外出禁止を言い渡されてしまったのだ。思わず「お父さんか!!」と突っ込みを入れてしまった。
ヴァンは冷静に「違う」と返してきたけどね…。
困った私は、とっさにトキとの約束を口にした。それが地雷だったようで、ヴァンは更に怒り狂い、来週に早まった私自身のオークションの日まで、私は一週間もの外出禁止になってしまった。
「だから、なんでトキに会いに行ったらダメなの?」
トキが私を攫おうとしていたことなんて、ベガーズ・バンケットのみんなは知らないはずなのに…。
私がそう思いながら首を傾げていると、ヴァンは言った。
「アマミヤ、お前はわかってんのか?自分が本当に危険だったことが?」
「…獣姿で街に入るのは危険。狼なら尚更、危険な猛獣だから街に入った時点で射殺されていても文句が言えない。珍しい色だから生け捕りしようとしていたみたいで助かったけど、運が良かっただけで、もう二度とやっちゃダメ。あと、犯罪者集団『ヨシュア・ツリー』と言えば、名の知れた盗賊団で、リーダーのトキはお尋ね者だから、知り合ったって百害あって一利なし…でも、トキ達がやってることは、ベガーズ・バンケットのシルク・ド・ノワールとどう違うの?」
私は、ヴァンにさっきの説教でくどくど言われた内容を簡潔に言うと、ヴァンの目を見つめて質問した。
「……」
ヴァンは複雑そうな顔をして、言葉に詰まる。
「トキ達の仲間に、狼が一人いるんだって。私、その人に会ってみたいんだ。色々聞いてみたい。ねぇ、もう絶対に人前で獣姿にはならない。約束する。だから、行かせて下さい!お願い!」
「トキは俺たちを嫌ってる。お前に何かしてくるかもしれないぞ」
「だーかーら、トキはアリと私を助けてくれたんだよ?そんな人が、何かしてくるわけないでしょ?」
私がもどかしく思いながら言うと、ヴァンは首を振った。
「そんなことは分からない」
どうしても意見を曲げない、かたくななヴァンに、とうとう私は根負けした。
「もう…分かったよ!」
私はそう叫びながらテントから出て行った。
…我ながら子供っぽかったと思う。
ずっと私の側から離れないアリと一緒にテントの脇に座り込んで、抜け出す方法について考えていると、ユリアンが私とアリの分の朝ごはんを持って来てくれた。
「アマミヤ…君も大概、頑固だね」
呆れた顔で言うユリアン。
「ヴァンはトキが嫌いなの?トキはヴァンとユリアンを認めてるって言ってたのに」
私が言うと、ユリアンは困った顔をした。
「あれは…ヴァンはちょっと、トキをライバル意識してるんだと思う」
「ライバル意識?」
「ヨシュア・ツリィのジンのこと、聞いてる?」
「ラナーって人でしょ?トラッカー・ドラゴンに追いかけられた時に私を助けてくれたよ」
「そう。ラナーは、ヴァンの恋人なんだよ」
「え!そうなの!?」
「というか、婚約者の方が近いかな。ジンは普通の人間とも幻獣とも違う。ジンの寿命はすごく永いんだけど、生きていくために何か、ものを『よりしろ』にしなければ消滅してしまうらしい。それで、ラナーの『よりしろ』を、ヴァンが持っているんだ」
「よりしろ?」
「ジンは魔法も使わずに、自由自在に変化できる。でも、魂だけは変えられず、ものにとり憑いていないといけないんだって。置物とか、ランプとか…そういうもの。ラナーは自分のそれをヴァンに持っていてほしいって渡したんだよ。ヴァンはベガーズ・バンケットにラナーを誘ったんだけどさ、ラナーはヨシュア・ツリィでトキを助けたいんだって断っちゃったんだ」
「それで…」
「…ユリアン、口が軽くなったな」
私が口を開いた瞬間、すぐ近くに来ていたヴァンが言った。
私は気付くのが遅れて、ちょっと驚いてしまった。
「…いいだろ。本当のことだし」
ユリアンは悪びれずに言った。
ヴァンは苦い顔をする。
「…全く、病気だな」
「は?どういう意味?」
ヴァンの言葉に、ユリアンがいぶかしむ。
「薬で治せない病だよ。お前が幼女趣味とは知らなかった」
そう言いながらヴァンは一瞬私を見た。
うん?なんで今、目があったんだ?
今の会話、私関係ないよね?
すると突然、ユリアンは勢いよく立ち上がって言った。
「お前こそ、正体の無いものが恋人じゃないか」
「……取り消せ」
「そっちこそ」
何の話をしてるのかよくわからないけど、喧嘩し始めちゃったよ!!
ピリピリした雰囲気の中、私はおずおずと声をかける。
「あ、あの…」
2人は応えない。にらみ合って、今にも互いに掴みかかろうとしている。
「子供たちが見てますけど…」
私がそう言うと、ヴァンとユリアンはすごい勢いでこちらを向いた。
座っている私の背中に抱きついて怯え気味のアリと、いつの間にかやって来て私の隣に座り込み、興味津々で見上げてくる双子を目にすると、ヴァンとユリアンはバツが悪そうに一瞬見つめ合って、ため息をついた。
「ねぇねぇ、痴話喧嘩ってやつ?」
双子の1人がニヤニヤしながら言うと、ヴァンはその頭を叩こうとした。その手をするりとよけて、双子は笑いながらどこかに散って行った。
「…とにかく、一週間大人しくしておくんだ」
ヴァンは私を見てそう言うと、素早くテントの中に戻って行った。
「ねぇ、ケンカなの?2人とも怒ってた」
アリが不安げに言う。私が口を開く前に、ユリアンが応えた。
「大したことじゃないよ。僕とヴァンはよく口論するんだ。気にするな。…アマミヤも、ヴァンが言ったこと、気にすること無いから」
「何が?ユリアンは幼女趣味だってこと?」
私がパストラミにかじり付きながら言うと、ユリアンは叫んだ。
「違う!!」
アリと朝ごはんを食べ終わってから、私はまた、抜け出す方法について考えていた。
「何でそんなに、あいつに会いたいんだ?」
悩む私を見て、ユリアンが不機嫌そうに言う。
そのとき、ユリアンの方を向いた瞬間、私はひらめいた。
私が抜け出せないように魔法をかけるのは、一座に他に魔法使いが居ないと言っていたから、ユリアンだ。だからユリアンを見方にすれば、楽勝でトキ達に会いに行ける!
「そうだ!ユリアンお願い!あさって抜け出すのに、協力してくれない?」
「…じゃあどうしてそんなに必死なのか、教えてくれよ」
「それを言ったら、協力してくれる?」
「…どうかな」
「ユリアンは優しいから、きっと助けてくれるよ」
私はにっこり笑って言う。ユリアンは眉を寄せて腕を組んだ。
「私、幻獣や狼について…っていうか自分についても、全く分かってないでしょ、世間知らずって言われるし」
ユリアンは無言で頷く。
「だから、トキの仲間の狼に話を聞きたいと思うんだ。同じ種族の人に話を聞けたら、気をつけなきゃいけないことが分かるし、狼の、自分の立場が知れるでしょ」
「真面目なことを言うね」
ユリアンがニヤリと笑って言った。
私は戸惑って、押し黙った。
「……」
「本当にそれだけ?」
ユリアンは首を傾げる。私のトキに会いたい理由がそれだけではないことを、ユリアンは分かっているんだ。
私は決心した。
ある程度なら、ユリアンに話してしまう方が良いかもしれない。
「…私、白い男の子に連れてこられたって言ったでしょ?」
ユリアンは頷いた。
「白い男の子が、『会いたい人に会わせてあげる』って言ったから、私はついてきて、気がついたらあの荒野…ステッペンにいたの」
「会いたい人に会わせてあげる…?よくまぁ、そんな怪しい話にのったね」
「…うん。あとから思えば、本当にそうなんだけど。でも、その言葉は嘘じゃないと思うんだ。それでね、その子に、『会いたい人』に会いたいなら、その子の名前を探せって言われてたの」
厳密にはちょっと違うけど…まぁ、これ以上話すと、全て言わないといけなくなる。本当のことを言わない方が良いって予感は変わらないから、黙っておこう。
「名前?」
「白い男の子の名前だよ」
それから私は、トキも同じ様に白い男の子の名前を探さなければならないので、協力することになったと説明した。
「だから、どうしても行かなきゃならないの。力を貸してくれない?」
ユリアンはためいきをついて、それからしぶしぶ頷いた。
「そんな話をされたら、協力しないわけにはいかないじゃないか…」
「ありがとう!!やっぱりユリアンは優しいね」
「…会いたい人って?」
ユリアンに聞かれて一瞬言葉に詰まってしまったけれど、なんでもないふりをして私は応えた。
「…幼なじみだよ」
「ふうん…」
ユリアンはそれ以上何も聞いてはこなかったので、私はホッとする。
ハルカの事となると、私は途端に弱気になってしまうんだ。
本当は、不安でしょうがない。
ハルカに会うには、トキの様に何年もかかるのかな?
…そもそも、ハルカに…本当に、会えるのかな…?
そう思うと不安で、泣きそうになってしまったけれど、ぐっと我慢する。
ユリアンは下を向いて考え込んでいたので、そんな私の様子には気づいていなかった。
突然、ユリアンが呟いた。
「そうだな…男になってみる?」
「えぇ!?」
ユリアンがまた変なことを言い始めた!
ユリアンは驚愕する私を見て吹き出して、笑いながら言う。
「魔法で、だよ。僕の魔法は自分で言うのもなんだけど、複雑で騙しにくいんだ。僕がアマミヤを助けたってヴァンにバレると面倒くさいから、アマミヤがただ単純に思いついた策がはまってしまったことにしよう」
「どういうこと?」
「魔法をかけるときに、『ある部屋から誰も逃がさない』って感じで、不特定多数を見張るのは手間なんだ。隙間無く魔法を定着させなきゃならないから、広ければ広いほど大変だ。そこで、エネルギーの節約のために僕がいつもやってるのが、ドアや窓に、捕まえたい人と同じ性別の人間が通れない魔法をかけること。例えば、捕まえたいのがアマミヤみたいに女性なら、女性がそこから出られないように魔法をかける。そうすると、楽に確実に留めておける。ただ、これには欠点がある」
私は頷いて先を促す。
ちょっとためてから、ユリアンは目を細めて言う。
「男装して男のふりをするだけで、この魔法は騙せてしまう」
「何それ!」
「実はこの魔法、外見で性別を判断してるんだ」
「そうなんだ」
魔法にも色々あるんだなぁ。
男装か…
まぁ、そのくらいなら簡単そう。私はそう思って、喜んで了承したのだった。




