第26話 ドナドナ・アマミヤ
「売るためにアリを捕まえたわけ?」
私はトキを睨みつけて言った。
アリは一度ヴァン達に売られている。自分が奴隷のように売り買いされてしまうなんて、きっと恐ろしい体験だったことだろう。
また同じような体験させようなんて…まだ小さいのに、トラウマになったらどうしてくれる!
たぶん恐ろしい形相でトキを睨みつけていた私は、アリの声で我にかえった。
「アマミヤ、大丈夫だよ!この人、アリを助けてくれたんだから」
「え?」
私はポカンとして、アリとトキを交互に見た。
「…その子がマフィアにさらわれそうになっていて、トキがそれを止めたのよ。売る為って言ったのは…トキの照れ隠し」
そう言ったのはコートニーだ。
トキを見ると、力いっぱい目をそらされた。
…何この子、照れ屋?
「あの人ね、すごいんだよ!強いの!」
アリはキラキラした満面の笑みを浮かべて言う。
「そうなの?」
アリの話を聞きながらちらりとトキに目をやると、私はそこで見た光景に驚いて絶句してしまった。
トキは優しげに微笑んでアリを見ていたのだ。
会った時からずっと仏頂面で、トキが笑うなんて想像もできなかったけれど、その表情は思いのほか柔らかだった。
アリには笑顔を見せるんだ。
え…トキって、ロリコン?
「…お前、今度はビルの屋上から下にぶん投げてやろうか」
トキが地を這うような低い声で私に言った。
やだ…思っただけのつもりが、言っちゃってた☆
ぎゃぁぁぁ!
あの人怖!なんかもう寿命が縮みそうなくらい恐ろしい形相で睨んでくるよ!
この…鬼!
「…死にたいんだな?」
また口に出してたぁぁぁ!
私の馬鹿!
すいませんほんとすいません!
その時、ずっと沈黙していた灰緑色の髪の青年が口を開いた。
今気づいたけど、彼からは微かに潮の…海の匂いがした。
「トキ、その狼をむざむざサーカスに返すつもりなんですか?…仲間にするんでしょう?」
苛立ちを抑えているような声色で彼は話している。
トキは眉をひそめてその青年を見た。
コートニーが咎めるような声をあげる。
「ラス!」
「だって、もう言ってしまった方が手っ取り早いでしょう?もう既に彼女に警戒されてしまっているんだから、さっさと正直に説明した方が良いんじゃないですか。…僕達の目的を」
「…目的?」
私は首を傾げた。
トキはうつむいてため息をついたけれど、顔を上げると私を真っ直ぐに見つめて言った。
「お前を、俺たちの仲間にほしいんだ」
率直な言葉に、何だか胸がドキッとした。
…いやいやいや。私は聞き返す。
「…私を仲間に?どうして?」
「探してたんだよ、お前を…黒い狼を。それが俺と同じ境遇の者だってことは、予想外だったが。黒い狼がいれば、俺の『条件』は満たされるんだ」
「条件?何の話?」
私は眉をひそめて腕を組んだ。トキの話が全く見えない。
「『透明な子どもたち(トランスペアレンシー)』に聞いてないのか?…お前もこの世界には目的があって来たんだろ?俺も俺の目的の為に来た。その目的を果たす為に、何か守らなきゃならないことがあると言われなかったか?」
「…ああ」
なんとなく分かった気がして、思わず私は声をあげた。
『トランスペアレンシー』が、あの白い男の子のことだとしたら。この人も私が会ったあの男の子に連れて来られたとしたら。
だとしたら条件ってあれか、白い少年に言われた、「何があっても君は君であることを誓いなさい」ってやつ。
私は一応あの言葉通りに動いていたつもりだけど、それってハルカに会うために果たさなきゃいけない『条件』だったの?
そんなの聞いてないよ!
そもそも、私の行動って、その『条件』にあってたのかな…?
考えていたら、急に不安に襲われた。
もし私が『条件』の解釈を間違えていたら、ハルカに会えないかもしれない?
黙り込んだ私を、納得したと思ったのか、トキは言った。
「俺の条件は意味は分からないが、『黒い狼と白い狼を仲間にすること』だったんだ。白い狼ならすぐに見つかったが、黒い狼なんて見つからなかったから、困ってたんだよ。アマミヤ、俺と来てくれ」
そう言って、トキは手をさしのべてきた。その表情は、心なしか和らいで見えた。
トキの『条件』は私のと比べてすごく具体的だ。
黒い狼はヴァンに言わせると「生態系を揺るがすくらい」珍しいみたいだから、見つけるのはすごく大変なんだろう。
まあ黒い狼なら私じゃなくてもいいんだろうけど、困っているみたいだし、同じようにこの世界にやって来て、それも私よりずっと長くいる人に話を聞いてみたいとも思う。でも…
「あなた、サーカスが…ベガーズ・バンケットのみんなが嫌いなの?」
私が言うと、トキはあいまいに首を振る。
「嫌いってわけじゃない。…相容れないだけさ」
私は心を決めて、口を開いた。
「…そう。私ね、この世界には昨日来たばかりなんだ。だけど、ベガーズ・バンケットの人たちが助けてくれた」
私は一呼吸置いて言った。
「だから、私の仲間は、ベガーズ・バンケットの人たち」
ユリアンやヴァン、お世話になったベガーズ・バンケットのみんなに話しもせずに、ここでこの人たちの仲間になるなんて言ってしまうわけにはいかない。
けど、困ってる人のお願いをむげに断るのも人としてどうかと思うし…てゆうかこの人私やアリを助けてくれたんだった!
信用できないとまで言っちゃったけど…アリに優しげな様子を見ていると、悪い人には思えなくなった。
慌ててフォローする。
「でもあの、私も話を聞かせてほしいし、何かできることがあるなら、喜んで協力するし…」
「お前が…」
トキは私の言葉を遮って口を開いた。
低く感情を抑えた声にハッとしてそちらを見れば、彼は冷めた瞳で私を見ていた。
「お前がどう思っていようが関係ない。仲間になるかならないかを決める権利は、お前には無い」
「…俺が決める」
そうトキが言ったとたん、ラスが私に飛び交って来た。
私はそれを避けようとしたが、アリがそばにいることを思いだして、とっさにアリを私の背後に突き飛ばした。
私は背後のアリに叫ぶ。
「逃げなさい!」
力加減がわかんなくて結構力んじゃった…怪我してなきゃいいけど。
ラスはその隙に、意気揚々と私を押さえつけて馬乗りになった。
…なんかめちゃくちゃ楽しそう…S同士ってことで、ユリアンと気が合うんじゃないかしら。
って冷静に傍観してる場合じゃないから私!
現在進行形で襲われてんじゃんよ!!
もう何度目!?
全力で自分に突っ込みを入れていた私だったけど、次のトキの言葉に驚愕した。
「ラス、そいつそのまま縛って袋にでも詰め込んじまえ。外から見えないようにな」
マジで!?
勘弁して下さい!
この人本当に鬼だよ!
ラスはひょろい体のどこにこんな力があるのか不思議なほどの馬鹿力で、必死の抵抗も虚しく、私は強制的に足を縛られ、腕を後ろ手に縛られてしまった。
これ意外と苦しいんですけど!
そう言おうとしたら、口にグルグルと布を巻かれてしまう。目にも布が巻かれて、もうまさに手も足もでなくなってしまった。
頼りは五感だけだ。私は周りの音や匂いに神経を集中させる。
「無駄話に時間を食い過ぎた。すぐにサーカスに移動だ。変装してる時間はないから、全員に『幻覚』をかけるぞ」
トキがイライラした声でそう言うと、ラスが困惑しているような声で言った。
「幻覚?サーカスのテント内では、魔法が使えないじゃないですか」
「俺たちはテントまで入らなくても良いだろ。『目』をつけられた狼を、トラッカー・ドラゴンたちから逃がすだけなんだから。狼には『幻覚』はかけないで、ラナーが抱えてテントの中にかくまえばいい。行くぞ!」
トキのそのかけ声と同時に、私には何か大きな布が被せられて、誰かに抱えあげられた。
うわぁっ
人を物みたいに…
私は苦痛に喘いだ。
口に強めに巻かれた布で息苦しく、縛られた手足は既にひどく痛む。
このまま、私はどうなるんだろう?
サーカスに行くって言ってるけど、まさか送っていってくれるわけではないだろう。
もう嫌…
私は抵抗することも諦めてガックリと頭を垂れる。
すると、すぐ近くでアーモンドチョコレートのような匂いがすることに気付いた。私を担いでいるのはまたしてもトキのようだ。
アリは大丈夫かな…?あんな一瞬の隙ではあったけれど、背後にいたアリの匂いが遠ざかって行くのを、私は感じていた。
それに、走りながらコートニーが「クー・シーを逃がしてしまったわ」とトキに耳打ちしていたのを聞いている。
アリは無事逃げおおせたのだ。
「…良かった」
私は安心してため息をついた。
しかし、アリは何故街に入ったのだろう?
一座から逃げようとしていたとは、私には思えなかった。
トキの肩に担がれて揺られながら、私は考え込んだ。




