第23話 アマミヤ・イン・ベガーズ・バンケット
ヴァンはちょっと怒りながら、仕事を片付けに行ってしまった。
魔術師だと知られると危険だから、もう人前で魔法は使うな、一人にもなるな、何度もそう言ってから戻って行った。
お母さんかあいつは。
アレクサンドラはまたよじ登ってきて、私の背中に収まる。
…何でこんなに懐かれてるんだろう。
全然重くないから良いけどね。
「アレクサンドラって、年はいくつ?」
聞いてみると、彼女は今度は普通に喋ってくれた。
「アリ!」
「え?」
アリ才?ユリアンに年を聞いた時、数字の考え方は、同じなんだって安心したのに…勘違いだった?やっぱりこの世界の数字は違うのか…?でも言葉も通じるのに…
いろいろなことを考えて無言になった私に、アレクサンドラはちょっと声を張り上げて言った。
「あのね、アレクサンドラじゃなくて、アリって呼んで」
ああ、ニックネームがアリなのか。なんだ。ちょっとドキドキしちゃった。
「わかった。アリ。アリはおいくつ?」
アリは満足そうに頷くと、8才、と言った。
あれ?五歳くらいだと思ったのに。ずいぶん小柄だ。
「アリ、何でアマミヤに負ぶさってるんだよお前は?アマミヤは体調が悪かったんだぞ」
ユリアンは厳しい声色で言う。
けれど、アリはユリアンに舌を出して言った。
「ユリアンなんかどっか行っちゃえ」
「何だと?」
ユリアンはアリを睨みつける。
ユリアン、7才の子にその態度は大人げないよ…
二人の間を割って私は言った。
「ねぇ、アリも一座で働くことになったの?」
ユリアンはアリにしかめつらしたまま言う。
「…うん。アリは双子に教育させることになったんだけど…そういえば、アリ、双子に仕事を言いつけられてるんじゃないのか?」
「…」
アリは何も言わない。仕事が嫌なのかな?
「アリ、仕事を任されたの?すごいね」
私は言った。
けれど、アリはやっぱり何も言わない。
「…黙ってたら、誰もあなたの気持ちをわかってくれないよ?」
私はわざと冷たく言ってみた。アリは、ピタっと動きを止める。
「聞かせてくれなきゃみんなわからないんだよ。だから、みんなあなたの考えてることを、聞かせて欲しいんだよ?アリ、仕事がしたくないの?」
私は首を曲げて、背中のアリと視線を合わせて言った。
…ちょっと首痛い。
アリは、眉を寄せてしかめつらをすると、ぴょんと私の背中から飛び降りて、どこかに走って行ってしまった。
めちゃくちゃ足が早くて、追いかける間もなかった。
「行っちゃった…」
「仕事しに行ったんじゃないの。あいつ、聞き分けがなくて困ってるんだ。返事もしないし。…そうだアマミヤ、君の泊まる部屋に案内しようか。
それで今日は、ゆっくり休むといいよ」
「もうゆっくり寝かせてもらったし、カレーも食べたし、全然大丈夫だって」
「いいや。今日はもうゆっくりしてろよ」
ユリアンは案内するために先に歩き始めた。
私はアリが走っていった方を気にしながら、ユリアンについて行く。
「…ユリアン、私も一座にお世話になるわけだから、何か仕事をさせてもらいたいんだけど…」
私はずっと考えていたことを聞いてみる。
何もせずに、自分が売られるまでのんびりしているわけにはいかないもんね。…売られるまでって何か変だけど。
「ああ、そっか…そうだね。サーカスは人が多いし、やることが多いから、そうしてもらったほうが助かるよ。でも、やるとしたら何が良いかな。楽器が弾けるから、ステージに立ってもらっても良いと思うんだけど、ヴァンは嫌がりそうだな」
ユリアンは腕を組んで考えている。
私は気になって言った。
「私、魔法のコントロールができないから、ヴァイオリン弾いたら必ず花が出てきちゃうかもしれないけど…」
ただの花だから害はないと思うけど、ヴァンが人前で魔法は使うなって口を酸っぱくして言ってたし。ヴァイオリン弾いてまた何かやっちゃっても、自分ではわかんないだろう。
…やっぱり、私じゃなくて、ヴァイオリンが魔法に絡んでるんじゃないだろうか。
「ああ、それは大丈夫。サーカスのテントの中は、ショーが始まれば魔法が使えなくなるから」
「そうなの?」
そんなことができるんだ?
「そういう決まりになってるんだ。ショーで魔法が使えたら、何でも有りになるだろ?そうなったら、お客さんに幻覚を見せるだけでことたりちゃうじゃない」
なるほど、と私は納得する。
魔法があるこの世界でも、サーカスの芸人さんの技は芸人さん自身の体を使ったパフォーマンスなんだ。
やっぱり人の磨き上げられた技を見て興奮する気持ちは、どこの世界でも一緒なんだろうな。
「ユリアンは、どんな芸をするの?」
「僕は、ヴォルパーティンガーの脚力を活かした技を見せるんだ。まぁ、簡単なことだと、壁を走ったり、客席の端から端までジャンプしたり、テントを突き抜ける高さにジャンプしてまた戻ってみたり…とか」
…うん。ちょっと、レベルが違うかな。
この世界、あれだね。あの、想像を絶するね。
私に用意された部屋は、ユリアンの部屋のあるトラックのすぐ近くの、すごく大きなトラックの中にあった。
「このトラックはいちばん新しいから、今はまだ空き部屋があるんだ。隣は双子の部屋だよ。奴らいっつも騒がしいから、うるさかったら言って」
私はベッドにヴァイオリンを置いて、部屋を見渡した。来客用って感じの、こざっぱりとして装飾品のほとんどない部屋だ。
やっぱりあまり広くはなくて、白く塗られた鉄製のシングルベッドと、その横に白い小さなナイトテーブルが置いてあって、壁はクローゼットになっている。
壁からベッドから真っ白だ。新しい建物によくある、木の良い匂いがした。
「こんなきれいな部屋を使わせてもらっていいの?」
「うん。競売はいつになるかまだちょっとわからないから…好きなだけ」
「…ありがとうね、ユリアン」
私は改めてユリアンに向き直って言った。ユリアンは困惑して眉を寄せる。
「何、いきなり」
「ユリアンには、お世話になりっぱなしだし。それに、私を助けようとしてくれたじゃない?お礼言えてなかったから」
私を売れば妹を助けられるというのに、ユリアンは私を売らないようにヴァンに言ってくれたんだから。
まぁ、私を最初に捕まえたのはユリアンな訳だけど…それでも、私を助けようとしてくれたんだから、ユリアンは私の恩人だ。
「お礼を言われるようなことじゃないよ。僕が君にしたことの方が…」
「ねぇ、その話は、もう終わりにしない?」
私はユリアンの話を遮って言った。
「私たちはもう、チーム『金持ちからがっぽり大金せしめてやるぜ!』だよ。お互いに言いたいことは水に流して…」
「何そのチーム名…」
ユリアンはさらに眉根をよせる。
「分かった。もう謝らないよ」
そして、困っているみたいな、優しい笑顔を浮かべる。
ユリアンは美形だけど、笑うと何だか可愛くって、人なつっこい雰囲気になる。
これでSじゃなきゃ、モテるだろうに…
「ユリアンって彼女いるの?」
私はつい気になって聞いてしまった。
「…」
ユリアンは何故か無言。何とも複雑な表情をしている。
「…気になる?」
かと思えば、そう言ってユリアンは私との距離を一歩縮めて、顔を近づけて来た。
ユリアンの匂いが強くなる。
ミントの匂いと、微かな獣の匂い。
何だかこの感じ、女の子の扱いに慣れてそうだな。まぁ、イケメンは大抵そうだよね。偏見だけど。
私は真面目な顔で答える。
「…うーん、5人くらい居るんじゃないの?」
「なんだよそれ!」
ユリアンに突っ込みを入れられてしまった。
怒った顔で見てくるけど、私はしれっと笑って見せる。
するとユリアンは拍子抜けしたように、私から目をそらすと、一歩下がってさっきと同じ距離感に戻った。
「…アマミヤはどうなんだよ?」
ユリアンに聞かれて、私は一瞬返事に詰まる。
あの子の笑顔が思い浮かんで、胸がひどく痛んだ。
「…私…は」
胸が詰まって、ちょっと呼吸が早くなる。
ああもう、こんな軽い話で、こんなに大げさに反応してしまうなんて…。
私は涙が出そうになるのを、懸命にこらえながら答えた。
「…いないよ。彼氏も、好きな人も」
ユリアンは私の反応に驚いて、何かあったの?と聞いてくれた。ユリアンはやっぱり良い奴だ。私だったら、こんな反応されたらちょっと困っちゃうかもしれないから。
ユリアンに感心しつつ、いつもの調子を取り戻す私。
「ごめん、昔のこと思い出して」
「何、痛い失恋でもしたことがあるの?」
その年で?とちょっと馬鹿にしてくる。いや、17才ならそんな話、ひとつやふたつあるもんでしょ!
「…子供扱いしないでよ」
ユリアンをジロっと睨むと、急によそよそしく視線を外された。
「…うん。ごめんなさい」
ユリアンはあさっての方向を見ながら素直に謝ってきた。
…勝った。
私の睨みの迫力に屈したようね。
私たちがそのまま話をしていると、そのうちに、トラックの外から、ユリアンを呼ぶ声がした。部屋の窓を開けてユリアンが応えると、双子が窓の下まで駆け寄って来た。
「ユリアン、アリが居なくなった!」
「何だって」
双子は焦っていて、早口で交互に話した。
「アリが見つからないんだ」
「とりあえず僕ら、アリにみんなの衣装の洗濯を頼んでたんだけど…」
「洗濯室に行ってもアリが居なくて、誰に聞いても、みんな見てないって言うんだ」
「探しに行きたいけど、もうすぐ開演で…僕らは行けないんだよ」
「分かった。僕に任せて、お前らちゃんと演技に集中しろよ」
「…うん、ユリアン、お願いね」
双子はそう言うと、私にちょっと会釈をして、ステージのある巨大なテントに走って行った。
ああ、やっぱり恐れられてる。怖い先輩みたいな扱いになってる…
いや、今重要なのはそこじゃない。全然そこじゃない。
アリがいなくなったって?
「アリ…自分から居なくなったのかな?」
心配だ。まさかさっき走り去ってから、居なくなったのかな。
「たぶん…。もしかしてあいつ、家に帰ろうとしてるのかも」
ユリアンは深刻な表情を浮かべる。
「アリの家って…?」
「飛行用の車でも3時間はかかるよ。歩いてなんて絶対に帰れない場所だ。それにアリは、遊ぶ金欲しさで父親に売られたんだ。…戻ったところでまた同じことの繰り返しだよ」
「…」
内心、飛行用の車って何?って聞きたいけど、またこのタイミングではちょっと聞きにくいのでとりあえず放置。
アリ…さっき、もっとちゃんと話を聞かせてもらうんだった。
あの子は何を考えていたんだろう。
大きな、きれいな紫の瞳の奥で。
クチナシの甘い香りのする、可愛らしい女の子…
クチナシの香り…?
はた、と私は気づいて、思いついたことをそのまま口に出していた。
「ユリアン、私…匂いでどこにいるのか分かるかも」




