第22話 アマミヤのヴァイオリン
静まり返る広場。
え?何この感じ?
ありえないコイツ…って感じでみんなが見てくるよ?
「アマミヤ…ちょっと、こっちに来い」
ヴァンが周りの視線を気にして私に、近くにあった小さめのテントへ移動するよう促した。
私は頷いてヴァンについて行く。
クー・シーの女の子は、さっきから何故か私から離れようとしない。今は勝手によじ登ってきて、私の背中にしがみついている。
これってなんだか、すごい懐かれてる?
なんで?あ、まさか狼って犬科だから?
私に同類の匂いを感じているのかな?
まあ、小さい子だし、寂しいんだろう。
両親に売られちゃったんだもんね…信じてた人に裏切られて。特に幼い頃なんて親は世界の中心みたいなもんじゃないか。かわいそうに…今は心細いに違いない。
私はそう思って、女の子を好きにさせておいた。頼られるのも悪い気はしないしね。
見かけはまだ五歳くらいで、背中に乗られてるけど、小柄で痛々しいくらいガリガリに痩せているせいですごく軽い。
名前を聞くと、耳元で「アレクサンドラ・カプラーノス」と囁かれた。
けれど、あとは何を聞いてもしゃべってくれなかった。
ヴァンに続いて入ったテントの中では、ショーを控えた芸人たちが、ストレッチや技の練習をしていた。
ユリアンやヴァンやルーはいろんな人に声をかけられて、挨拶を返している。
中には私を見てギョッとした顔をする人が数人いた。
たぶん私が狼だと気づいて、怖がっているのだろう。
そのテントの中はむわっとした熱気が漂っていて、ちょっとだけ汗の匂いがした。
基本インドアで文化系の私には、あまり馴染みのない雰囲気だ。
芸人たちの中には、空中ブランコの練習をしているあのフォーンの双子もいた。
ユリアンによると、あの双子は兄のロビンと妹のニコラの男女の兄妹らしい。
けれど、顔も体つきもそっくり過ぎて、どっちがどっちなのか私にはまだよく分からない。
双子は私に気づいて、恐々としながらもチラチラと視線をよこす。
「あいつら、アマミヤを気に入ってるらしいよ」
ユリアンがその様子を見て、私に言った。
「へぇ?…何で?」
本当なら嬉しいけど…嘘でしょ?今だってすごく怖がられてるんだけど。
「昨日、車の中でヴァンを怒鳴りつけたらしいね?」
ルーがニヤニヤしながら聞いてきた。
ああ、そんなこともあったような…ヴァンがクレイジーな運転するから、あれは言わずにいられなかったというか。
ユリアンはいたずらっぽい笑みを浮かべて、小さな声で言った。
「ヴァンは厳しいからみんなに怖がられてるんだけど、変なところ適当でさ。車の運転とか、料理とか、掃除とか…でもみんなヴァンが怖いから、怒ったり注意したりできないんだよね。僕はもうヴァンとは長いつきあいだから、突っ込むのもめんどくさくてほっといてるんだけど…」
「だから、君がヴァンを説教して負かしたのが、二人は相当嬉しかったらしいよ。あのヴァンが、女の子の狼に一喝されただけで黙っちゃったって」
ルーも嬉しそうに笑って言った。
「そうなんだ…」
私もつられてニヤリと笑う。
ふっふっふ。ヴァンめ。
してやったりだわ。
意図してやったわけじゃないけど。
裏方っぽい人に指示を出していたヴァンが振り向き、私達がニヤニヤしながら見ているのに気づくと、眉間に皺をよせて睨んできた。私達はしれっと視線を外す。
ヴァンはため息をつきながら、こちらに戻ってくる。
「アマミヤ、さっきの口振りからすると、お前は自分が魔法を使えることすら、知らないんだな?」
ああ、そういう話だったっけ。
すっかり忘れてた。
「…まずさ、私が、どんなことをしたっていうの?」
腑に落ちない私は言った。
「2人の頭を見てみろ」
ヴァンは顎をしゃくってユリアンとルーを示した。
「あたま…」
そういえば、何故かお花がのっていたね…
キモッて思ったけど。
ユリアンの鹿の角に引っかかっている花を手に取る。
それは、紛れもなく生花だ。強めの甘く爽やかな香りが漂う白い花…フリージアだ。
ちょうど、私がヴァイオリンを弾いていたときにイメージしていた春の花。
「この花がどうかしたの?」
「だから、お前がその花を出したんだよ。さっき楽器を弾いたときに」
「…はい?」
「お前は、魔術師なんだ」
嘘だぁ!そんなわけあるかい!
自分で何の意識もしてないのに、そんなこと、できるものなの?
でも、ヴァイオリンを弾くときは、偶然かもしれないけど、実際にフリージアを頭の中で思い浮かべていたんだよな。
…じゃあ、試してみよう。
私は突然手をかざして、言ってみた。
「出てこい、バラ!」
「………」
…何にも起こらない。
まわりはシーンと静まり返っている。
やだっ…だいぶ恥ずかしい!
「アマミヤ…たぶん、お前の楽器でないと、魔法は作用しないんじゃないか?」
ヴァンにおずおずと指摘される。
「そうか…じゃあ、また何か弾いても良い?」
私はアレクサンドラに背中から降りてもらい、ずっと手に持っていたヴァイオリンを肩にあてる。
練習をしていた芸人たちが、手を休めて私の様子を見守っていた。大勢の視線の中で弾くなんて、発表会みたいでちょっと緊張する。
簡単なのにしとこう…
弾き出した曲は、ボッケリーニのメヌエット。
この曲、朝ご飯ってイメージなんだよね。
いつも、白いティーローズを飾ったテーブルに座って、焼きたてのパンにバターを塗って食べているロココな貴婦人をイメージしてたんだよね。
ヴァイオリンの先生には、「貧困で意地汚い想像力ね」って罵られてたけど…。
パン出てこないかな〜って思いながら弾く私。けれども、一向に何も起こらない。
さっきは花だったみたいだしなぁ…と思い直して、白いティーローズだけを一心に思い浮かべる。
すると、辺りに小さな白いティーローズが、雪のように降り始めた。
びっくりして手を止めると、それはパタリと降り止む。
一つ、ちょうど手の上に落ちて来たのを掴む。
小さいけれど、本物の薔薇だ。
上品な甘い香りがする。瑞々しい生花だった。
うわっ
私すげー!!
あれ、でもこれ私じゃなくてヴァイオリンがすごいんじゃ…
目を丸くして私を見ていた人たちは、私の演奏が止まるやいなや、拍手をしてくれた。
「変わった楽器だね!」
「魔法も素敵」
そう口々に褒めてくれる。
誉められ慣れてない私は顔を赤くして、深々とお辞儀をした。
ヴァイオリンの先生には、基本罵られてたからね…
アレクサンドラは何も言わないけれど、キラキラした目で見てくる。
ずっと沈んでいた彼女が嬉しそうなので、私はちょっと安心した。
ユリアンとルーも笑顔で褒めてくれたが、ヴァンは一人渋い顔をしている。
「これでまた、アマミヤの値段がつり上がった」
苦々しげに言うヴァンに、ルーが首を傾げる。
「別に、良い事じゃない?」
「俺は誘拐を心配してるんだ。あんな目立つ場所で、しかも一座の関係者以外も居るところで魔法を使うなんて」
「あー…」
ヴァンが言うと、ユリアンとルーは納得して頷いた。
「アマミヤ、お前…」
ルーは私が売られることは知っているんだ…とちょっと見当違いなことを考えていた私は、ヴァンの言葉を聞き逃してしまった。
「おい、アマミヤ!」
「…ん?…あ、ごめん聞いてなかった」
「…お前は、とらえどころのない奴だな。さっきは本当に関心したのに…真面目に聞け」
ヴァンは不機嫌そうに言う。
何だか私、ヴァンと話すと怒らせてばかりだ。
「言ってみれば幻獣はその存在の一部が魔法で出来ているようなもので、だからこそ魔法を使わずに人型や獣型などの多形態をとれると言われている」
うーん…よくわかんないなぁ。
「そもそも魔法というのは…」
この後のヴァンの話は長いので省略。
かいつまんで説明すると、魔法を使えるのは人間だけで、幻獣という種は基本的に魔法が使えず、幻獣の中には、魔法にかかりにくい者もいるという。
この世界では、魔法を使う側が魔法にかかっていると魔法は発動せず、魔法をかけられる方でも、既に何らかの魔法にかかっていると、その後にかける魔法は全て無効になってしまう。
普通は、1つの体に1つの魔法しか同時に存在できない、とのこと。
だから、幻獣は存在自体に魔法が絡んでいるので、幻獣自身は魔法を使えないと考えられている。
そもそも一般的に魔法に頼る場合、魔法道具を使ったり物に魔法をかけるので、医療行為以外で人に直接魔法をかけることはほとんどないそうな。
しかし、まだはっきりとは解明されていないけれど、ごくまれに、ユリアンのように魔法をかけることも魔法にかかることも同時にでき、いくつでも魔法にかかることができる者がいる。こういった者は、存在が幻獣よりも人間に近く、その上で魔法からの影響も受けやすいのでは、と考えられているそうだ。
私も同じような状態なのだろうと、ヴァンは言いたいようだ。
とてつもなく珍しい幻獣のうえ、魔法を使えてそのうえ魔法かけ放題の私は、もうイレギュラー過ぎて値段が予測できないとのことだった。
「参ったな…これでお前がもし国際的な機関に知られでもしたら、保護を名目に、裏社会だけでなく、世界中の表立った立場からも狙われることになるかもしれない」
…すごくオオゴトになってる!
「アマミヤの競売を早めるしかないな…」
ヴァンは心底困った顔で呟いた。
私はちょっと申し訳なくなって、ヴァンに言った。
「…ごめんなさい」
悪気はなかったんだ…てゆうか、意識もしてなかったんだけどね!自分が魔法を使えるなんて思わなかったもん。
私がちょっと頭を下げると、ヴァンは目を細めて眉を寄せ、すごく嫌そうな顔をした。
…何でだよ!悪いと思ってるんじゃん!
「お前がそんなことを言うと…おかしな感じだな」
失礼な!
もしかして私のことキレキャラだと思ってる?
ヴァンと話してるときくらいだからね!私が怒るのって!
普段そこまで短気じゃない…はず。
「悪いと思ったら、謝るものでしょ」
そう言って私は顔を背ける。
…ちょっと子供っぽかったかな。
ヴァンの顔を横目でうかがうと、ヴァンは笑っていた。
…なんか笑われとる!
私は恥ずかしくなって、ユリアンに話しかける。
「そういえばさ、ユリアン、ショーは何時から始まるの?」
「うん…ああ、そうだった!やばい!ルー!お前こんなとこに居て良いのか?今11時半だから、始まるまであと30分もないよ」
ああ、と声をあげてルーは走り出した。
「アマミヤ、また後でね」
そう言いながら、ルーはテントを出て行った。
「もうすぐ開演なの!?二人共、ここにいて大丈夫!?」
焦る私に反して、ユリアンもヴァンものんびり構えている。
「ショーは基本的に、1日二回、休憩入れて三時間の公演がある。演目はその都度変わって、芸人も何人かは交代するんだ。僕は今日は、夕方の公演にしか出ないよ」
「俺は、シルク・ド・クレールでは、前口上と締めに出るくらいだな」
「そっか…」
ちょっとホッとしたけど、私は不思議に思って聞いた。
「ヴァン、座長のくせに、暇なの?」
「お前…!」
その結果、ヴァンを本気で怒らせました。
…いや、怒るかなぁと思ったけど、つい言っちゃった。
ヴァンをからかうの、ちょっと楽しいんだもん☆
でもさすがに言い過ぎたよ…
リングマスターが、暇なわけ無いよね…
私に付き合ってくれてるとは思ってたんだけどね。
ユリアンが言うには、山ほどある仕事をおいて、気絶した私の様子を心配して見にきてくれていたらしい。
ヴァンはそれから、目も合わせてくれませんでした…。