第17話 サムシングアバウト…
「…話を聞かせてくれてありがとう」
私は話を終えたヴァンに言った。
無理やり話を聞き出してしまったことを私は少し後悔していた。
語りながらヴァンは、自身に降りかかったことを思い出して苦しんでいたから。
酷いことをしてしまった。
おばあちゃんが、人の話は聞かせてくれるまで待てって言ってたのに…。
もう、やらない。私は反省する。
絶対の悪なんて無い…もちろん、絶対の正義も。
それでも、ヴァンはヴァンなりに、正しいと思うことをやって来たんだ。
誰もそれを、否定できない。
誰もそれを、肯定できないように。
私を売れば助かる人がいて。
いま自分の助けられる誰かの為に、モラルを捨てることは悪いことだろうか?
分からない。分からないけれど、もし悪いことだとしても、私もそちらを選ぶ。
ヴァンは復讐のため、ユリアンは妹を助け出すために、お金が必要だった。
ユリアンの妹を助ける為の10億は、私を売ればお釣りがくるという。
…10億ってなんじゃい。
こっちの通貨の単位ってどんな感じなのかな…日本円でどんくらいなんだろう?
まぁ、とにもかくにも、私を売ればユリアンの妹は助かるし、今商品にされそうな人達も売られずにすむかも。
…ヴァンの計画の手助けにはなりそうもないけど…いま私にとって大切なことは、自分に助けられる人を助けることだ。
「ねぇ、私を売って大金を手に入れる。それから二人が私を逃がす!…って、できないかな?」
「はぁ?」
ヴァンとユリアンは、同時に呆れた声をあげた。
あまりにも自分勝手な言い分なのは、私も承知の上だ。
「そんなことをしたら、もうこの商売、できなくなるでしょ?ユリアンもヴァンも、心置きなく辞められるじゃない。私も襟巻きにされないで済むし」
私は微笑む。
ヴァンはすごい剣幕で言った。
「お前を購入できるのは、街一つ余裕で買えるようなレベルの大金持ちだ。それに、シルクドノワールのショーは、貴重な商品が出るときは“ブレイド”で生中継される。お前みたいな高額確実な幻獣種なら、世界中が注目する大規模な競売になるだろう。だから、下手したら「国」にお前が買い取られることがあるかもしれない。そんな強大なものが、お前を逃がさない設備にも大金はたくことになるんだぞ。その上、配信された映像で、アンダーワールドではお前の持ち主が誰か世界中に知れ渡るんだ。逃げ出すなんて、絶対に不可能になる」
ユリアンも、ちょっと怖いくらい血相を変えて言った。
「それに、万一逃げることができたとして、君にメリットは一つもないだろ!?」
私は、困惑する二人の反応を無視する。
何を言われても、意志を曲げるつもりはなかった。
私自身、自分を売るなんて、正気の沙汰じゃないと思う。
それでも私は、私の選んだ正しいと思った道しか、進めないから。
不器用で考えなしでも、それでも。
二人を見つめて私は言った。
「私の進む先に、待っている人が居るの」
「私にとって正しいことをするんだ」
「力を貸してくれない?」
「…お願い」
真剣に2人をじっと見ると、2人は戸惑いながらも、しぶしぶ頷いてくれた。
ユリアンに、私がオークションどころか、自分の種族のことさえ知らないと聞かされて、ヴァンは困惑しながらも、狼について丁寧に説明を初めてくれた。
「まず…黒い狼なんて、聞いたこともない。そもそも黒い生き物が珍しい。そんなことも知らないのか?」
私はなんだか気後れしながら、頷いた。
私の常識の無さを、世間知らずどころの騒ぎじゃない、とこぼしながらも分かりやすく説明してくれるヴァンは、以外と面倒見の良い人なのかもしれない。
出身国や街を聞かれても、何て答えたらいいのか分からず、私は曖昧に答える。
ちょっと怪しまれてる気がするけど、まぁ、しょうがない。
何も知らないことをヴァンに驚かれる度に、ちょっと凹んできたけど。
「…いいか、幻獣種の中で、黒い獣は、猫科と鳥類にしかいないと言われてる。それでもすごく少ないんだ。突然変異の黒い生き物が現れることはあるらしいが、最近は殆ど聞いたことはない」
「…自分で黒く染めたりしないの?」
私は不思議に思って聞いた。
「人間じゃあるまいし…俺たちのような幻獣種には、染料が効かないだろ?」
そうなんだ!?…不思議だなぁ。
「狼は絶滅危惧種として保護されているから捕まえるのは違法だし、怪力で凶暴で、最強の種族とも言われている。しかも、基本的に狼は群れで生活する。だから普通なら、捕まえるには実力のある人手が大勢必要だから、リスクもコストも高すぎる。だから、狼ってだけですごい値段になるわけだ。それに加えて黒い毛皮ときたら、お前は、この一座の全員を買っても釣りが来るくらいの値段になるな」
私は目を見張る。
「ベガーズ・バンケットには、何人位の人がいるの?」
「いつもなら仲間の芸人だけで50人くらい。今は、この地域だけで雇っている人間も入れて、70人程度かな」
「…そんなに?」
ヴァンとユリアンは頷いた。
私はあまりの自分の高額商品っぷりに驚いた。いや私が、70人分…以上の値段ってさ…
詐欺になんない?
その後のヴァンの話を整理すると、こちらの世界には、“ブレイド”と呼ばれるコンピューターネットワークがあり、それで世界中が繋がっているらしい。
二人の説明を聞くと、それは呼び方が違うだけで、私の居た世界のインターネットと同じ様なものだと思われる。
ただ、魔法も絡んでくるらしく、現代のインターネットよりもちょっと万能みたいだ。
「えーっとつまり、ここで開催される人身売買の様子は一般の人は見れないけど、闇取引をする犯罪コミュニティのネットワークであるアンダーワールドでは、世界中に中継されるから、誰が誰の『主人』になったのかが知れ渡っちゃう…」
私はユリアンとヴァンを見る。二人は頷く。
「で、例えば私が売れて、そこから逃げ出せたところで私の顔は割れてるし、『主人』も知られてるから、捕まったらすぐに『主人』に送り返されちゃうわけね?」
「そういうことだ。それにお前の買い手は、生態系を揺るがすほどの貴重な生き物を手に入れたわけだから、お前の逃亡よりも盗難を心配して、セキュリティは最上級のものにするだろうな」
…今この人、さらっと生態系を揺るがすほどとか言わなかった?
黒い狼…パネェ…
唖然とする私に気づかず、ヴァンは続けた。
「…そうなると、コンピューターと大掛かりな魔法を使っての複合ロックだろうな…」
そっかーそれは大変だね。
知らんけど!
…そもそも、魔法って何…?
さっきも契約書が魔法の道具であーたらこうたらと言ってたけど、魔法と言われても私には、あの有名な、イナズマ型の傷のある丸メガネに黒髪の魔法使いの少年しか思い浮かばない。
箒で空飛んじゃう系なの?
「魔法って…ユリアンが使ってたやつとか、さっきの紙の話とかのことでしょ?…それって、そんなになんでもありなものなの?」
そう言いながら顔を二人に向けると、二人共愕然とした表情で、口をあんぐり開けて私を見ていた。
わぁ、どん引きされてる☆
「…もう、お前にいちいち説明していたら埒があかない。かいつまんで今の話だけ説明するから、しっかり聞いとけ。質問は後にしろ」
うわぁん、ヴァンがめちゃくちゃイライラしてる。しょうがないじゃん、知らないもんはさ…
「複合ロックの場合、コンピューターでのパスワードや指紋や虹彩や声紋の認証やらをパスしても、定めた人間しか入れない魔法や、瞬間移動魔法、番人召還魔法、条件魔法とか…まぁ、そういう様々な魔法が二重三重にかけられている。それらを全て解除するには、飛び抜けて優秀なハッカーか詐欺師か、高位の魔法使いが、数人は必要だ。そのくらいの腕を持つ奴を雇うなんて、経済力も権力も持ってないと無理だな。だからそんなところからお前を助け出すなんて…俺たちには不可能だ」
あぁぁ…
なんて世界だ…
アンダーワールド(裏の世界)なんて言われても、私が知ってるのは、ヤ○ザっていう言葉くらいのもんなのに…そんなの、本当に存在するだなんて。
しかも、科学と…魔法が両方発達しているだなんて。
なんだか複雑だな。
私を売れなんてかっこつけて言っちゃったけど、これは思ったより大変なことになりそうだ…。
毛皮より生きたままの狼の方が値打ちがあるとユリアンに聞いたから、殺されることはないと思ってたんだけど…そこまで黒い狼ってことが珍しいとしたら、私、人体実験とかされちゃったりしないかな?この世界のことがまだよく分からないから、ちょっと不安だ。
わあ!どうしよう!
私は頭を抱えた。
売られたらもう、逃げられない。
けど、私を売らないと、ユリアンの妹を助ける為に必要なお金が手に入らない。
それに、この人たちに、人身売買なんて残酷な商売を辞めさせたい。
ヴァンは必要悪と言ったけれど、ユリアンもそう思いたがっていたみたいだけど…
人身売買は、それは立派な極悪稼業だ。
人は物じゃないし、自分が売られたいと本当に思う人なんていない。
だから私は、私を売ってほしいんだ。
他人が辛いのは嫌だけど、自分が辛いのは我慢すれば良いだけだからね!
せっかく今私、貴重な生き物らしいから、自分のそれを利用しない手はない。
…本当に高値で売れるのか、はなはだ疑問ですけどね!
現物(リアルで私を)見たら、「やっぱりいりませんこんな貧相なの」とか言われちゃわないかな…
…誰が貧相だ!!
まぁとにかく、お金は手に入れて、誰かのものにされずにすむ方法はないかなぁ…
いや、それも犯罪だけどね。でも、人を金で買おうとするあくどい奴からちょっとぶんどるくらいなら…ギリギリ有りかなって…。
私は頭を抱えて考え込んだ。
私…黒い狼を買ってもらって…そんで買った人が、どうしても買ったばかりの黒い狼を手放さなきゃならない状況に持って行けたら…。
「ねぇ、「主人」が私を手放さなきゃならないようにできないかな?警察に助けてもらうとかさ」
ユリアンとヴァンはまたもや顔を見合わせる。
「…政府は信用できない。もちろん警察も」
ユリアンが憎悪を隠そうともしない表情で言った。
ヴァンも苦々しく言う。
「主人になったのがどの国の住人でも、はっきり言って人身売買について口を出す政府はない。アンダーワールドでは当たり前のことだし、どの国の政府も黙認している」
「そんな…」
私はちょっと絶望的な気持ちになった。
私のそんな呟きを聞いて、ユリアンが申し訳なさそうに視線をよこす。責任を感じているみたいだ。
私は、気にすんな!って意味を込めて、微笑んでみせる。
いきなりユリアンはすごい勢いで顔ごと目線をそらした。
…私の笑顔がそんなにきもかったか!
すいませんね!
でもそんなにあからさまに顔を背けなくてもいいでしょ!
気をとりなおして、私はヴァンの方に顔を向けて言った。
「ヴァン、何か手段はないかなぁ?」
ヴァンは何故か、ちょっと戸惑った表情をしていた。
「何故お前は、自分が売られることを、何とも思っていないみたいな言い方ができるんだ?」
「…そんなことはないけど」
ヴァンの言い分も分からないでもない。
私は実感が湧いてないのかもしれない。
「今」が元々の自分の日常とは、あまりにも違いすぎて。
けれど、たった一つだけ、変わらないこと。
どこに行ったって、私は私だってこと。
貫き通したいんだ。自分が正しいと思うことを。
「だって、誰かが悲しい思いをするのは嫌なんだもん」
ヴァンの目をじっと見つめて言った。
「私もヴァンと一緒なんだよ。目に映る全てを助けられないとしても、今自分にできるはやりたい。自分にできることで誰かが救われるら、それをしないではいられないでしょ?」
私がそう言うと、ヴァンの表情が和らいだ。
「…アマミヤ、俺はもうお前を売る気はないよ」
ヴァンは、静かにそう言った。