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第16話ヴァンゲリス・オデュッセウスの物語

「…俺は、W・ライオットの隣国、ドーランの貴族の息子だった。


16歳になったある日、ルートヴィヒ・ヴァン・ネーフェ率いる盗賊団に…これは後のアン・ディ・フロイデの奴らでもあるんだが…そいつらに、俺の両親と姉弟は殺された。


俺の父は食品を扱っている、世界的に有名な企業のトップだった。


ネーフェは、あいつ自身世襲制で大統領を決めるような国のその一家に生まれて、ほとんど王族のような扱いを受けて育った奴なんだ。


だから、欲しいものも、欲しくないものすら、何でも手に入る環境を持っていた。


それがなんで盗賊団なんてやっていたと思う?


自分の家にあるものの方が、盗みに入った先にある何よりも価値があると言うのに。



あいつはな、殺戮が好きなんだ。


そして、他人を苦しめることも。


人を惑わし叫ばせて喜ぶような、そんな人間なんだ。


でも残念ながら、恐ろしく頭の良い人間でもあった。


だから、盗賊団の手足に行動させて、自分の正体を念入りに隠しながらも、念には念を入れて自国では何の犯罪も犯さなかった。他国で人を殺し、他国の誰かの大切なものを遊び半分で盗み、壊す。


俺の家族を殺したのも、やつの遊びの一つだった。


どうして家族の中で、あいつと同年代の俺だけが生き残ったと思う?


それに何故、俺があいつの正体を知っていると思う?



あいつが巧妙にひた隠しにしていた自分の罪を、何故被害者の俺やユリアンが知っているのか?


あいつは、遊んでいるんだ。いや、遊んでるつもりでいる。


あいつは自分が殺した人間の身内をわざと、一人だけ生き延びさせる。


そしてその「生き残り」に、その事件の首謀者がネーフェだと、強大な権力を持つ自身なのだと、わざと教えるんだ。


しかし、今や大統領となり、人々からは信頼を得て、賢き治世者として他国にもその名を轟かせている…そんな人間の罪をいち個人が糾弾したところで、誰が耳を貸すだろう。


だからネーフェは、どんなに罪を重ねたところで、絶対に捕まらない。


そうやって奴は、自分の選んだ人物に復讐心を植え付ける。


わざと殺して、わざと一人残し、わざと復讐を煽る。


あいつは、そんな風に自分への憎しみを撒き散らして、遊んでいるんだ。


いつか復讐を遂げに、誰かが自分にたどり着くのを待っている。


それも、奴にとっては、暇つぶしの「遊び」の一つでしかない。



狂った男だ。

絶対に許さない。



俺はあいつを、必ず殺す。


そう誓ったんだ。


そして、その為になら、俺は何だって出来る。




家族を失い、家も燃やされ、一人逃げ延びた俺は、このベガーズ・バンケットの一座に拾われた。


一座はそのときから既にシルク・ド・ノワールを開いていた。

世界中が参加できるような規模になってからは、まだ10年も経っていないが、元々人身売買で大きくなった一座だ。


一座で世話になり、俺はリングマスターに息子として扱ってもらって、家族を失った悲しみは、いつしかゆっくりと癒されていった。


そんなある日のことだ。


突然、ネーフェの使者が俺を訪れた。


その時の使者は、アマデウスという名の…銀色の狼だった。


あんな恐ろしい生き物がいるなんて思わなかった。


俺の前に現れたとき、一座のマーメイドの一人の女性の腕を噛み千切って、奴は…その腕を喰ったんだ。本人の目の前で。

マーメイドは運良く生きてはいたが…


ゾッとしたよ。

人型になれる幻獣同士での共食いなんて…おぞましい。

だから、未だに狼は恐ろしくて仕方ないんだ。


…とにかく、俺はアマデウスにネーフェの話を聞いた。ユリアンと同じように、俺もあいつらを憎むように仕向けられたんだ。そしてその通り、憎まずにはいられなかった。



そして、俺は一度、ネーフェを殺す寸前まで奴に近づいた。


…その時は失敗したが、そのときの事はもう思い出すのも辛いから、勘弁してほしい。


そのときあいつの手下に捕まった俺を、はじめて自分を殺しかけた者として、奴は生かした。


「一度だけだよ」


そう言って笑ったネーフェの顔は、今でも忘れない。すごく嬉しそうに、あいつは笑っていたんだ。


俺はその時ネーフェが、アマデウスより、この世界中の誰より、おぞましいと思った。


俺は、今のままではネーフェの近くには行けても、あいつを滅ぼすことはできないと悟った。


だから、大金が必要なんだ。


金で、俺が貴族だった頃の家柄と爵位を買い戻す。

そうすれば俺は元々住んでいた国の王族に仕えることができる。


その地位と権力があれば、やっとあいつと同じステージに立てる。互角に戦えるんだ。


俺の母国…ドーランの王族に仕えられれば、ドーランとW・ライオットは隣国同士で親交が深いから、ネーフェ自身や奴の国についての情報は格段に手に入りやすい。


いつかネーフェを今の地位から引きずり下ろし、民衆の前にあいつの正体を見せつけてから、あいつを殺す。



W・ライオットは強大な世界一の大国だが、何年かかろうとやってやる。



それは、俺の生きている意味だ。



…だけどな。


ベガーズ・バンケットも、俺の生きる意味なんだ。


前のリングマスターが死んでからは、その息子代わりだった俺がリングマスターをやってる。


俺は仲間達を失いたくないんだ。


みんな、良い奴らばかりで…。

一度に大金が手に入る人身売買は、罪悪感は持っているけれど、恰好の収入源だったから辞められずにいた。


いいか、アマミヤ。


人身売買なんてするような人間でもな、別に生まれつき極悪人なわけじゃない。


俺の前のリングマスターだって、はじめから人身売買で生計を立てようとした訳じゃない。

人が良くて、目に映った全てを手っ取り早く、救える時に、その時だけ救ってきた結果が、こんな形になっただけだ。


行動は結果的には悪になっていたかもしれないし、金が欲しかったことを否定はしないが、それがその行動の全てでもない。


言い訳だ。けれどそれでも、これは事実だ。



アマミヤ、お前は俺が自分を悪だと認めていないと、人のせいにしているだけだと言ったな。…それは間違っていないかもしれない。でも、俺がいつも自分自身には何の罪もないと思っていたわけではないと、分かってくれ。


人を売る度、いつだって、懺悔して許されたい気分だったさ。

でもな、目の前に、たとえ汚い方法しかなくても救える命があったとしたら、俺はそっちをとってきたんだ。

それがただの自己満足だと分かっていても、俺にはそうする以外に術がなかったから。


それが俺の正義だと、信じていたから。




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