第14話 アマミヤ・チェンソー
今夜私は、売りに出される。
お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください…
香子は、皮を剥がれて敷物に…嫌だ。
せめてえりまきとか服がいい…いや、全部だめ、そもそも死にたくないっつーの!
うわーん!
どうしよう(涙)
自分で自分にびっくりだよ。
ユリアンがせっかく、
「人身売買とかやっぱありえんわ。アマミヤ逃がしてやんよ」
って言ってくれたのに、
「私だけとかなくね?意味わかんねぇし」
って私が自分から拒否ってしまいました!
※注 今の会話はイメージです。
あー…
やっちゃったわー…
私のアホ!!自分でも引いちゃうほどのアホ!!
ユリアンの助けてくれるって申し出を拒否し、あまつさえ「ちゃんと私を売っぱらえ」的なことを言ってしまうなんて…
で、でも、これにはちゃんと理由がある…!!
ちょっと自信なくなってきたけど。
私はずっと、白い少年に言われた『君は、どんなことがあっても、「君」であることを誓いなさい』という言葉の、その意味を考えていた。
私が私であるということ。
それは、立場や関わり合う人がどんなに変わってしまっても、いつもの私を貫けってことだと思ったのだ。
そう考えていたからこそ、自分が売られちゃうなんて言う一大事が判明しても後回しにして、ユリアンの話を聞かせてもらった。
私は、いつだって自分のことなんかより、目の前で悲しんでいる誰かの方が、気になってしまうから。
そうやってどんな状況でも、私は私の正しいと思うものを信じて、正しいと思うことをする。
…あんまり無茶はしたくないけど。
それが、私。
まぁ、この解釈があっていようが間違っていようが、私のやることにあんまり変わりはないけどね。
ハルカに会う。
それが一番重要なことだ。
少年は言っていたじゃないか。私の進む先にハルカがいると。
だから私は、進み続ける。
私が考えたのは、私を売ることで、他の人たちが売られるのを阻止できたら…と思ったんだよね。
私が高額で売れるってユリアンは言ってたし、ヴァンも私が高値で売れるってことを言ってたみたいだし。
さっき私は、驚愕するユリアンと、困惑するヴァンをほっといて、檻の中に座り込んだ。
ヴァンは困惑しながらも少しほっとした顔で、この檻を出て行った。
けれどユリアンは納得いかない表情で、未だに檻の前に座っている。
いつの間にか、すっかり夜も明けて、あたりは明るい。
この檻は屋外にあり、檻の外には、サーカスのテントや、その周りに屋台が並んでいるのが見えた。今はまだ、ショーの準備中だ。
ショーが始まる時間になれば私のいる檻は、やって来たお客さんから丸見えになる。
「ねぇ、裏の商売の商品がお客さんに丸見えじゃあ、怪しまれないの?」
座り込んで押し黙っているユリアンに話しかける。
ユリアンは拗ねた口調で答えた。
「見世物として…貴重な猛獣を飾っているだけだよ。誰も気にしない」
へぇ…そういうものか。本当に人として扱われないんだな。
この檻、壁に作り付けられた簡易ベッドしかないこの空間は、生活が丸見えだ。トイレはあり、ちゃんとガラスの壁からは見えない作りになっていて、それだけは心底ほっとしたけど…。
うら若い乙女を見世物にするなんて、ひどいじゃない!
まぁ、今の私は普通の人とは言えないかもしれないけどさ。
自分の、フサフサの太くて長い、黒いしっぽをふりながら、私は思った。
そのしっぽは、もしかしたら飾りかも…?と思っていた私の願いに反して、私の尾てい骨から、しっかりと生えていた。
しかも引っ張ると…超痛い。
夜が明けて少ししてから、ユリアンの横にあのシカ耳の双子がやって来て、ユリアンに付き合って檻の前にあぐらをかいていた。
シカ耳の双子は、多分フォーンだ。ローマ神話に登場する牧神で、下半身と耳だけがシカで、あとは人間の形をしているという。
多分サーカスの衣装だろう、一人は青いレオタード、もう一人は緑のレオタードを着ている。
怖々と私を見ている双子が面白くて、私は牙をむいて唸って見せたりして、ちょっとからかった。…ら、ますます怖がられて、嫌われました。
反省…
私は所在なくなって、ユリアンに質問した。
「さっき言ってた、ペリとか、クー・シーって、今どこにいるの?」
「…ペリは2人とも大人しくしているから、二人で個室を使わせてる。クー・シーは、その隣の個室に閉じ込めてる。…泣き疲れて寝てるよ。まだ小さいけど、自分が両親に売られたことを理解してるみたいだ」
「そう…」悲しくなって、私は頷いた。
「アマミヤ、そんなに僕が許せないか?」
ユリアンは、私の様子を窺いながら、思い詰めた表情で聞いてきた。
ユリアンは、私が腹を立てているからあんな「私を売ればいいじゃない」発言をしたのだと思っているらしい。
けれど、ユリアンにされたことなんて、今はもう、少しも気にしてはいない。
実はあんな、ユリアンを責めるような言い方をしたのには、訳があった。
ユリアンに言わせたいことがあるのだ。
ユリアンの本音を。
それは、ユリアン自身も気付いていないものかもしれない。
私は言った。
「ユリアン、私は何も怒ってなんかいないよ。…そう思うのは、ユリアン自身で後ろめたく感じているからでしょう。何をそんなに後悔しているの?」
「君を、傷つけたことを…」
「それだけじゃあないでしょ?」
私はユリアンの目をじっと見つめる。薄い茶色の瞳が揺れていた。
「ねぇ、ユリアン、後悔しているのは、後ろめたく思っているのは、何故?」
ユリアンは目をつむって考えている。
「僕は…僕は」
パッと目を見開いて、呟いた。
「この仕事が、後ろめたい…」
ユリアンは、驚いた顔をした。
自分でもそんなことを言うとは思っていなかったようだ。
しかし、私が言わせたかったのは、まさにこれだったのだ。ユリアンに、自覚させたかった。ユリアン自身が、この仕事を辛く思っていること。
この仕事は必要悪なのだと、まどろみながら彼は言っていたけれど、その言葉は本心ではないと思ったから。
私はユリアンに、この人身売買という仕事を、辞めさせたいと思っていた。
彼にとってそれが、やりたくない仕事なんだと感じたから。
大きなお世話かもしれないけど、ほっとけなかった。
これは私のエゴだ。
だって、ユリアンが自分自身で納得していない仕事を、するべきじゃないと思ったから。
「ユリアン!」
いつの間にか、ヴァンが檻の前にやって来ていて、不愉快そうに顔を歪めている。
今の話を聞いていたらしい。
声を荒げて言った。
「ユリアン、お前は言ったじゃないか、これは、必要なことだと。…誰かがやらなきゃならない仕事なんだ。貧民街のやつらが、子供を売らなきゃ金がなくて、本当に飢え死にするようになってしまう。それに、危険な獣を捕まえていることで、その被害にあっている人々を守れていたじゃないか。それをみんなほっとけるのか?」
「ヴァン、それは…」
ユリアンは弱々しく呟いた。
ユリアンの言葉を遮って、ヴァンはさらに言う。
「俺たちが悪いんじゃない。こんな仕事をしなきゃまわらない、国が、世界が悪いんじゃないか」私はヴァンの言葉に、カチンときた。
それは、ちょっとおかしいんじゃないか?
「ヴァンゲリス・オデュッセウス」
私は静かにヴァンの名前を呼ぶと、檻のガラス越しにつかつかとヴァンに近付いて、見上げて言った。
「あなたは、自分は悪くないと思っているの?」
私はヴァンをじっと見つめて続ける。ヴァンは怯えた表情を浮かべて、私を見下ろしていた。
「自分のせいじゃないって、自分がやらなくても誰かがやるんだって言うのは、ただの責任逃れでしょう。自分のやっていることが誰かにとっての悪行で、誰かにとっては、自分は悪なのだと、ちゃんと認めなさい」
ヴァンはたじろいで、檻から、私から一歩離れた。
「そうしないと、変わりたいとすら思えないでしょう。人のせいにしているんだから。本当の、いまの自分から、目を反らしているんだから…」
「知ったような口をきくな、野蛮な狼…おぞましい獣風情が」
ヴァンは苦々しい顔で言う。
「ヴァン!言い過ぎだ!」
ユリアンが立ち上がった。
私は気にせず、ただひたすらヴァンを見つめた。
「それじゃあ、ヴァン、あなたは何故、この商売をやっているの?」
「あなたは何を、そんなに怖がっているの?」
ヴァンは私を睨みつけて、動揺しながら、胸元からピストルを取り出した。
私に銃口を向けて、早口でまくしたてる。
「口を閉じろ!調子に乗るんじゃない。お前を、猛獣強姦が趣味の、変態貴族に売り飛ばそうか?それとも今すぐ、毛皮職人を呼んで、お前を襟巻きにしてもらおうか?」
「お好きなように」
にっこり微笑んで、私は言った。
「私の体がどうなろうと、私の心は私のもの。あなたには、この口を閉ざすことはできません」
実は私、キレると無駄に言葉使いが丁寧になる癖があるんDEATH☆
もう怒った!
ヴァンゲリス、覚悟しやがれっ!
てめぇの腐った根性を、叩きのめしてやるぁ!