第13話 sell me!!
私の膝を枕にしたままで、泣き疲れて眠ってしまったユリアンを起こさないように、動けなくなって…
…二時間くらい経ったんじゃないかな…?
あ…足が!
もう痺れを通り越して!
感覚がありません!
誰か助けて!
ユリアンが全然全く起きる気配がないの!
この子すごいぐっすり寝てるんだもの!
甘えん坊だなぁ…。
私はユリアンの髪を指でそっと梳く。
それから鹿の角に、ちょっとだけ触ってみる。ツルツルして、なめらかだ。
根元はちょっとザラザラしていて、やっぱり作り物ではないことを実感する。
このうさ耳を撫でるのが気持ち良いんだよね…
そう思いながらずっと撫でていると、ユリアンの耳は、私の手を避けるようにパタパタと動いた。
うはっ可愛い!!
一人でニヤニヤしてしまう私。
癒やされるなぁ…
あぁっでも足が…足が死ぬ!
ユリアン起きて!
それでもぐっすり気持ちよさそうに眠っているユリアンを無理やり起こす気にはなれず、私は忍耐強くその姿勢を保っていた。
辺りが真っ暗から青い光に移り変わり、夜明けを告げる。私もウトウトし始めたそんなとき、ヴァンがやってきた。
ガラスの扉が開いていることをまず目にした彼は、驚いて中をライトで照らし、さらに驚いて声をあげた。
「ユ…ユリアン!?」
私の膝に頭を乗せて寝転がるユリアンをみて絶句する。そして私を睨みつけて言った。
「ユリアンに何をした!?」
えぇ!?誤解だよ!何もしてないよ!
ちょびっとだけ、角やウサ耳を引っ張ったりしたけどっ
私は慌てて言った。
「しー!寝てるだけ。大きな声出さないで。起きちゃうでしょ」
囁き声で怒る。
ヴァンはちょっとまごついて、静かに警戒しながら…つまり私にピストルを向けながら、ガラス扉から檻の中に入ってきた。
うおぉぉい!
なんて物騒なもの持ってんだYO!
こっちに向けないでよそんなもん!
「ユリアンは…寝てるだけか。噛みついたりしてないだろうな?」
「しつこいなぁ。鬱陶しいね、あなた」
私は眉をひそめてこぼした。
あ、つい本音が…
でも、ヴァンも人をちょっとは信じろ!
「舐めた口を聞くなよ、ガキが」
ヴァンはピストルをしっかり私に突きつけて言った。
うぎゃあっ…怖!ヴァンが本性を表したよ!
しかし、ヴァンは引き金を弾こうとはしない。ちょっとびびったけど、こっちが何もしなきゃあ、ヴァンも多分何もしてこない…よね?雰囲気はそんな感じだ。殺す気はないんじゃないかな…私、まがりなりにも商品ですから!
…なんか自分で言って、悲しくなった…。
しかし、助かった。それなら互いに武器は口だけ。
…私、口では負けない自信があるんだぜ☆
ピストルが目の前にあるというのに、私の気持ちは落ち着いていた。
何故だか、私は自分が絶対にここでは死なないという、自信に満ち溢れていた。
絶対にハルカに会う、と決めていたからかもしれない。
「そんなガキに怯えてんのはお前だろ」
口をついて出たのは、ハルカが怒ったときの口調だった。
私の突然の乱暴な言い方に、ヴァンはちょっとだけ動揺して瞳が揺らぐ。
私はにやりと笑う。
「あなた、会ったときから、私が怖くてしかたなかったでしょ?」
さっき思い出していて、分かったことがあった。
荒野で私が意識を失ったときも、車の中で意識を失ったときも、両方とも、十中八九ヴァンが私を攻撃したからだ。
さっき、泣き止んだユリアンがまどろみながら話してくれた。
私にかけられていた銀の手錠、あれは、力では外れない魔法がかかっており、条件を満たさないと外れない仕組みなのだそうだ。
そして、あれは特別製で、つけている人を失神させられる魔法までかけられていた。
また、荒野での私への攻撃、後頭部に入れられた、たんこぶになった一撃は、私の視界に一人だけ入らなかったヴァンで間違いない。
私は荒野で意識を失う寸前、シカ耳の双子がユリアンの背後に立っているのを見ている。
そのことは後から思い出したのだけど…。
私をことごとく失神させることで、話す機会も与えなかったのは、ヴァンが私を恐れ、対等な扱いをしたがらなかった為だと思う。
「ねぇ、あなたは私の何がそんなに怖いの?」
私は首を斜めに傾けて、純粋に好奇心で質問する。
「ただの舐めたガキの私の、どこが怖いの?」
ヴァンは言葉を失って、私を睨みつけている。
「…」
何も言わないヴァンに、私は唐突に質問を変えた。
「私の名前は雨宮香子。あなたは?」
ヴァンは困惑して眉を寄せたが、意外にも応えてくれた。
「…俺は、ヴァンゲリス・オデュッセウス。ペガサスだ」
「よろしく、ヴァンゲリス」
やっぱり私が狼だからだろうか。
凶悪な生き物と言われてる狼だから、こんなに警戒されているだけか?
…ん?
ヴァンはペガサスなの?まじで?日本でもお馴染みの、白馬に翼がはえた、あのペガサス?
すごいな!是非とも変身して見せてほしい!私は一瞬、ヴァンに熱い眼差しを送る。
その時、ユリアンが身じろぎして目を覚ました。
「…うーん?」
ぼんやりとして、目をこすりながら私を見上げてうなる。
小さな子供みたいだ。
なんかユリアンが可愛く思えてきたな…ドSで可愛いだなんて、危険な子だわ…
私は笑顔を返し、目にかかる前髪をよけてやる。
「目が覚めた?」
「…アマミヤ!?」
ユリアンは真っ赤になって、いきなりガバッと跳ね起きた。
「ごめん!僕…」
「ユリアン」
ヴァンが声をかける。
「大丈夫か?噛まれたりしてないか?…お前、弱みでも握られてるのか?」
コルァ!それどういう意味!?
私の膝枕は罰ゲーム的なアレだと言いたいわけ!?
床に寝かせたら硬くて痛いかと思ったから、膝を貸しただけなのに!!
私はヴァンに言い返そうと口を開いたが、ユリアンの言葉に遮られた。
「ヴァン、違うよ。誓って言うけど、この狼…アマミヤは、僕に何にもしてない。それどころか…アマミヤは、僕を助けてくれたんだ」
…えっ
…私なんかしたっけ?
今日は困惑してばっかで、建設的なことは何一つできてない私ですが…。
「…よく分からんが」
ヴァンが困った顔でユリアンを見て、説明を求めるように私を見る。
いや、私もわかんないよ。
「とにかく、この狼に害がないと主張したいことはわかった。だが…何度も言わせるなよ。狼だぞ。俺は信用できない」
「じゃあ…見逃すことは…できないのはわかってるけど、なんとかできないか?変わりに僕がまた、違う商品を…」
ユリアンの言葉に、ヴァンは首を横に振る。
「この狼の貴重さから言って、見逃すなんてことはあり得ない。いくらの値がつくと思ってるんだ?」ヴァンは眉間に皺を寄せ、本当に困惑して、焦っているようだった。
「…ユリアン、本当にどうしたんだ、商品に肩入れするなんて。この狼の何がそんなに気に入ったって言うんだ?」
「…とにかく…アマミヤは、普通の狼とは違うよ」
二人の言い争いの元は、私の売買についてなんだと気付いた私は、ユリアンに問いかける。
「ユリアン、私を助けてくれようとしてるの?」
ユリアンは頷いて、私を見た。
「アマミヤ…騙したりして、悪かった」
私は頷いて言った。
そんなこと、私はもう気にしてなんかいない。
それよりも…
「…ねぇユリアン、私以外にも商品として、捕まえた人はいる?」
ユリアンはちょっと戸惑った表情を浮かべる。
「…今は他に、クー・シーが一人と、ペリの種族が二人…いるけど」
クー・シーはしゃべる犬で、ペリ…と言ったら、イランの民話に出てくる翼のある人間のことだ。香りを食べて生きているという美しい人だ。世界中の幻想の生物がいるのかな、この世界は。…てゆうか私、よく知ってたな。ペリとかマニアックな…。まあそれは良いとして。
「その人たちも、逃がすの?」
私が首を傾げて聞くと、ユリアンは渋い顔をして言った。
「いや…それはできないよ」
「じゃあ、私だけ特別扱いするの?ユリアン」
私はユリアンを見つめる。
ユリアンは心底意味が分からない、という顔で見返してきた。
「君は…自分が売られてもいいの?」
私は首を力いっぱい横に振って応える。
「嫌に決まってるでしょ」
ユリアンはちょっとイライラして声を荒げた。
「アマミヤ、きみ、何がいいたいのさ?」
「なんで私一人だけ逃がしてくれるの?」
「いや、それは…」
「一人だけ特別扱いするのなら、おかしいじゃない」
「いや…君は……今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
ユリアンは私を諭すように言うが、私はさらに首を傾ける。
「ユリアン、意味が分からないよ。私を売るために捕まえて、ここに連れてきたのは、あなたじゃない」
ユリアンは青ざめている。
私は立ち上がり、仁王立ちの格好になって、言い放った。
「売ればいい。私を。お金がほしいんでしょ?」
そういえば、大金がほしい理由を聞いてなかったな。ただ、贅沢がしたいだけって理由ではないと思うんだけど。
「なら、ユリアン、責任持って、私を売りなさい」
ユリアンは血の気の失せた表情で、驚愕して私を見つめていた。




